第五章 魔王を継ぐ者②
カミトはすぐに倒れたエリスのそばへ駆けよった。
少し下がってクレア、さらに遅れてフィアナも息を切らして走ってきた。
「エリス、大丈夫か?」
「……た、たいしたことはない」
カミトが肩を抱き起こすと、エリスは赤くなって顔をそむけた。
「いったい、なにがあった? あいつは何者だ?」
「君たちには関係のないことだ。ここは騎士団に任せて下がっていろ」
「そうはいかないわ。あたしたちは精霊使いよ。たとえ騎士団じゃなくても、学院を守って戦う義務がある」
「そういうことだ。それに――」
エリスの顔を真っ直ぐに見つめ、カミトは言った。
「大事な仲間を傷つけられて、黙ってられると思うか?」
「カミト……」
エリスが顔を真っ赤にしてきゅっと胸を押さえる。
――と、そのときだ。
「へえ、まさかあんたが来るとはな。カゼハヤ・カミト」
目の前の精霊使いが声を発した。なんとなく、癇に障る声だ。
「……あんた、何者だ? どうして俺の名前を知っている?」
「貴様の名前は有名だぜ。俺と同じ男の精霊使い」
「なに!?」
目の前の精霊使いは、おもむろにフード付きの外套を脱いだ。
その瞬間、その場の全員が息を呑んだ。
外套の下からあらわれたのは――
全身に刺青をほどこした褐色の肌。炯々と輝く紅い目の――少年だった。
「そんな……まさか、カミト以外に男の精霊使いが!?」
クレアが驚愕の声を上げる。
男装した少女――ではない。
声や顔だけでなく、その骨格はどう見ても男のものだ。
(こいつ、いったい……いや、いまはそれよりも――)
カミトの目の前に、傷ついた騎士団の少女達が倒れている。
「――これは、おまえがやったのか」
「ああ。だが殺しちゃいないぜ。ぬるい箱庭で育った、殺す価値もない連中だ」
「なんだとっ!」
「落ち着けエリス、安い挑発だ」
エリスはくっと歯噛みすると、カミトの耳もとで囁いた。
「気をつけろ、カゼハヤ・カミト。あいつは精霊と二重契約している」
「二重契約だと?」
二重契約とは、要するに二体の精霊と同時に契約することだ。
複数の精霊を使役することによって戦闘スタイルの弱点を補うことができる。
だが、複数の精霊と契約を交わすことは、ほとんどの場合デメリットにしかならない。
契約精霊どうしが干渉しあい、本来の力を発揮できなくなるからだ。
ちょうどいまのカミトがまさにその状態だ。
闇精霊との契約を破棄していないせいで、本来はもっと強大な精霊であるエストの力を抑え込んでしまっている。
「……男の精霊使い。その上、
「ああ、奴が使役しているのは、近接戦闘型の牙狼精霊と遠距離攻撃型の破雷精霊だ」
エリスがうなずいた。
「なあ、今日のとこは見逃してくれねーか? いまはあんたと戦う気分じゃないんだ」
「なんだと?」
ひらひらと馬鹿にしたように手を振る少年に、カミトは眉をひそめる。
「俺はこいつを手に入れさえすれば、それでいい」
少年は懐から小さな黒い石版を取り出してみせた。
「なんだあれは?」
「学院の図書館から奪われた、封印指定の機密資料だ。特殊な精霊機関によって解読できる高密度の情報が書き込まれている」
エリスが風の魔槍を構えながらつぶやいた。
「封印指定の機密資料? なんでそんなものを――」
と、その瞬間。少年の手もと目がけて革鞭が飛んだ。
クレアの奇襲だ。読まれていたのか、少年はたやすく鞭をかわすが――
「――カミト、エリス!」
「ああ!」
クレアが叫ぶ前に二人は動いていた。
「ちっ、揃いも揃って馬鹿な連中だ――」
「貴様っ――」
騎士団の仲間を侮辱されたと感じたのか、エリスが激昂した。
「はっ、また突進か? 工夫がねーんだよ!」
荒れ狂う風刃をかわしながら、少年が跳んだ。
人間離れした跳躍力。
影のような動きですれ違いざま――
「ぐっ――」
「エリス!」
カミトが叫んだ。
(あのエリスをたった一撃で……)
エリスを昏倒させた少年は、すぐに闇の中へ身を躍らせ――
「逃がさないわ!」
クレアがすかさず
美しい弧を描き、夜闇に鮮やかに浮かびあがる灼熱の斬閃。
精霊王の姿を象った彫像が一瞬で切断され、派手な音をたてて爆砕する。
カミトはテルミヌス・エストを構え、立ちのぼる砂埃の中に飛びこんだ。
いまの攻撃、直撃はしていないはずだ。気配で敵の姿を探す――
刹那。背後に殺気が生まれた。
カミトは即座に真横に跳んだ。
一瞬前まで首のあった場所を、ダガーの斬光が薙いだ。
少年が無音で踏み込んでくる。間合いをとる隙をあたえない。
動きに一切の無駄がない――まるで
(こいつ――職業暗殺者か!?)
闇に閃く白刃を、カミトはかろうじて剣で受け止めた。
刹那、下腹に重い衝撃。
強烈な拳打を叩き込まれ、カミトの体勢が崩れる。
襲いかかる凶刃――だが、カミトは拳の裏でダガーを叩き落とすと、勢いのまま地面を転がり距離をとった。
「へえ、やるじゃねーか、さすがは最強の剣舞姫」
「なに!?」
カミトの目が驚愕に見開かれる。
(こいつ、俺の正体を知っているのか!?)
意識の逸れた一瞬の空隙。
少年はニッと嗤うとふたたび踏み込んできた。
その手に武器はない。
カミトはテルミヌス・エストを構え――
「――顕現せよ、
「なっ!?」
激しい火花が散った。真横に薙いだテルミヌス・エストが弾かれたのだ。
少年の手に握られているのは青く輝く大振りの剣。
普通の剣ではない――剣精霊の
「三体目の契約精霊だと!?」
同時に二体の精霊を使役する精霊使いとは、何度か剣を交えたことがあった。
だが、三体以上の精霊を使役する精霊使いなど聞いたことがない。
「そう驚くことでもないだろ。魔王スライマンは七十二柱の精霊を使役したというぜ」
「ふざけるな……あんなものはただの伝説――」
「その伝説の存在が、いま目の前にいるとしたら?」
少年が唇の端を歪めて嗤った。
「俺はジオ・インザーギ――魔王を継ぐ者だ」
「カミト、避けなさい!」
刹那、背後から無数の火球が放たれた。クレアの精霊魔術だ。
カミトは即座に反応して跳躍する。
降りそそぐ火球の雨。
だが、少年――ジオ・インザーギは余裕の表情で手をかざし、
「――顕現せよ、
圧縮された風の塊が放射状に放たれる。
渦巻く烈風が火球をかき消し、周囲の瓦礫ごとカミトの身体を吹き飛ばした。
(風精霊……四体目の精霊か!?)
驚愕の表情を浮かべるカミトの真上に、ジオの影があらわれる。
風精霊を解き放つと同時に、その勢いを利用して跳躍していたのだ。
その手には白銀に輝く剣精霊の刃。
「死ねよ――
「……っ!?」
カミトの心臓に、輝く剣の尖端が迫る――
と、その刹那。横合いから小石が飛んできた。
「ちっ――」
ジオが反射的にそれを弾いた、瞬間。
真昼のような閃光が視界を満たす。
目の眩んだジオの剣が逸れ、地面に突き立った。
カミトは素早く体勢を立て直し――
カツンッ――とかわいた音。
割れた透明な石がカミトの足もとで跳ね返った。
(……これは、精霊鉱石?)
カミトはハッとして振り向いた。
そこに――
「ねえ、私を忘れないでくれるかしら?」
フィアナが腰に手をあて立っていた。
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