第四章 キャット・ファイト④
そんなわけで、三十分後。
審査員の座るテーブルの上に、二人の作った料理が並んでいた。
エストとスカーレット、そしてボロボロになったカミトが横並びに座っている。
クジ引きの結果、まずはクレアの料理から食べることになったのだが――
「……あー、いちおう訊くが、なんだこれは?」
目の前にある皿の上に、なにか黒い塊が転がっていた。
これは、クレアがいつも言っている消し炭というやつではなかろうか。
「たしか、シーフードカレーだった……よな? 作ってたのは」
「……ちょ、ちょっと火を通しすぎたみたいね」
目の前の物体は完全に炭化していた。
……もはや味以前の問題だ。
「えーっと、食わなくちゃいけないのか? これは」
「み、見た目じゃないわ、大事なのは味でしょ!」
「とても苦いです」
ひと口味見したエストが無表情につぶやいた。
「……エスト、裏切ったわね」
「あたりまえだろ。エスト、おまえはよくがんばったぞ」
「な、なによっ、スカーレットはちゃんと美味しそうに食べてるわ」
「そいつは炎精霊だからな。たぶん味覚とかないからな」
その黒焦げの塊はスカーレットが完食したが、ものを食べているというよりは、廃棄物を焼却しているという感じだった。
食べ終えたあとで、ぶわっと小さな火球を吐く。
「エ、エストだって精霊じゃない! 繊細な料理の味がわかるとは思えないわ」
「審査員への暴言。クレアは減点です」
無表情に減点の札を上げるエスト。
「くっ……」
「そんな暗黒物質、食べるまでもないわ。勝負あったわね」
口もとに手をあて、ふっと余裕の笑みを浮かべるフィアナ。
まあ、たしかに、すでに勝負は決まったようなものだが、一応、彼女の料理も食べ比べてみなくてはならない。
……ぐつぐつぐつぐつぐつ。
運ばれてきた料理を見て――
「こ、これは……!」
カミトが絶句した。
エストが珍しく目を見開き、スカーレットがニャーと鳴く。
ぐつぐつと煮え立つ……シチューのようだ。
赤い。
さっきカミトが見たときよりもさらに赤い、具の見えないシチュー。
「えっと、これは……なんだ?」
「オルデシア王家特製ホワイトシチューよ」
「どこにホワイトが!?」
少なくとも表面に見えるのは赤一色だ。
そして鼻をつく凄まじいまでの刺激臭。
さっきの隠し味のせいだろう、間違いなく。
「な、なによこれ! こんなの食べられるわけないじゃない!」
クレアが自分のことを棚に上げて文句を言った。
……まあ、気持ちはわかる。
「あら、エルステイン公爵家の御令嬢は、食べてもいないのに文句を言うの?」
フィアナが艶やかな黒髪をかきあげ、クレアを見下ろした。
「公平じゃないわね。そういうの、民衆の模範たる貴族としてどうかと思うわよ」
「うぐぐ……!」
公平じゃないもなにも、フィアナもクレアの黒焦げを食べていないのだが、頭に血が上っているクレアはそんなことにも気付かないようだ。
というか、貴族のお嬢様というのは基本的に挑発に弱い。
とくに家名や貴族のプライドを引き合いに出されたとあってはなおさらだ。
「わ、わかったわよ、こんなのひと口食べれば十分でしょ。あたし辛いのは得意だもの」
クレアがうなずいた瞬間、フィアナがくすっと邪悪な笑みを浮かべた。
「おい、クレア、そいつはマジでヤバイ――」
カミトが止めようとする間もなく、クレアはスプーンを口に運んでいた。
そして、つぎの瞬間。
「ひぐうっ――!?」
…………ぱたん。
突然、テーブルに突っ伏した。
「ク、クレア、大丈夫か!」
カミトがあわてて抱き起こすが、クレアはくるくると目を回していた。
「……か、完全に意識が飛んでる」
「私の勝ちね」
フィアナが腰に手をあて、ふっと微笑んだ。
「いや、そういう勝負だったのか?」
「違ったの?」
きょとん、としているフィアナ。
まあ、たしかに明確な勝利の条件などは決めていなかった気もするが。
「おまえ、たしか〈神儀院〉の儀式では、精霊を満足させたって言ってたよな?」
「ええ、ひと口食べただけで、満足そうに
「うん、それはたぶん満足して帰ったんじゃないと思うぞ」
「精霊の味覚をも破壊する料理……戦慄を禁じ得ません」
エストが、ぽつりとそんな呟きをもらした。
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