第一章 チーム対抗戦③
試合開始から、約八分が経っていた。
薄紫の霧の立ちこめる深い森の中を、二つの影が疾駆する。
「クレア、左の茂みを警戒しろ。待ち伏せてるぞ」
「どうしてわかるの?」
「勘だよ、俺ならそこで待ち伏せる――」
刹那。カミトの睨んだ通り、左の茂みから青白い雷光弾が放たれた。
「ちっ――」
カミトは地面を蹴って加速。クレアの前に飛び出し、音速の雷光弾を剣で弾いた。
並の剣でできる芸当ではない。
精霊魔術への抵抗性能を備えた、剣精霊エストの
「クレア!」
カミトが叫ぶ前に、すでにクレアは目標を捕捉していた。
風になびく紅い髪。ひるがえるスカートの下に革鞭のホルダーが覗く。
木の枝に足をかけ、放たれる雷光弾の雨をかわしながら、
鋭い風切り音。すべてを斬り裂く炎の鞭が、並び立つ木々をいとも簡単に切断する。
一瞬でまる裸になった木立の中から、雷精霊使いの少女があらわれた。
目元を前髪で隠した、ちょっと暗い感じの女の子だ。
かたわらには浮遊する青白い雷光弾の群れ。
エストやスカーレットのような高位精霊ではない。
不定形の姿しか保てない低位精霊だが、精霊魔術を行使するための貯蔵庫としては十分役に立つ。
支援射撃による撹乱があの少女の役割なのだろう。
「ふん、姿を見られた狙撃手なんて、陸に上がった亀とおんなじよ」
クレアは鞭をビッと突きつけ勝利宣言。
狙撃手の女の子は周囲に雷精霊を従えたまま、あわてた様子で森の中へ――
「逃がさないわ! スカーレット、追って!」
クレアが叫ぶと同時、
狂精霊に憑依されてしまったせいで、一時は仔猫サイズにまでなってしまったスカーレットだが、いまでは十分に回復したようだ。
姿こそ可愛らしい猫のままだが、その迫力はまさに吼え猛る獅子のごとくだ。
逆巻く紅蓮の炎が、雷精霊使いの女の子に襲いかかる。
だが、本来であれば岩すら溶かすその灼熱も、少女の身ひとつ焦がすことはない。
なぜなら、ここは学院が訓練試合用に管理している
精霊たちの棲まう、もうひとつの世界だからだ。
現実世界では、精霊を物理的な力として具現化させなければならないが、ここでは精霊を純粋な
つまり、肉体への物理的なダメージを、ほぼゼロにすることができるのだ。
とはいえ、衝撃や痛みなどが消えるわけではないし、同等のダメージを精神のほうに被るため、たとえばスカーレットの爪で引き裂かれれば、気絶して戦闘不能になるのはまちがいない。
スカーレットが森の木々を炭化させながら少女に追いすがる。
だが、少女は相当戦い慣れしているらしく、精霊魔術で目を眩ましながら素早く森の中を逃げていく。
「このっ、ちょこまかと!」
業を煮やしたクレアが、木々の間から地上に飛び降りた。
「こうなったら、最強の精霊魔術でまとめて吹っ飛ばしてやるわ」
「まてクレア、地面の様子がおかしい――」
カミトが叫んだ、瞬間。
クレアの足もとから大量の土砂が噴き上がった。
「なっ!?」
地中からあらわれたのは、巨大な甲殻類のハサミだ。
「油断大敵だね、レイヴン教室のクレア・ルージュ!」
舞いあがる砂煙の中、地面にあいた大穴から、無数の突起のついた甲殻鎧が飛び出した。
全身を覆う鎧タイプの
クレアは吹っ飛ばされた衝撃で地面に倒れていた。
精霊の直接攻撃はともかく、衝撃や土砂などは肉体に相応のダメージを与えるのだ。
「クレア!」
カミトが駆けつける前に、甲殻精霊使いはすでに追撃の構えをとっていた。
これは偶然の襲撃ではない。
クレアが地面に降り立つ瞬間を周到に狙っていたのだ。
「喰らえ、甲殻精霊〈クラステ〉の
「――くっ! 炎よ、我が手に舞い、踊れ!」
倒れたクレアの手から無数の火球が放たれる。
だが、鎧型の
「はっ、炎属性は甲殻精霊にはたいして効かないんだ。講義で習わなかったか?」
ガッ――甲殻鎧のショルダータックルが、クレアを吹っ飛ばした。
カミトは地面を蹴って素早く反転、エストを逆手に持ちかえ、飛んできたクレアの身体をしっかりと抱きとめた。
「う、ん……」
クレアが腕の中で悩ましげな声を洩らした。
いまの一撃で神威を大幅に削られたようだが、どうやら、まだ意識はあるようだ。
(激突の直前に、火球を地面に放って相手の体勢を崩したか。さすがだな)
「おい、大丈夫か?」
「う、うん……って、あ、あんた、なにしてるのよ!」
突然、クレアの顔がカアッと赤くなった。
クレアの小柄な身体は、背中と膝を、両手で持ち上げるようにして抱えられていた。
いわゆるお姫様だっこというやつだ。
「ふあっ……ば、ばかぁっ、は、早く降ろしてっ!」
「お、おい、暴れるな! 落ちるぞ!」
「うるさいうるさいっ、はやく降ろしなさい―――――っ!」
ぽかぽかぽかぽか。
お姫様だっこされたままカミトの胸を叩くクレアは、なんだか小動物のようで可愛い。
「俺のことなら気にしなくていいぞ、おまえけっこう軽いから」
「そ、それ……む、胸がないからってこと?」
「いや、そんなこと言ってないだろ。ただ小動物みたいで可愛いなって思っただけだ」
「……っ! か、可愛いって……」
顔を赤くしたまま、きゅん、とうつむくクレア。
やれやれとため息をつきながら、カミトはクレアを降ろしてやった。
甲殻精霊使いの姿はすでに消えていた。
いまの一撃でクレアを倒せなかったので、ふたたび奇襲の機会を窺うことにしたのだろう。
……見かけのわりに慎重なタイプだ。
森の奥から、雷精霊使いを追っていたはずのスカーレットが戻ってきた。
負傷している様子はないが、こちらも獲物を逃したらしい。
「あの雷精霊使い、わざと俺たちに姿をあらわしたのか」
「ええ、彼女を追って地上に降りたところを、あの甲殻鎧が奇襲で仕留める。相手の連係プレーにまんまとかかったんだわ、あたしたち」
クレアは苛立たしげに地面を鞭で打ち据える。
「さすがは狡猾なウルヴァリン教室のチームね」
「べつに狡猾ってわけでもないだろ、精霊同士の相性を考えた当然の戦略だ」
カミトが肩をすくめて言うと、クレアはむっと口をつぐんだ。
「しかし、追撃してこないのは妙だな。慎重なのはわかるが――にしても、だ」
「そうね。さっきから、あの雷精霊使いの動きもただ時間稼ぎをしてるようにみえる」
周囲の茂みからも、地中からも、まったく気配を感じられない。
(こんな時間稼ぎに、なにか狙いがあるのか?)
「索敵のために斥候役を出したいところだがな」
「それができればとっくにそうしてるわ」
なにしろ相手チームに残っているのは三人だ。
対してこちらは二人。
場合によっては一人で二人、三人を相手することになる。
カミトもクレアも一対一の戦いなら負けはしないだろうが、連係のとれた二人以上を相手にして勝つのは相当に厳しい。
また、一対一で戦う場合も、精霊同士の相性というものを考えなくてはならない。
属性による相性は、実際の戦闘では精霊使いの技量以上にものをいうことがある。
「――苦戦しているようだな、カゼハヤ・カミト」
背後から突然、声がした。
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