第一章 チーム対抗戦②


 アレイシア精霊学院。

 帝国各地から集めた姫巫女たちを、一人前の精霊使いとして訓練する養成校である。


 広大な領地の中に〈精霊の森〉と学院都市を擁し、帝都の精霊騎士と同等の力を備えた教師の常駐する学院は、さながら独立した小国家のようだ。


 朝靄が晴れ、講義開始の鐘が鳴る時刻、学院を訪れる一台の馬車があった。

 スーツ姿の老執事が御者を務める一頭立ての馬車だ。

 御者は門の前で馬を降りると、うやうやしい態度で馬車の扉を開けた。


「到着しましてございます、フィアナ様」

「ご苦労様です、爺や」


 馬車から出てきたのは、十五、六歳くらいの美しい少女だった。

 微風になびく艶やかな黒髪。

 意志の強そうな凜とした瞳。

 透き通った白い肌はローレンフロスト地方の処女雪を連想させ、黒いドレスのようなデザインの制服に映えている。


 フィアナと呼ばれた少女は馬車を降りると、学院の校舎を眩しそうに見上げた。


「ここが、アレイシア精霊学院。帝国中の精霊使いの集まる場所」

「十分にお気をつけください、フィアナ様。下手な小細工では、あの黄昏の魔女ダスク・ウィッチの目を誤魔化すことはできませんぞ」

「わかっているわ」

 

 うなずいて、フィアナは制服の袖に忍ばせた精霊鉱石をそっと握りしめた。

 帝国通貨で、ひとつ二千万ルードはくだらない代物だ。


「ルビア・エルステインの妹は、この学院にいるらしいわね」

「姫様、その名前は忌み名です。ここでは口に出されぬほうがよろしいかと」

「そうだったわね」


 かつて、帝国に未曾有の大災厄をもたらした、災禍の精霊姫カラミティ・クイーン

 その人間だった頃の真名は、忌み名として口にすることさえ禁じられている。

 その名前をつぶやくだけで、清らかな乙女の聖性を穢すというのだ。


 ばかばかしい迷信だとは思う。

 それでも、かつて最も近い場所で彼女を見ていた人間としては、そんなジンクスにも一片の真実があるような気がしていた。


(……そうね。事実、私はまだ彼女の恐怖に縛られているもの)


 少女はこほん、と咳払いすると、こんどは声をひそめて囁いた。


「それに、カゼハヤ・カミトという精霊使いも気になるわ」

「ふむ、例の男の精霊使いですか。先日、学院都市で暴走した軍用精霊を倒したという」

「ええ、なんでも目撃者の話では、かの最強の剣舞姫ブレイドダンサー――レン・アッシュベルを彷彿とさせる見事な剣舞だったそうよ」


 フィアナはちょっと興奮したように声をはずませた。

 そんな彼女を、老執事がジロリと睨む。


「姫様、まさか、その少年に懸想なされたのではないでしょうな」

「け、懸想……!?」


 フィアナの声が裏返った。頬がカアッと赤くなる。


「そ、そんなわけないでしょう。だって一度もお会いしたことがないのに……ただ、男の精霊使いというのが、どんなものなのか興味を持っただけよ」


 嘘だった。

 学院都市で暴走した軍用精霊を倒した、男の精霊使い。

 その少年の名前を聞いたとき、フィアナはすぐに気が付いた。


 彼だ。

 三年前、元素精霊界アストラル・ゼロの森で自分を助けてくれた、あの少年。

 また会ってくれると約束したのに、精霊剣舞祭ブレイドダンスのあとでなぜか姿を消してしまった。


(――でも、やっと見つけた)


 報告を聞いたその日に、フィアナはアレイシア精霊学院への入学を決めた。


 あの少年が再び〈精霊剣舞祭ブレイドダンス〉に名乗りを上げるというなら――


 それは、彼女にとってまたとないチャンスだ。


「カミト、約束を破ったことは許してあげる」


 フィアナは学院の校舎を睨みつけると、ふっと小悪魔のような微笑を浮かべた。


「でも、もう逃がさないんだから、ね♪」

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