第41話 三十八杯目✿私の子供達
〜小夜の視点〜
風森の本殿
「あの玉と友人を追って、みなはいってしまいました。
残っているのは私だけです」
そう、マナとハルマサは、伯爵と行ってしまった。
サガミ様とクロウ様が戻ってきたので、私はこれからの事を相談しなくてはならない。
「遅かったか。
今回の事は、正直どうなるかわからん。
ただ言えるのは、かなり切迫しとるということと、今からでは止めることはできんということじゃ。
これは小競り合いではない。
地獄の王が、本気で動いておる。
ヴラド達は、確実に奴らとやり合う。
奴らはきっと軍隊規模でくるぞ。
こっちはかなり危ない橋を渡っとる。
すまんな。
いろんな奴が関わっておるからサダメもよく見えんのじゃ」
サガミ様の、真剣な表情でわかる。
いつもならば、なんとかなると言って、本当になんとかしてしまう。
それが初めて、どおなるかわからないというのだから、きっと誰にも結末はわからない
「かなりの、血が流れるのでしょうね。
それは仕方がないこと。
しかし、あの子達にはまだまだ、力がありません。
できれば、ここの事には、かかわらずに暮らして欲しかった。
そんな私の考えで、逆にあの子達を危険にさらしてしまったのです。
私はまだ、何も伝えていないのです。
伯爵やサガミ様達に甘えてしまったのです。
ですから、私も行こうと思います。
あの子達を、守らねばなりませぬ」
時間はあった。
私は怖かった。
戦う術を覚えれば、戦う事でしか、物事を解決出来なくなるのではないか。
危険に立ち向かう術を知れば、危険に飛び込んでしまうのではないか。
ならば、今の平和の世の中で、そんなものを覚える必要もないと。
ハルマサは友人達とよく危ない事をしていて心配していましたが、最近はみな大人になって静かに暮らしていた。
そこへ、伯爵が帰ってきた。
私はあの人に甘えてしまったのです。
あの子達を守って欲しいと。
優しいあの人は、きっと守ってくれる。
でも、それではいけなかったのだ。
危険はすぐそこまできていた。
みなを助けなければならないのです。
だから、私は行かねばならない。
「お前の気持ちもわかるさ、
なるべくなら、気楽にいきて欲しいと思っていたのはお前だけじゃない」
「ありがとうございます。
敵は彼岸のもの達の軍勢、こちらはひよこ達と老人ですか。
ハルマサはあれでもいい友人に囲まれています。
きっと助けになるでしょう。
マナは、あの子は私以上の力があるはずです。
私も覚悟を決めました。
本当は、私の代で戦うことは、終わらせたかったんですがね。
みんな静かに……」
「そうじゃな。
しかし、此度は下手すると種族が滅びるぞ。
古代からの全ての種族が蘇って戦いを続ければ、人や神、怪物達、たくさん死ぬ。
少なからず人が減るということは、わしら高天原のものも滅びに向かうだろう。
ここで、必ず!食い止めねばならん!」
人が滅びれば滅ぶ神もいる。
人が願えば生まれる神も、またいるのだ。
「小夜、
お前はマナ達と合流して、俺たちを降ろしてくれ。
心配なのは、間に合うかだな。
お前一人だと向こうのこともわからんだろう?」
「大丈夫です。
あの子達の元へ行けるように願いましょう。
きっと、願いは叶います」
そう
きっと大丈夫です。
私達、風森の一族は願いから始まったのですから。
それは遠い遠いおとぎ話。
一つの物語から始まり、今に繋がっている。
「それに。
お忘れですか?
伯爵がいるのですよ?
あの、伯爵が」
いやだわ。
あの人の顔を思い出したら、急に胸がアツい!どうしよう...
「だい、じょうぶか?
顔が赤いぞ、具合でも」
「バカ者。
これは、恋じゃ!言わせるな!」
「きゃあー!!
言わないでー!!違うから!
そんなんじゃないからー!」
「……うそ、だろ?」ぽかーん。
「いいではないか。
引退した身だ。
好きに生きればよい。
それにな、
ヘッヘッヘ。
男はいいぞ〜。
熱くて硬いぞ〜」ゲス顔
熱くて硬い!?
「きゃあー!そんなはしたないこといわないでー!もう!怒りますよ!?」プンスカ
なんてはしたない!そんな!ああ!いけないわ!
「ん!
そ!そんなことより。
おわすれですか?
伯爵がいますから、簡単には手出しさせないでしょう」
「そうじゃな!
悪く考えてもしょうがないからの!」
そうですとも。
私が唯一、お慕いしている方ですから。
ガラっと戸が開いた。
「こりゃあまた。
みなさんお揃いで」
本殿の入り口から、男の声が聞こえた。
聞き覚えのある声。
確かハルマサの
「ほーう。
またお前が来るとは、
シズカの時もそうだが、この家の女の願いが聞こえるのかのう?」
「……まさか!この方があの!?
これは失礼いたしました。
まさかハルマサの先生だったとは」
「そんなたいしたもんじゃねえよ。
よくはわかんねえが、前に話してた時がきたのかい?」
「そうじゃ。
お主、小夜とイタリアに行ってくれんか?
お主の弟子が危ないぞ。
しかも相手は地獄の兵隊に化け物達。
わしらは、向こうに着いてからじゃないと降りられんからな。
エロ助よ。
女好きなお前が、まさか女を一人で旅させるわけがないよの?
それにお主らの庭みたいなものじゃろうに、頼まれてくれないか」
「エロ助って、そのあだ名はやめてもらいたいねえ。
まあ、おいらがきたのも何かの縁って奴かね。
まあまかせてくんろ!
ただ一つだけ頼まれてほしんだけどな?
実は、おいらは旅の途中に、悲しい顔した若いやつを拾ってな。
どうしたんだい?
そんなしけたツラして一人旅とは何かわけでもあるんだろうに、てなわけで話しを聞いてたんだけどよ。
行くとこもねえっ、待ってる人間もいねえとよ。
なんて寂しい生き方してきたんだってな。
話を聞いたらほっとくわけにもいかねえってんで、しばらくここで田んぼでもやって、新しい生き方でもしてみたらどうだって思ったわけでさ。
おい!入んな!」
「どうも。
……初めまして。
新井といいます」
坊主頭の男が顔を出した。
何か申し訳なさそうにぺこぺこしている。
その表情は暗く、生きる意味を見失っているような、孤独ね目だった。
大恩あるお方の頼み、答えは決まっている。
「ええ、かまいませんよ。
人手はいくらあっても大丈夫ですから。
新井さん、初めまして。
この辺りのまとめ役みたいなもので、風森小夜といいます。
今は引退したので新しい者が当主になりますが。」
「か!風森!?まさか!ハルっていう奴を知ってますか!?」
「私の孫のようなものです。
お知り合いですか?」
「孫、そうですか。
……すみませんが、ここにはいられません。
俺はあいつらにひどいことをしたんです。
そして逆恨みをして……
だからすみません。
わざわざ紹介してくれてなんですが俺には」
そう言って男は後ろを向いた。
「お待ちなさい!
新井さん、あなたにどんな過去があったかは知りません。
嫌なら好きにしてもいいでしょう。
しかし!
我ら風森の家のもので、そこにいる方に恩がないものなどいません!
人は誰でも、誰かに迷惑をかけて生きています。
あなたが、これから少しでも誰かのためになるような、いい道を目指すなら。
どうぞ好きなだけいて下さい。
本気で仕事をしなさい。
仕事というのは誰かのために必ずなります。
それを本気でやる者を拒む者は、この風森の一族には一人もおりません!」
「うっ!うう。
俺は……生きていていいんでしょうか!
う、う……俺は……俺だけのうのうと生きて、あいつは死んだのに……俺だけ生きて」
男は泣き崩れる。
小夜はスッと立ち上がり、男の頭を撫でた。
まるで我が子を許すように。
「道を正そうという者に、死んでいい人間などいません。
あなたに罪があるというなら、それは忘れてはいけません。
……でもね、あなたがここに残るなら、今日から、あなたも私の子供達の一人です。
ハルマサは細かい事を気にしたりしません。
あなたにあっても、あなたが本気で生きているなら、きっと子供の時からの友人のように、笑ってくれるでしょう。
あなたには風森の家族がいます。
新しい家族のために、生きてみてください。
家族のために生きるなら、きっとあなたは愛される人間になれます」
「う、う、うああああんん!うあああん!!」
男は生まれた赤子のように泣いた。
女は母親のように優しくみつめた。
「くう!泣かせるじゃねえか!
よかったな新井よ!
強く生きろよ!
よし!こいつは任せた!
てことでおいらはこの人との旅に出るとしますか。
なあにまかせてくんろ!」
「よろしくお願いします。
新井さんには新しい家を用意しますから、特に用事がなければ来週あたりから田や畑を手伝ってもらえると助かります。
後で真紀を紹介しますから、何かあれば言って下さい」
「ヒ、ヒン。
あ、ありがとうございます!
俺なんでもやります!」
先程までの思いつめた顔はなく。
新しく生まれた赤子はまっすぐな目をしていた。
「わしらは他にもよるところがあるのでな。
あとは向こうに着いたら呼んてくれ」
新井さんを真紀に預けて、私はマエストロと呼ばれる方と共に、イタリアへと向かう。
もう当主ではないが、まだ私の力をマナに渡していない。
危険なところだとはしっているが、またみんなで帰ってこなければ。
まだ死ぬわけにはいかないのです。
私の子供達に、
新しい家族を紹介できるまでは。
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