4-13 古い建物の匂い
櫛田家の男たちは早朝から出払っていた。家族経営の小さな葬儀社同士で応援に行ったり来たりは当たり前だと聞いた。けれど、ここしばらくは応援に行くばかりになっている。里佳もなんとなく気がついてはいた。
昨夜、浩人から話を聞いた時は三国がどうするのかばかりが気になった。一晩明けてみると、ここを畳むということは、櫛田家の人々がここを出て行くかもしれないということだと気がついた。ずっとここにあり続けるのだと思っていた。子どもの頃から知っている線香とお茶の匂い。その中に、古臭い建物の匂い、
杏は今頃学校にいる。真知子はひとりでどこかに出かけている。
ノートパソコンの電源を落とし、鞄に入れた。スマホとパソコンがあれば急な用には対応できる。今日はなんとなくひとりでいたくなかった。
預かっている鍵で櫛田葬儀店の戸を締めた。一歩下がって古びた看板を見上げる。昔から達筆過ぎて読めないと思っていた。今になってもやはり読めない。電話番号の市内局番が三桁だ。
外も静かだった。田村家と櫛田葬儀店の周囲は昔は畑が多かったと聞いている。少し先の大きな通りの向こうは、かつては町工場が密集した工業地帯だった。里佳も社会科の授業で習った。今では、すっかり一戸建て中心の住宅地に変わっている。工場の従業員のおかげで栄えていた通りの飲食店や洋品店は、もはや見る影もない。
久しぶりにニポポに顔を出してみるつもりだった。花山さんがいれば水原八重子と曾孫の中川英梨の旅について報告したい。
「でも、花山さんいるかな」
いなければその時はまた考えよう。
夕方、いつもの時間より少し遅めの山川の店は珍しく客で賑わっていた。
「いらっしゃい」
声が張っているのは新規のお客さんの時だ。里佳にもわかる。テーブルは埋まっている。カウンターも二組。
里佳は右手を顔の前で立て、顔をしかめながら笑ってみせた。
「遠慮しないで、入ってよ」
手まねきする山川に向かってぺろりと舌を出す。ごめんね、というつもりだ。伝わったのだろう、山川が口をへの字にしてうなずいた。
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