4-4 憧れ

 まだ、少し話し足りなかった。里佳は杏に、今時の女子高生の事情について、聞いてみたいことがあった。


「杏ちゃん、杏ちゃんって音楽とか、どんなの聞くの?」

 宝山音楽学校への旅を熱望する中川英梨のことを思っていた。


 余命三ヶ月の曾祖母を宝山音楽学校に連れていきたいという英梨は、宝山歌劇の熱狂的なファンだった。小学生の頃に母親に連れられて劇場に行って以来、他のことが目に入らないぐらい夢中になっていた。進学した中高一貫校には同じような熱心なファンがいた。中学の頃はまだ子ども同士での観劇は止められていたものの、高校生になって友達と連れ立って観に行くようになって、英梨の情熱は加速した。


 曾祖母があの憧れの宝山に在籍していた。音楽学校の生徒だった。親も祖父母も知らなかった事実。いや、最初のうちこそ信じていた親も祖父母も、何度も断片的な話を聞くうちに、現実の話ではなく曾祖母の妄想、作り話だと疑ってかかっている。しかし、英梨にはそんな声はもう聞こえなかった。


 大おばあちゃんが宝山。そして、人生の最後に訪れる場所として音楽学校を希望している。英梨が、自分が連れて行かなくて誰が連れて行くのか。むしろ、自分ではない誰か連れていくなど耐えられない。


 小柄で地味な見た目の彼女のどこからそんな情熱が湧き上がってくるのか。日常の隅々まで染み渡る英梨の宝山への思い。里佳は中川英梨の意気込みに気圧けおされ気味だった。そんな熱い思いが普通なのか。自分の高校生の頃、それはまだちょっと前のことに思える、それを考えても思いつかない。中にはそんな熱情を隠し持った同級生がいたのかもしれない。それにしても、もっと今風の、例えばダンスとか、そういうのならわからないでもない。


「どう?」

 今まさに高校生の杏なら少しはわかるのかもしれない。そう思って聞いていた。


「音楽はあんまり聞かないけど、YouTubeで聞くよ。ボカロとか」

 杏はそれほど音楽に興味はなさそうだ。そんなに年が離れているわけでもないのに、杏と話していると、時代が違う気がすることがある。


「アイドルとかは?」


「YouTubeに動画上がってると聞くけど、すぐ消されるから」


「そっかぁ」


 言われてみると里佳もわざわざCDを買ったりコンサートに行ったりということはなかった。家には両親が残したCDが山ほど残っている。クラシックから洋楽、ロック、ソウル、ファンク、日本のニューミュージックから歌謡曲まで。随分と幅広い音楽の趣味だ。家には父親が弾いていたギターもそのままになっている。両親が日本にいた頃は何度かコンサートにも、そういえば野外のフェスにも連れて行かれたはずだ、あまり覚えてはいないが。


「宝山歌劇とかは?」

 それが聞きたい質問だった。


「知ってる。女の人が男の格好してキリッとした化粧で歌うやつでしょ」


「ん、そう」

 いやいや、それぐらいなら里佳も知っている。


「好きな子はいるみたい」


 あまり反応がない。ということは、杏は興味がないのだろう。


「里佳ちゃん、杏、一緒にこれ、どう?」

 キッチンから戻ってきた真知子の手には、カップ・アイスが三個とスプーン。


「食べるぅ」

「あ、ありがとうございます!」

 杏も里佳も目を輝かせる。


 音楽より食い気か。里佳は杏と自分の共通点を見つけて、心のなかで苦笑した。

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