3-17 人生は続く

 カウンターの中の山川が珍しくスマホを手にしていた。


「なに見てんの?」

 もうだいぶ酔っ払った里佳が声をかける。


「いや、大したあれじゃない」

 山川はスマホをしまおうとする。


「おいおい、もったいぶんなよ」

 浩人もかなり酔っていた。


「あー、あれだ、あいつだ、根岸。見るか、写真」


「おお、あいつか。今度はなんだ?」


「別に面白くもないぞ」

 山川はなんだか嬉しそうにスマホの画面を浩人と里佳に見せつけた。


 スマホの中で、根岸と妻子が笑っていた。父親の施設はなかなか決まりそうにもない。そこへ突然、妻子がやってきた。子どもは田舎がすっかり気に入ったらしい。ここで暮らしたいと言っているそうだ。根岸の妻も、実際に来てみると案外悪くもないらしい。こっちで暮らすのもいいかもと言い出している。けれど、子どもの学校や教育のこともある。すぐに結論を出すことはない。東京に戻ってよく考えてみたい。


 根岸のメールは続く。


 どうやら父に残された時間は長く無さそうだ。父を看取るまでこっちで暮らすのか、それとも東京に戻るのか。迷うのとも少し違う。今は、どちらもあると考えている。父と違って、俺にも妻にも、もちろん子どもにも、まだまだ時間はたっぷりある。これから続く長い人生をどう生きるのか。こっちに来てからそんなことを考え続けている。


「そうか」

 浩人はうなずいた。


「いいね」

 里佳も何度もうなずいた。


「ねえ、私のメールも見る?」

 里佳がスマホを取り出した。


「なんだ?」


「この前の、ほら、結婚詐欺師の」


「あーあー、あの」


 里佳のスマホを浩人と山川が覗き込む。


 抜けるような青空の下でサングラスをかけた老人が金髪の美女と頬を寄せていた。


「ふぁっ?」

 浩人が思わず声を出す。


 結婚詐欺師に騙された老人、杉浦惣太郎は英語講師の Karen とハワイの旅を満喫していた。詐欺師との婚姻届は重婚により無効だった。今回、詐欺師は書類上、同時に3人と結婚していたらしい。結婚はしばらくこりごりだと杉浦は書いていた。一緒に旅をしている Karen とは今のところ結婚は考えていない。けれど、Karen は元々ハワイの出身なので、こっちで一緒に暮らすのも悪くないかも。詐欺師のミキちゃんとの時は息子にも娘にも反対された。今度は時間をかけて説得したい。この歳になってまだ新しい人生に踏み出せるかもと考えている自分に驚いている。青島での母ちゃんのおかげだ。ただ、問題は自分にどれぐらいの時間が残されているかなんだけどね。


「じじい、元気だな」

 浩人が苦笑した。


「なんだこれ」

 山川は当惑していた。


「あ、そうか、山ちゃん知らないよね、杉浦さんの話」


「知らね」


「これがさあ、けっこう大変だったのよ」

 長い話を始める前に里佳はジョッキをグイッと傾けた。




 第三話 再びの青島 終わり

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