3-8 急な話
よほどのことがない限り、葬儀はいつも急な話だ。遠くの家族や親戚は慌ただしく移動の手配をすることになる。ひとりふたりならともかく、そこそこの人数がまとまると大変な話だ。往路だけでなく復路も確保しないといけない。なのに、帰りのことを考えずにとりあえず飛び出す、そんな話はざらにある。新幹線なら、最悪、駅まで行けば自由席でもなんとかなるが、飛行機だとそういうわけにもいかない。ネットで予約と言っても、慣れていないと大変だ。
「里佳ちゃん、今日のお通夜のご遺族、明日なんだけど、東京から帰りの新幹線、名古屋までって」
電話の受話器を手のひらで押さえた三国が大声で聞いてきた。
「あ、はい、人数と時間の指定、確認していただけますか」
「あいよ」
三国はワンテンポ置いてから受話器の向こうに落ち着いた声で話しかけた。普段はややガラが悪く聞こえるぐらいの話し方なのに、仕事の時は落ち着いた低い声に切り替わる。しかも、驚くほど丁寧で腰が低い。まるで別人だ。
三国が地方から上京してくるお客さんのチケットの手配を回してくれるおかげで、里佳の仕事はなんとか様になりつつあった。急ぎの場合は下手すると最低限のコミッションすら確保できない。それでも、ただお客さんを待っているだけの日々よりはいい。
儲けはほとんど出ていなかった。村田麻子のようなお客さんは例外だ。それは、しばらくやってみて身にしみていた。葬儀は、ほとんどの遺族にとっては、行き帰りを楽しんだり味わったりするようなものではない。故人との想い出を作る旅は確かに究極の個人旅行かもしれないが、それほどニーズはないのかもしれない。見込みが甘かったのだろうか。「別れを思い出に変える旅」、そんなキャッチフレーズも、そろそろ考え直したほうがいいだろうか。
「どうした、里佳ちゃん、ボーっとして」
「あ、すみません」
三国の声で我に返った。
「あれだな、こんなんでいいのかなあとか、そんなこと考えてたんだろ」
「え、なんでわかるんですか」
「わかるよぉ、里佳ちゃん、いっつもじっとメモ見て考え込んでるじゃねえか」
「え、私、そんなですか」
「んなだよお。で、マージン計算して、声に出してないけど、なんとなく金額言ってるだろ。こんなんでいいのかな、大丈夫かなって。見てわかんだよ」
「ええー」
自分ではまったく気がついていなかった。
「里佳ちゃん」
三国が真面目な口調だった。
「悪いことは言わねえ。余計なこと考えんな」
「あ、でも」
余計なことばかり考えているのも見透かされている。
「小さく始めたんだろ。慌てるこたあねえ。浩人にやいのやいの言ってあれこれやらせな。俺が言ってんだからかまわねえよ。あいつぁ、こっちの仕事手伝わせたら役に立たねえけど、里佳ちゃんのあれだ、ネットとかなんとかか、ああいうのやらせときゃ少しは役に立ってんだろ」
最近は浩人も忙しそうだ。だから、なんとなく色々と頼むのも気後れしていた。そこまで考えて言ってくれている三国の気遣いが嬉しかった。
「ありがとうございます」
素直に感謝の言葉が出てきた。そして、浩人にまだWebから申し込んできた最初のお客さんのことを話していないのを思い出した。浩人にもありがとうを言わないと。
小さくうなずく里佳を見つめる三国の目は、いつものように優しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます