3-2 観察眼

 杉浦惣太郎が出ていくのと入れ替わりで櫛田家の男たち三人がどやどやと帰ってきた。全員カチッとした格好でほのかにお香の匂いがする。三人で別の葬儀社の仕事を手伝ってきたようだ。


「おう、里佳ちゃん、お客さんだったか。どうだい、塩梅は」

 三国が声をかける。


「え、お客さん来てたの、わかるんですか」


「お茶、片付けないで、パソコンいじってただろ」


 言われてみると杉浦惣太郎に出したお茶碗がそのままになっている。


「ああ、すみません。すぐに洗っておきます」


「いや、いいんだ、いいんだ。それよりアレだろ、なんか調べてたんだろ、そっちをちゃっちゃと片付けちまってメシにしようや」


「あ、でも真知子さん、出かけてますよ。杏ちゃんもまだ帰ってきてないし」


「ああ? 真知子の奴、どこ行ったんだ? 病院か? 里佳ちゃん聞いてるかい?」


「いえ、何も」


「そうかい」

 三国は眉を寄せた。怒っているというより心配している表情だ。


「じゃ、しょうがねえな。泰人、メシの準備だ」


「了解」


「ちょっと待ってよ、真知子さん帰って来るの待とうよ」

 泰人の料理を食べたくない浩人だけが抵抗する。


「おめえはなんなんだよ、真知子は忙しいんだよ」


「なんだよ、真知子さんの用事、知ってんのかよ」


「ああん? そういうこと言ってんじゃねえぞ、こら」


「まあまあ、父さんも兄さんも落ち着いて。そうだな、真知子さん、しゃぶしゃぶ用の肉がって言ってたから、きっと用意してあるんじゃないかな。あ、あったあった。これでいいよね」

 居間に上がった泰人は冷蔵庫を開けた。


「あ、鍋ならいい。それでいい」

 浩人が手のひらを返した。


「私もいいんですか」

 里佳の目が輝いていた。


「いいよいいよ。たっぷり食いな。こういうのは皆でわいわいやったほうが美味いからな」


「やめろよ、甘やかすんじゃねえよ」


「なに言ってんだ浩人、里佳ちゃん甘やかすも何もねえだろうが」


「もうすぐ杏も帰ってくるし、ボクが野菜だけ切って準備しておくよ。真知子さんもきっとすぐに帰って来ると思うし」


「だな。泰人、悪いな。浩人、おめえは俺を手伝え」


「えー、なんだよ」


「いちいち口ごたえすんじゃねえ」




「里佳ちゃん、仕事、どう?」

 腕まくりしながら泰人が聞いた。


「え、ああ、うん、まあ、なんとか、ね」


「お客さんって?」


「あ、そう、おじさんすごいよね、お客さん来てたとかすぐにわかるの。観察眼って言うのかな、すごいね」


「親父のああいうのは昔っからだよね。仕事柄なんだと思う。ほら、葬儀とか、突然のことが多いから、ご遺族に色々聞けないから」


「それで色々観察してるんだ」


「んー、まあ、それもあると思う。あるね。間違いなくある。それで、里佳ちゃんのお客さんは?」


「あ、ん、お孫さんが歩いて行ける近所でチケット予約できるところどこかないかってネットで探してくれたんだって。本人が心ゆくまで相談できるようにって。葬儀屋さんの中かって驚いてたけど」


「そりゃそうだね。でも、じゃあ、アニキのウェブページ、役立ったんだ」


「そう、そうなの。そうなのよ。やだ、私、気がついてなかった。ウェブ見て来てくれたお客さん第一号じゃない」


「それ、アニキにも言ってあげてよ。気にしてないふりしてるけど、案外そういうの気にしてると思うんだ」


「うん、わかった。ヤックンやさしいね」


「え、なんで」


「だって、お兄ちゃん思いじゃない」


「んー、どうかな」

 泰人は笑いながらキッチンに消えていった。


 里佳はノートパソコンの画面に向かった。宮崎県の青島と鵜戸神社、新婚旅行の行き先。もう少しだけ調べておきたいことがあった。

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