第118話 バケモノ戦争⑥

【隻腕王】ジョシュアは騎士団を率いて、砦の正面に控えていた。


「どうやら敵の増援が出たようだな」


 ジョシュア王の軍団の仕事は、砦からの増援と魔王とを合流させないことである。 

「王。敵の増援は二手に分かれているようです」


 近衛騎士の【蒼の鉄壁】ギャラットが聞いた。


 敵の増援の片方は大部隊、片方はそれよりも少ない部隊で、青いのろしを上げている。


「片方がおとりで、片方が増援か」


「大部隊の方が増援であったら大変です。我々はあちらに当たりましょう」


「それでは少数の方の増援が、敵と合流してしまう」


「や、しかし」


「我々の仕事は、敵の増援を許さぬことだ。悉く、完璧に、寸断することだ」


「ですが……」


「勝つ必要はない。敵の足止めだけ出来ればいいのだ。軍を二手に分けるぞ。片方はお前が指揮をしろ。もう片方は俺が指揮する」


「お、お待ちください!」


 ギャラットは慌てた。彼ら近衛騎士団は前回の戦争で、【火炎山の魔王】ガランザンの、ジョシュア王への接近を阻止できなかった苦い思い出がある。


 敵の攻撃に対し、王の盾となれない。それは近衛騎士の存在意義を揺るがせていた。


「我々は近衛です。この騎士団は最後まで王の盾となり、この身が朽ちるまで王の命をお守りします」


「ありがたい。が、不要だ。今は盾ではなく、少しでも多くの剣が欲しい」


「王。戦場において言うのは誠に心苦しいのですが」


「なんだ?」


「王は死ぬのは恐ろしくないのですか?」


「……ない」


 それが力も知力も満足ではないジョシュア王の、たった一つの矜持だ。


 殴り合えばたいていの相手に負けるだろう。しかし殴られ続けても我慢することならば、世界一の自信がある。


 おそらくは、死ぬまで耐えられる。


「それでは困るのです」


 そんな隻腕王の矜持に、あえてギャラットは異を唱えた。


「なんだと?」


「我々は命が惜しい。王のように勇敢にはなれません」


「騎士として、問題のある発言だな」


「しかし……それでも。なけなしの勇気を奮って、王の命だけは守りたいと思っているのです。それが普通の者なのです。それが騎士なのです。それが忠誠なのです。その忠誠を受ける王が、命は惜しくないと言われては……」


「何が言いたい?」


「ジョシュア王には生き延びて頂きます。我々はここで死んでも、王が生きてさえいれば、我が国は成り立ちます」


「見解の相違だな。俺が死んだとて、ましてや騎士団が悉く死んだとて、この戦争で勝利を収められれば、王国の民は残る。つまり王国は残るのだ」


「それは違います。騎士と、それを統べる王族がいてこその国なのです」


「……ギャラット。お前には先代の時代から長く国を守ってもらってきたが……。ここまで我々の意識は違っていたのだな。悲しいことだ。だが俺は王で、お前はそれに使える騎士だ。命令には従ってもらう。俺を置いて敵の迎撃に向かえ」


「わたくしとて命が惜しくて言っているわけではないのです!」


「そんなことはわかっている」


「わかっておりません。この命に代えても、ジョシュア王にはこの戦争で生き残って頂きます。たとえ王命に逆らってでも」


 やがて敵の大部隊が、こちらの足止めをするかのように動き出した。


 少数の部隊は、こちらを迂回するように大回りで動き出す。


「敵の大隊に向かって、突撃せよ!」


 ギャラットが大声を張り上げて命令した。


 近衛騎士団がそれに呼応して、雄たけびを上げながら突進を開始する。


「ま、待て……」


 ジョシュア王が声を上げようとしたが、その口はギャラットの手によって塞がれた。


「お怒りはごもっとも。命令違反も承知の上。終戦後に、わたくしの首をはねて下さい」


「お前のやっていることは、世界を滅ぼす愚行なのだぞ!」


「世界のことなど知りません。わたくしには王宮、そして玉座の王がいれば、それでいいのです」


 ギャラットは全てが熱くなる戦場において、まるで氷のように冷たく言い放った。


 蒼の鉄壁、その心は冷たく、鉄のように固い。


 敵軍の動きにより報告が乱れ飛んでいる隙をつき、ギャラットはそっとジョシュア王に当て身を食らわせて気絶させた。


「貴様……」


「王が緊張のあまり気絶された。安全な場所へお運びしろ。軍の指揮はわたしが引き継ぐ」


 ギャラットは近衛騎士たちにそう命令を出した。


 けっして引かぬであろう【隻腕王】ジョシュアの撤退。


 それは前線で戦う騎士の気勢にも、少なからず影響をした。


 軍団はゆっくりと崩壊を始めていた。




《私を冷たい男だとお思いですか? では我先に死にたがる人は、暖かい人なんですか? 私は貴方に死んでほしくないのです。たとえ世界が滅んでも》

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