第89話 ドラゴン教団

 史上、初めてドラゴンを倒した【火炎山の魔王】ガランザンの噂は、世界中を駆け巡った。


 魔王に恭順するゴブリンたちはまるで我がことのように増長し、近隣に住む者達はその武威に震え上がった。


 そんなガランザンが治める魔王の私領に、ある奇妙な一団が尋ねてきた。


 トロールと、人間と、僅かにマーメイドとゴブリンがいる、数十人ほどの集団であった。


「変わった者たちが来ましたな」


 魔王の腹心であるエルフ、【林冠】パヌトゥはその集団にどのような目的があるのか、真意をはかれなかった。


 ガランザンはその集団の無秩序さに興味を持ち、謁見を許した。


 直接会ってみて、ガランザンもパヌトゥも驚いた。


 彼らは全員、一見しただけでわかる程の強力な戦士であったのだ。


 リーダーであるらしい人間の美女が、ガランザンに聞いた。


「貴方がドラゴンを倒したという、火炎山の魔王殿かい?」


「いかにも」


「僕の名前はルーシャム。僕たちは地上最強のドラゴンを信奉するドラゴン教の信者だよ」


 パヌトゥはまたしても驚いた。


 ドラゴンを信仰の対象としている集団があることを、この時初めて知ったからだ。


「ドラゴンは地上で最強にして至高。神聖にして不可侵な存在。わかるかい?」


 ルーシャムは自らの信仰するドラゴン教の教義を延々と語った。


 曰く、ドラゴンは地上で最高の生物であり、現人神である。


 曰く、ドラゴンを信仰し、日々鍛錬することで、我々もまたドラゴンへと至り神に成れる、と。


「お前たちが何を信じようと、それは勝手だ。好きにしろ」


 ガランザンは彼らの信仰対象であるドラゴンを自分が打ち砕いたことをわかった上で、冷たく言い放った。


「ありがとう。では早速、勝手にさせてもらうよ」


 居並ぶドラゴン教団の者たちは、魔王ガランザンに膝を折り、鉄製の爪のような武具を合わせた。


 それは彼らなりの祈りの姿勢である。


「ドラゴンに等しき力を持つ【火炎山の魔王】ガランザン。君こそ先にドラゴンへと至った新たな神だよ」


 気軽な口調とは裏腹に、ルーシャムはガランザンに最敬礼を示すよう膝をついていた。


「……なんだと?」


「聞こえなかったかい? 君こそが、新たな神なのだ。神として、未だ神に至らぬ僕たちを導いて欲しい」


「奇妙な奴らだ。俺はトロールであり、魔王だ。神ではないし、神を名乗ったこともない」


「しかし神に等しい」


「神はマーメイドが信仰しているあれだろう」


 マーメイド族が信奉する神は実在する。数回、奇跡を行ったこともある。


 だがルーシャムは首を横に振った。


「あれは偽物だよ。真実の神は物理的に最強であるドラゴンであり、同時に君だよ」


「俺は神ではないと言っているだろう」


「神ではなくとも、神に等しい。違いは誤差にすぎない。つまり君は神だよ」


 平行線に行きかけている話を、横で聞いていたパヌトゥは喜んだ。


 この猛者たちはドラゴンを信仰の対象としており、しかも新たな神としてガランザンを認めたようだ。


 数十人とはいえ、歴戦の騎士を上回るであろう彼らが仲間に入るのは、魔王軍としては大きなプラスとなる。


 しかも信仰心からの申し出ならば、給料も要らず、極めて安上がりである。


「魔王様、これは良いことです。受け入れて、魔王の私領に住まわせましょう」


 パヌトゥはガランザンに耳打ちした。


「算術だけで語るな。俺は神になんてならんぞ」


「別になろうがなるまいが、あやつらは気にしないでしょう。ならば利用するだけ利用するべきです」


「……」


 ガランザンは溜息をついた。そして手を振り、パヌトゥの意思に沿うよう示した。


 パヌトゥは我が意を得たりと喜び、ルーシャムに話しかけた。


「我ら魔王軍は貴方たちを受け入れましょう。法律は一つだけ。戦争の際に一切文句を言わず魔王様に従うことです」


「もとよりそのつもりだよ。僕たちは神の意思に背きはしない。戦いも望むところだ」


「ではドラゴン教の方々に住居を設けましょう。ところでドラゴン教の方は、もっといないのですか?」


 ドラゴン教の信者たちは、互いに目を見合わせた。


 そしてルーシャムは微笑んだ。


「貴方が森もたずのエルフ、【林冠】パヌトゥ殿かい?」


「そうですが」


「噂に違わぬ智謀だね。恐れ入ったよ。実は僕らの数倍の人数は、ドラゴン教団に戦士がいるよ」


「ほう、それはそれは」


 とても無視できないほどの大増強が出来る。


 だがほくそ笑むパヌトゥに、冷水を浴びせる言葉をルーシャムが言った。


「彼らは新たにドラゴンへと至った魔王様を、絶対に認めないと言っていた。彼らはいずれ信仰の全てを賭けて、ここに攻めて来るだろうね」


「……は?」


 白が黒にひっくり返るように、味方の予定であったドラゴン教団の主力が全員敵へとひっくり返った。


 唖然とするパヌトゥに、ルーシャムが続ける。


「安心してよいよ。神は僕らと供にあるのだから。神へと至った魔王様が、未だ途上である信者に負けるわけがない。僕らも及ばずながら助力するし」


 ルーシャム率いるドラゴン教の信者たちは、指定された住居に帰っていった。


 呆然と見送るパヌトゥ。


 ガランザンは愉快そうに高笑いをした。



 果たしてドラゴン教団の軍勢が魔王の私領に攻め込み、激しい戦いがおこった。


 一ヶ月わたる激戦の末、火炎山の魔王を新たな神と認めないドラゴン教団は壊滅した。


「【火炎山の魔王】ガランザン様こそが、僕らの神だよ!」


 ルーシャムはドラゴン教団の再建を宣言し、自らを最高位の司祭とした。


 彼女の名前はルーシャムそして生き残ったドラゴン教の信者全てを従

え、教団は火炎山の魔王を神と見なし隆盛を迎えることとなる。


「つまり教団の勢力争いに、見事利用されたと言うことだな」


 さして不機嫌そうでもなく、魔王が呟く。


「遺憾ながら」


 とてつもなく不機嫌そうに、被害の出たゴブリンたちの人数を計上しながらパヌトゥが言った。




《無知で都合の良い者が現れたら要注意だ。お前が無知でない保証はどこにある?》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る