第96話 九番目の惑星

 瑠璃の運転する車に揺られること二時間半。

 途中に寄ったファーストフード店のドライブスルーでチキンを頬張りながら、高速道路に乗って山道のトンネルを抜ける。すっかり日も暮れて、やって来たのはトヨトミインダストリーの私有地。

 新型SVの実験場となっているここで一際、大きな建物の近くに車を止めて、三人は中へと入っていった。


「さぁ、こちらへどうぞ」

 竜花は角膜と指紋認証式の扉を開けて歩駆と瑠璃を案内する。長い廊下を抜けた先は、とてつもなく広い格納庫になっており、数多くSVの実験機が所狭し並んでいた。

 そんな空間の中心で、他の物とは比べ物にならないほどに巨大なSVが雄々しく鎮座していた。


「どうですぅ歩駆様ぁ、凄いでしょう?」

「これが、新しくなったGアーク……なのか。倍以上に大きいな」

 それは歩駆の知る《Gアーク》とは別物であったが、戦国武将の鎧甲冑をモチーフとした武骨で特徴的なフォルムはまさしく《Gアーク》そのものであった。見た目で違う箇所と言えば、その巨体であるがゆえに宇宙へ飛ばす為の大型ロケット、バーニアやブースター等、大小様々な推進器が取り付けられている。


「こいつの名前は《ノアGアーク》だ。こんなバカデカなSVを建設するのはトヨトミインダストリーとして初の試みだよ……ほぼ、あの博士の設計ではあるんだけどもね」


 タブレット端末でシステムをチェックしながらやって来た黄色いヘルメット男は織田龍馬だ。その横にはアイルが居たが、機械だらけの場所には似つかわしくない真っ白なワンピースの下に何故かピッチリとした黒のボディスーツらしき物に身を包んでいる。


「お久しぶり、ですね……」

「あぁ何ヵ月ぶりだっけ黒鐘。元気してるか?」

「はい……」

 肯定するもアイルの表情は浮かない顔だ。


「何だよ、何か言いたそうだな」

「えぇ…………真道先輩、私はここでお別れになります」

「ん? それは、どう言うことなんだ?」

 アイルの突然の告白に歩駆は訳がわからなかった。


「クロガネカイナ4号こと私、虹浦アイル最後の仕事です」

「彼女の中の動力源であるダイナムドライブを取り外して、ノアGアークに載せる」

 と言う龍馬に歩駆は困惑した。


「これまでみたいに後ろに乗ってるんじゃ不味いのか?」

「私から機体にアクセスするだけじゃ駄目なんです。真道先輩がノアGアークを操るには私が……人の形が邪魔なんです。それを捨てなければならない」 


「お前はいいのか、それで?」

「はい、私のダイナムドライブをGアークに捧げます」

 何処か悲しげな笑顔で返事をするアイル。


「と言っても肉体(ボディ)が無くなるだけで、Gアークの中で生き続けるだけです。会話する事は無理かも知れませんが……」

「許さァん! それは許さんぞアイルッ!!」

 遠くから叫び声。職員の制止を振り切ってヤマダ・アラシが走ってきた。


「認めないぞ、断じて認めなァいッ!!」

「ヤマダ博士……これは彼女の意思なんですよ? いい加減、許可してあげたって」

「疑似ダイナムドライブで十分だって言ってんだァ! 何なら、その辺のイミテイターひっ捕まえてやればに出来るッつーのにもぉぉ!!」

 龍馬からタブレットを強引に奪い、リズミカルなタッチで何かを入力して画面を見せ付ける。歩駆にはさっぱり分からなかった、他は呆れた様子だった。


「……純正のダイナムドライブは人の強い意思を込めて出来上がる。今の情熱も何もない、その場かぎりで凌ごうとする考えを持った貴方じゃ完成しない…………それに」

 アイルはヤマダからタブレットを取り上げ、肩を突き飛ばす。軽くやったつもりだったが今の彼女は力の調整が出来ないので、ヤマダは派手に床へ転がり倒れる。


「操り人形で十分なんでしょアークン。なら、ずっと玩具で遊んでいるといいわ……」

 尻餅を突くヤマダの耳元で囁くアイル。口元を震わせ、大の字で寝そべったまま放心状態のヤマダは固まってしまった。


「行きましょう」

「……良いのか?」

「離婚ですよ、あんなヤツ。私の全てを君に託しますから……よろしくお願いします」

 アイルは歩駆に深々と頭を下げると、ニコッと笑い腕を掴んで引っ張る。


「…………そうか」

 複雑な気持ちを抱きつつ、歩駆はアイルに誘導されながら格納庫を後にした。




 操縦方のレクチャーを二時間みっちりと受ける。頭に叩き込んだらパイロットスーツに着替え、いざ《ノアGアーク》への搭乗口に向かう。

 入口前の扉には瑠璃、織田兄妹、三人が送り迎えをするために待っていてくれた。


「今更だけど本気で行くのか?」

 最終確認で龍馬が質問する。


「はい、ゴーアルターはそこに居ます」

 あの戦いからずっと夢を見る。

 もう一人のアルクが遠い銀河の彼方から呼び掛けてくるのだ。それは《Gアーク》に乗っていた時だと顕著にわかる。

 レーダーがある一方向に反応を示したまま動かない。半径数百、数千メートルの騒ぎではない。何万、何千、何億先からの強い生命エネルギーを関知しているのだ。


「水と食糧は一ヶ月分、シートの下に積み込んである。計算通り上手く行けば、一週間で冥王星に到着する……はずなんだが、私も不安で」

「どっちにしろ死んだら終わりですよ」

 彼らの仕事は信じている。だが、《ゴーアルター》と戦った後の事を考えると無事に帰れる保証が無い、片道切符のの方舟だ。


「何て言うか申し訳ないっすよ。俺、何も出来ちゃいないのにこんな」

「そうだよ……これの建造費用は誰が払うんだよ!? 領収証は君ん家に付けておくからね?!」

「もう、そんなのいいんですよの兄様!」

 無粋だ、と竜華は龍馬の脇腹を小突く。


「お帰りを、待ってますわ……」

 本当は別れが惜しくてたまらなかったが、涙目の竜華は握手だけに止めた。


「……しっかりね。こっちは任せて自分の事に集中しなさい」

「ありがとう、瑠璃さん」


 皆に見守られ、別れの挨拶にと手を振りながら歩駆は《ノアGアーク》に搭乗した。

 三つの厚い扉を抜けた先にあるコクピットは、通常のSVより広めに作られていて閉鎖感は感じない。シートはリクライニングが可能で手足を伸ばしてもぶつからない快適さであった。


『アークノアシステム、オールグリーン』

 システムボイスがアイルの声なのを聞いて少し安心する歩駆はシートに座りベルトで身体を固定した。

 建物の天井が開き《ノアGアーク》を乗せるハンガーが迫り上がり、屋上の発射台へと移動していく。そこで待ち構えていた二基のロケットを左右にドッキングさせて発射の準備は完了した。


『用意はいいかい?』

 ヘルメットのスピーカーから管制室に入る龍馬の通信が入る。


「いつでも!」

 と言いつつビビり顔をしながら衝撃に備えて歩駆は歯を食い縛った。


『発射までカウントダウン開始……10……9……8……』

 心拍数が上がる。不安で仕方がなかった。

 だが、それでも歩駆は行かねばならないのである。

 大きく深呼吸して軽い精神統一し、一発顔を叩いて気合いを入れる。


「よし…………行こう、ノアGアーク」

『5……4……3……2……1……ブラストオフ!』

 ロケットエンジンから激しい炎と轟音を響かせる。歩駆と《ノアGアーク》は大空へと舞い上がった。

 雲を突き抜け、大気圏を脱出し宇宙へ進出する。

 大気圏離脱用ブースターを切り離し《ノアGアーク》は巡航モードへ移行した。


「地球が……もう遠くなっていく…………青いな」

 周りの小さな星は動くことは無いのに気が付くと、あっという間に月が横を通り過ぎている。機体は自動操縦になっているので、のんびりと寄り道をすることもなく目的地に向かって航行する。


「……なぁ……黒鐘?」

 何だか心細くなってアイルを呼んでみるが、やはり返事はない。

 無音。歩駆は完全なる孤独であった。

 気力の下がりで少し速度が緩まりつつある《ノアGアーク》は、先の見えない暗黒の宇宙をひたすらに突き進む。


 外が空気の無い真空の宇宙なんだ、と当たり前な事を考えていると広々としたコクピットも逆に狭く感じてしまう。

 機体は三次元レーダーを頼りに《ゴーアルター》が居るであろう反応を示す光点へ航行する。二つの〈ダイナムドライブ〉の導きを信じるしかないのだ。


 歩駆が本で読んだ知識だと地球から冥王星までは約五十億キロある。最新の戦闘機が全力で飛ばしても二百年は掛かる距離だ。それを一週間でやろう、と言う無茶苦茶な機体であるらしい。

 ヤマダ博士の仕事なのだから変な安心感はある。そのせいで今から《ゴーアルター》の所まで行かなければならないのだけれどもだ。

 

 そう、その《ゴーアルター》が今や敵。

 厳密に言えば、生み出されたもう一人の自分だ。

 歩駆から見て嫌になるほど歩駆自身だ、と思い知らされる言動や所作。

 それをこれから……とすると、どうなるのだろうか。

 和解など出来るのか、この世に同じ人間が存在する事は可能か。


 考える時間は沢山ある。


 これはとてつもない長い旅になるであろう。

 気が緩めば暗黒に飲まれてしまいそうになり不安で仕方がない。そもそも前例の無い事である。

 人類初、冥王星への有人飛行。それもロクに訓練もしていない普通の高校生がだ。

 孤独で気が狂ってしまいそうだが今更、後悔したってもう遅いのだ。

 出発してしまったのだから進むしかない。


(大丈夫……大丈夫)

 心の中で何度も歩駆は自分は出来ると強く念じながら、心を落ち着かせる為に一先ず眠りについた。

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