第77話 貴方に力を与えます
散乱するリビング。クロガネカイナは立ち上がり、機械を纏った脚部のブースターを煌めかせ、外の迫り来る巨影に向かって突進する。
その隙に歩駆と礼奈は家から慌てて部屋から脱出した。
マンションに住まう住人達も、建物の異常な揺れに気付いて次々と部屋を飛び出して来ていた。
「あのSV……いや、模造獣か!?」
逃げ惑う人々の中、歩駆は立ち止まり振り返って状況を確認する。
礼奈の住む三階建てマンションと同じか少し高さで、歩駆が見た事もない二体の紺色の機体だ。その周りを飛び回りながら攻撃するクロガネカイナを長い腕で振り払っている。
「……違う。あれ、人が乗ってる? 模造獣じゃ……やっぱSVなのか!?」
改めて、《模造獣》は地球外生命体〈イミテイト〉が液体の様な本体を高質化させて物質に変化した物を《模造獣》と言う。見た物の動作や性質を真似るだけで暴れる事しかできない低い知能レベルだ。
そんな〈イミテイト〉が知識を蓄え人型を克服して形を得た姿を〈イミテイター〉と言い、彼らが〈イミテイト〉のコアで作り出したマシンを《イミテーションデウス》と呼んでいる。
この《イミテーションデウス》は言うなれば《ゴーアルター》と同質の力を持ち、コアは〈ダイナムドライブ〉と同じ性質──意思の力を増幅する効果──を持っているのだ。
「セミ・ダイナムドライブじゃない……確かに奴等のコアが心臓部にあるけど、何だ?」
その不思議なSVは所謂ロボット的な角張ったパーツの集合体ではなく、外観から見る限りは間接に繋ぎ目は無い。黒の全身タイツの様な物に包まれた人型に、肘や膝に腰、肩や頭部など各所にプロテクターが装備されている。
クロガネカイナは紺のSVの背中に飛び出したバックパックを撃つ。発車された光る弾丸がバキン、と装甲を貫通して紺のSVは動きが止めた。中の魂が消えた事から、それがコクピットになっているのだ、と歩駆は視認した。
「あーくん……こっち来る!?」
「走れ礼奈!」
二人は一目散にその場から逃げた。その後を追うもう一体の紺のSVは大股で跳ねるようにコンクリートの地面を蹴って走る。巨人のダッシュと人間の駆け足じゃ全く相手にならなかった。
「よそ見して! はあぁぁぁーッ!!」
空から落ちるように超加速するクロガネカイナの強烈な突進が紺のSVに右足を掬(すく)わせ、派手に転げて民家へ大の字になって倒れた。チャンスとばかりにクロガネカイナは宙へ位置取り、右手の銃からフォトン弾を紺のSVに乱れ撃ちする。
「やった?」
立ち込める土煙の中から緑色の光が二つ耀く。そこから蛇の様にしなる長い手が伸ばされて、空中をホバリングするクロガネカイナを掴んだ。
「しま……あぁっ!」
どうにか抜けようと力を入れるが、巨大な手が激しく上下に振られて、クロガネカイナの視界は一時的にブラックアウトして機能を停止させる。ぐったりと沈黙したクロガネカイナは、そのまま空の彼方へ投げ飛ばされてしまった。
煙が晴れていき紺のSVはボディの瓦礫と足に絡まる電線を解きながら、紺のSVは悠然と立ち上がる。絶体絶命のピンチに陥る二人。だが、
『私は統合連合軍の独立試験小隊の者だ。《シュラウダ》から降りる、ちょっと待ってくれ』
機体スピーカーから声が響く。紺のマシン、《シュラウダ》が跪くとパイロットが背部から現れた。見た目は歩駆よりも少し上ぐらいで若く見える。細いながらも筋肉の付いた腕、メッシュを入れたお洒落な髪形、端整な顔立ち、歩駆とは比べ物にならない程の美形だ。
「君がレイナ・ナギサは。ご同行を願いたい」
男は礼奈の前に来て手を差し出してきたので、歩駆は横から割って入り弾いた。
「ちょい、ちょっと待てよ!? 何でお前みたいなのに渡さなきゃいけないんだ」
「何だ、君は関係ない」
「はぁ?! 周り見てみろよ、お前のせいで家が、町が!」
「仕掛たのは私ではない。あの人型の何かだ」
崩れる建物を見ても男は悪びれもなく、自分の非では無いんだと謝らなかった。
「なら、お前はIDEALの奴じゃないのか?!」
歩駆が問いかけると、男は眉間に皺を寄せる。
「奴等と一緒にしないでもらいたいな。奴等は悪戯に国際情況を掻き乱しているだけだ。何が日本の英雄だ……我々の敵は人間じゃない」
歩駆は今年に入ってから、《ゴーアルター》に関する情報は極力遮断している。偶然見たニュースでは海外でテロ組織の撲滅を掲げて動いている様だが、直ぐにチャンネルを変えた。
もし自分がパイロットを続けていたらソレをやっていただろうか、と後悔と悔しさで枕を濡らし眠れなくなるのだ。
「アンタの乗ってる機体……それは」
質問を変えようと歩駆は男のSVを指差す。しゃがんで曲がる膝間接は機械の接合部とは違い、布地の様な装甲は弛みを作っている。
歩駆の“眼”は物体の透視能力は無いが、《シュラウダ》と呼ばれるSVの内部に〈イミテイト〉のコアから発するエネルギーが四肢に送られているのがわかる。
「対イミテイト用の力。統連軍が独自に開発したFWS(フィットウェアスーツ)は奴等の力を利用する事が出来るのだ」
聞いてもない事を答える男。つまりは形体を形成する〈イミテイト〉を中に入れた水風船なのだ、と簡単に考えた。
「それで……軍の人が私に何の用なんです?」
考え事をする歩駆を退けて礼奈が男に言う。
「君は自分の不思議な力について理解しているか?」
「力……?」
「急激な治癒能力を持っているね?」
男の言葉に息を呑んだ礼奈。
「その力が解明されれば、世界の病気で苦しんでいる人達を救う事が出来る。君に協力して欲しい」
男の差し出した手を見て礼奈はどうしようか戸惑う。
「でも、私は」
「君にしか出来ない事なんだ。頼む」
さらには頭も下げられて礼奈は黙り混む。こんな怪しい奴の誘いに乗るわけがない、と歩駆は思ったが、礼奈の答えはイエスだった。
「……わかりました。行きます」
男の元へ歩き出す礼奈の腕を歩駆は掴み引き留める。
「はぁ? 礼奈、お前何を言って」
「自分に起きた事、私の体がどうなっているのか知りたい」
「でも、あんな奴の事が信じられるのか?」
「IDEALの人達は何も教えてくれなかったんだもん」
「それは……くっ」
「あーくんだって何か隠してるの知ってるんだから。それと比べたらマシかな……離して」
説得する歩駆の手は無情にも振り解かれる。
「決まりだね。君の両親には連絡済だ。土日……日本は次の月曜日も休みだね。その期間には帰せるはずだよ。さぁ、機体に乗ってくれ」
男のエスコートで礼奈は機体に搭乗する。歩駆の方に振り向くことはなかった。
「お……おい!」
「あーくん、行ってくる」
二人を乗せた《シュラウダ》が立ち上がる。腰部スラスターが光を噴出する。機体は空高く舞い上がった。
「…………あぁ」
ものの数秒で空の彼方へ消えていく《シュラウダ》を歩駆は呆然と見ているしかなかった。
立ち尽くす歩駆。次の瞬間、体が衝撃と共に吹き飛んで駐車場のフェンスに激突する。
「何で……何で行かせたんですかっ!」
耳がキーンとなる怒号と、首が苦しくなるほどに襟を強く掴んでいるのはボロボロの姿なクロガネカイナだった。
「奴等は……今の統合連合はイミテイターの巣窟。彼女を利用して計画を実行するに違いないんです! それなのにどうして!」
叫ぶクロガネカイナだったが、
「なぁ、おい……お前のスタンスは何処にあるんだ?!」
歩駆は逆ギレした。
「俺に近付いて、礼奈を攻撃したり、今度は礼奈を連れていかせるなって言ったり……お前は、何なんだよ!」
額と額をぶつけ、不可解過ぎる彼女の行動に疑問と怒りをぶつける。
人間でも〈イミテイター〉でもない機械の少女が何故、今の自分に関わってくるのか、ソレを知りたかった。
「私は、ある方に作られ貴方を監視するように命じられた。それと同時に、貴方を正しい方向へ導くのが私の目的です」
「正しい、道だって?」
「私は中にあるブラックボックスが、二度と同じ過ちを繰り返させまいと呼び掛けているのです」
寂しい顔をするクロガネカイナだが、歩駆には言ってる意味がよくわからなかった。
「貴方には全ての戦いを終わらせる義務があります。ゴーアルターもそれを望んでいる」
「やっぱりお前、IDEALの者か?」
「いずれは、彼等と敵対する事になるかも知れませんが、今は置いといてください」
クロガネカイナはそう言うが、あの組織のやりたい事が歩駆には理解でき
なかった。
「それで、貴方は渚礼奈を助けたいんですか?」
「それは……そうだよ。当たり前の事を聞くな」
「彼女は本当の彼女じゃなくても? 貴方もイミテイターがどんなものかは知っているはずです」
問うクロガネカイナ。確かに、本当の渚礼奈はIDEALにいる。しかし、彼女の魂は〈イミテイター〉の礼奈にあると感じる。
だが、魂が本物でも〈イミテイター〉としての意思を隠しているのかも知れない。または、表面に出ていないだけで何時か覚醒するのかも分からない。
これは歩駆の勝手な想像で身勝手かも知れないが、偽者か本物か、この際は重要な事じゃない。歩駆には礼奈が必要なのだ。
「……どうなるかは、どうかなった時に考える」
「ズルいですね。最低ですよ」
「何とでも言え……と言っても、今の俺にはどうする事も出来ないけどね」
「私が……貴方に力を与えます」
クロガネカイナが指を指す。
「持ってきました。アレを使いましょう」
それは先程、クロガネカイナが撃墜した別の《シュラウダ》だった。
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