第13話「手を伸ばす」

 俺は勇者が嫌いだ。

 勇者は力があるのに、なにも助けてくれず、ただ富を貪る存在だからだ。

 しかし、俺は嫌いなだけであって、もしかしたら心の底から憎んではいなかったのかもしれない。

 だけど、思いがけず今日出会った盗賊の少女は勇者を憎んでいた。

 親のかたきとは聞いたが直接憎んでいると聞いたわけではない、けれどその目が、勇者を憎んでいると俺に訴えかけてきた。


 だから――勇者である俺は戦っている。

 盗賊の少女のために、黒い野獣のような魔物を目の前にして剣を手にしている。

 ケイリィだってそうだ。

 

 俺は考えていた。自分がどうしたいか、何ができるかを、この少女に出会ってからずっと。

 言葉は飾りだ、偉そうな言葉はそれほど意味を成さない。

 結局、俺にできることはただ動くこと、そして目の前の存在を斬り伏せることだけで。

 そしてそれだけが、俺の思いを伝える方法だと思った。

 

 しかし最初は優勢だったが、徐々に押されてきている。

 黒い魔物の技量は発展途上だったようだ、剣を打ち合うごとにその一撃は重みを、そして速さを増していく。

 それでも……!! 今の自分と同じ、いやそれよりも上の実力を持つこの敵を、俺は……!!

 ――――――――破らなければいけない。

 ドクン、――ドクン。

 その瞬間、より一層強く体内で魔力の流れを感じた。今なら――――!!


「暗闇から引きずり上げる……!! はぁあああああああああ!!!!!」


 魔力できた剣の崩壊。

 血塗られた剣、そこらに転がる盗賊の血を吸ったであろう剣が、俺の剣圧に耐え切れずに砕けていく。

 空を掴む黒き魔物に、刀身を砕いたそのままの勢いで剣を振り切った。


 横一文字に切り裂いたブラックゴブリンの存在は、その魔力は、空気に溶けていく。

 そしてブラックゴブリンが完全に消滅した後には、黄色の魔石だけが宙に浮くように残されていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ブラックゴブリンを倒し、俺は魔石にも目をくれず後ろを見た。

 そこで俺が見たのは、最後に残った六体目のグリーンゴブリンの急所に、ケイリィが短剣を突き入れる瞬間だった。

 良かった。ケイリィも無事だ。俺は自分の戦いに集中していて、ほとんど周りを見ることができず、信じてはいたのだが、それでも無事な姿を見て安心した。

 ケイリィありがとう、そう心で思う。ケイリィが後ろを守ってくれなかったら俺は、盗賊の少女を守りながら戦うことなんてできなかった。


 グラッ。

 視界がぐらつく。

 全力で相手を打ち払った代償として、体内の魔力をかなり使ったからだ。

 魔力は生命力そのもので、これを大量に使えば肉体も相当疲弊してしまう。

 だけど、ここで倒れる訳にはいかない。少しでも気を抜けば倒れそうになる体を、足を、ぐっと堪える。

 まだ俺には、手を差し伸べなければいけない人がいるのだから。


 一歩ずつ、膝をつき動かない少女に近づく。

 まだ本当は怖かった。俺なんかが助けて良かったのか、また彼女にトラウマを植え付けてしまったのではないかと。

 それでも、俺は救いたかった。

 だから――――俺は手を伸ばす。

 握った手の平を、ゆっくり開くように。


「君を……守れて良かった」


 俺の言葉を聞き、驚いた顔でこちらを見てくる盗賊の――いや、もう違う。

 まだ幼い、妹のサラと同じくらいの年齢の少女に、手を伸ばし続ける。

 視線をずらさず、まっすぐ彼女の瞳を見る。


「……カノン」

「えっ」

「それがあたしの名前……助けてくれてくれて――――――――ありがとう」


 少女は伸ばされた俺の手を掴んだ。

 

 それはまるでしがらみから開放されたかのような、晴れた顔。

 照れたような、少し恥ずかしそうな顔。

 年相応の少女の顔がそこにはあった。


 




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「店長~、この箱~このすみに置いておけばいいですか?」

「ああ、そこでいいよ。いやー、やはり人手が多いと助かるね」

「はい! あたし頑張るので、これからよろしくお願いします」

「ああ、君の面倒は私が責任を持ってみよう。それがあの人との約束だしね。その代わりたくさん勉強してもらうよ。魔石を扱うのは、けっこう大変なんだ」

「はい、早く一人前になれるよう頑張ります! 私ももう一度あの人に会う時に、頑張って生きてるって――自分の胸を張れるように!!」


 ソレスの町に一つしかない魔石商のお店で、そんな会話がされる。もう少女の目に、迷いはない。

 そう、ユアンが盗賊討伐の条件として出したのが、勇者を憎む盗賊の少女の保護だった。

 報酬はいらない、その代わり少女を保護し、育ててやって欲しい。盗賊を倒しても住む場所と面倒を見る人がいなければなんの解決にもならないと思い、考えた結果出した条件がそれだった。

 王都に向かわなければいけない自分には、それをしてあげることができないのだから。

 

 盗賊団は魔物の襲撃によって壊滅し、ユアン達はその魔物を倒した。

 結果、町の商業組合はユアン達の仕事を認め、元盗賊の少女、カノンの面倒を見てくれると改めて約束してくれ、カノンはこれから魔石商の店で住み込みで働くことになった。


「ユアンさん、もう良かったんですか」

「ああ、俺に出来ることはもうないし、後はカノンの頑張り次第だからな」


 昨日泊めてもらった魔石商の店を昼をまたぐ前に離れ、ユアンとケイリィは門をくぐりソレスの町を出た。

 町を出るとき、ユアンはもう一度カノンのことを考える。そして昨日の夜見せてくれた笑顔を思った。

 後はもう大丈夫だろう。彼女は強いのだから。

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