8 『大罪』
──にやけ顔でメフィレスは語る。
ステータス画面に表示される『スキル』なる項目をアクティブスキルとパッシブスキル、という括り以外で区別する方法があると。
先天的なスキルか後天的なスキルか、だ。
先天的なスキル──例えば、サヴァンの【死して尚、此の躰は滅びず】や有栖の心眼、或いはフィンダルトのような種族特有の能力等だろうか。
どれも特異で、真似し難い稀なスキルと言える。
それが強力かどうかは別として。
逆に後天的なスキルは、例えば上級剣士のスキル等々、生後に扱えるようになった汎用スキルのことである。
先天的なスキルと反して、努力とある程度の適正さえ備わっていれば習得可能なため、悪意を交えて『凡人のスキル』とも蔑称されることも過去あった。
無論、今はこちらが普及しているためそのような声はほぼ絶えたのだが。
──そして本題。メフィレス、今は亡き七瀬黒が所持していた『人の子の大罪を司るスキル』について。
種類としては『傲慢』、『強欲』、『怠惰』、『色欲』、『憤怒』、『暴食』、『嫉妬』の七種が存在し、有栖の知る七つの大罪の内訳と何故か一致している。
大方、ここにも古来の異世界人が絡んでいるのだろうが──今は言及されなかった。
そしてこれらのスキルは特異、凶悪、不穏の三拍子が揃いながらも、例外として後天的なスキルに分類される。
それは人から人へ。
スキル所有者が死せば、大罪スキルは他の適正者へと受け継がれていく。
まるでヒトに対する呪いのように。
この異世界における大罪保持者の扱いは、『未知のスキルであるため研究対象、もしくは異世界人を時に凌駕する能力を持つ兵卒』というのが一般的らしい。
よって召喚士と同様に、あらゆる国や組織から欲される人材……または非常に凶悪な能力を疎まれ、監禁されたりもする。
死亡すると他人に大罪スキルは移るため、邪魔と言って下手に殺害できないのだ。
全くもって、面倒で質の悪い輩である。
さて、ここで有栖の話題を持ち出そう。
先刻の通り、大罪スキルは七種──そこに有栖が所持する
『傲慢』に併合されていたと記述される、『虚飾』である。
相変わらず伏字だらけの文面でも、『虚飾』が大罪スキルであることは明白だ。
しかし──有栖は自らが『虚飾』であると、素直にメフィレスへ打ち明けられない。
『虚飾』の効果の関係上、ミリス側、しかも変質者風の野郎に弱点を教える訳がない。
それはつまり舞台中にハリボテを観客へ見せつけるようなものだ。
単なる舞台なら白け、大根役者に靴が投げつけられるだけで済むのだろうが──なまじっか有栖は国を左右する位置についてしまっている。
待ち受けるのは死、すらも生温い。
もはや有栖は死ぬまで道化を演じなければならないのだ。
また、どさくさに紛れて尋ねてみた。
「……ほう、ではちなみにこの胸の圧迫感は──?」
「大罪スキル所持者同士が起こす、共鳴反応のような物だよ。口惜しいことに、オレもこの現象の原理は不明だ。尤も、知るには太古の昔、大罪スキルの生まれた時代に行くしかないがね。大罪スキルは、それほど迄に未知に包まれている──だからこそ、オレの如き研究者達が躍起になって解明しようとしているのだが」
「成る程。この動悸が恋に端を発する物でなくて何よりです」
「……(どうしてこの場面でアリス様はその発想をするのだろうか)」
ばーか、茶々入れねぇとこの変質者の変態ワールドに付いていけねぇっつうの。しかも余裕を見せて、油断ならない強者アピールもできて一石二鳥だろうがよ。
暴言を吐く有栖だが、茶々を入れるにしてもあまりに間抜けすぎる返答ではなかろうか。
しかし己を顧みない有栖は、一周半回って阿呆な回答をしたとは思っていない。
幸運なのは、心眼で覗いている残りの二人が単なるジョークとして受け取っていたことだろう。
以上、メフィレスが興奮気味──流暢に語った大罪スキルの話、そしてそれに対する有栖の心情である。
現在まで不明であった、大罪スキルの詳細を思いがけなく得たのは渡りに船だったが……その理由は非常に単純だ。
メフィレスの性癖と嗜好が関係しているらしい。
「手にした知識、力を他者に見せつけることは、持てる者の特権なのだ。無い者の羨望の視線、持たざる者の嫉妬、僻み、妬み、くっけけ。それら全てが──他者に無い物をオレが持っているという優越感が、オレにとって垂涎ものの興奮を齎してくれるのだ。よって何かを他者に教授するのは、つまり知識の優位を明け渡す行為、オレの愉悦を損なう行為だが──今回は特別だ。オレは歴代の『強欲』よりはマシだから、試金石を投じるくらいはする」
と、メフィレスは説明途中こちらを舐め回すような視線を飛ばしてきた。
その瞬間、有栖はこの男の姿が──あの神と重なる感覚を受ける。
欲望に満ちた瞳は、映る者を遍く舐り、穢し、犯し、冒涜する色をしていた。
心眼は尚も喋るメフィレスの心根を見透かし続けているのだが、それらも俗物的な感情ばかり。
間違いない、メフィレスはあの糞神と同類のクソったれだと有栖は悟る。
回避しようもない己の敵である、と。
それは。
「(地上に生まれた神の子、加えてまるで神が造形したかの如き絶世の美貌、何よりオレの大罪を超える『傲慢』を持つ、アリス・エヴァンズの心と身体を支配し、オレが屈服させること。その試金石には、そういう意味があるのだからな)」
そんな『強欲』の権化たる心中の発言が、有栖の目に留まったからである。
……――……――……――……――……
「──と、いう訳だ。これで大罪スキルの教授は終了だ。アリス・エヴァンズが継いだ『傲慢』という大罪は、その大罪スキルの中で最も罪深い……く、け。は、神の子という身体と、実に矛盾しているじゃないか。────ああ、なんてオレ好みなのだ」
赤髪の青年は聞いてもいないスキルの解説を捲し立て、彼は悦に入ったように両手で顔を撫で回しながら、頬を仄かに染める。
半分呆気にとられていた有栖は、そのとき率直に思った。
くっそキモい、と。
顔は二枚目と言えるが、ここまで言動が気味悪いとジャラと同様に──口を開いただけで通報しても妥当なレベルだ。
有栖の心情としても、おまわりさんを呼びたくて仕方がなかった。
「……アリス様、失礼ながら僕に発言の許可を」
「ええ、どうぞ」
無表情の有栖に代わり、サヴァンが眉をひそめながら、
「アリス様が貴様が大罪を持っているという話、アリス様への想い等、言いたいことは山程あるが……マタルデカイト卿。とりあえず貴様がミリスに於いて、高位の人間であることは了解しました。が、アリス様に向かってその言い分は、礼を損じているのでは?(何よりさっきの捲し立て方、こんな性根の者が上にいるのは何処でも変わらないのかな)」
「くきき、サヴァン某。それはオレに対しても言えることだ。外部兵風情、オレへの敬意が払われていないな」
「……! 僕が雇われ、命じられているのはアリス様の警護。──上位の方相手でも、危害を加える恐れのある者には、相応に接させて頂きます」
不敬であるとメフィレスに睨み返されたサヴァンは、胸中で一瞬動揺したようだが毅然と言い放つ。
赤髪の彼の首筋に既に剣はなく、サヴァンの腰に差されているものの……未だ剣の柄を手放してはいない。
警戒態勢を解いてないことを、無言のうちに知らせているのだ。
──もうこのまま斬っちゃっても良いのよ? 責任は取らねぇけどさ。
つまらなそうな顔のまま、中身では期待に胸を膨らます有栖だった。
「アリス様が最大級の来賓客だという事はミリスに在位している以上、自明の理。更に面会される方は、須らく僕へ事前に連絡するようにとジルコニア卿も仰ていたでしょう! ──それに」
「ああ、良い。その件についてはオレも憂慮しているが、ただ
「何を……!」
意味深長の呟きと同時、メフィレスから強烈な敵意が爆発的に放出される。
遂にサヴァンも腰から剣を抜き放ち、未だ優雅に腰掛ける──突飛な展開と敵意で身体が凍てついた──有栖を守るような立ち位置で構える。
眼光は真っ直ぐにメフィレスへ向けられており、如何なる場合でも斬り掛かる体勢をとっていた。
それに対しメフィレスは、両腕を広げながらに、
「
そう、呟いたとき。
「────と言う、下らない茶番は止めませんか? サヴァンや私をからかうのも良い加減にして下さい、ウンザリです。闘う気がないのであれば、即刻出て行きなさい」
「……流石に露見するか。その『眼』は伊達ではないようだな。益々、興味深い」
嘆息しながら有栖が素っ気なく言い放ったのを、お茶目に舌を出すメフィレス。
可愛くない。
「…………え? アリス様、それはどういう──」
数秒前まで、真剣に護衛する気満々だったサヴァンは、一人この場で置いていかれる。
一転弛緩した空気に拍子抜けしたのか、間の抜けた顔になっていた。
それを内心、ケラケラと指差し笑う下衆こと有栖は呆れたような口調で、
「この人、ここで闘う気は元からなかったようですよ? 今回は顔合わせと自己紹介程度をしに来ただけのようです」
「無論だ。この宮廷はミリスでも最重要施設であるのだぞ? 戦闘の一つでもしてみろ、オレはオレの優位を確立させる器物を損壊してしまう。それは『強欲』のオレにとって不本意な話だ。更にジルコニアからも叱責を受け、研究費が更に減らされるのも痛い」
「で、あれば私のところへ無理矢理来なければ良かったでしょうに」
「こういうモノは『速さ』が要求される。速度は新鮮を生み、顔や印象を残すには好都合なのだ」
「嫌に饒舌ですね。素直に喋るとは……今の発言は心内に隠す物では?」
「どちらにせよ見透かされるのであれば、実直に口を開き、誠実さを見せるのが効果的だと思ったのだ」
だからと言って、そのような行動の裏を容易く明かすのはどうかと思われるが。
有栖としては、開き直られると逆に不満が溜まる。
メフィレス的に表現すると「心を見る能力の優位性が失われるのが嫌」だろうか。
やはり大罪持ち同士、同類の浅ましさである。
「……顔見せも十分か。面白い反応の其方の従者の恨めしげな視線も、弄っていて愉しいが──くきき、此処に訪れた事をジルコニアに露見させられたくはないからな。言うまでもないが、」
「分かってますよ、ジルコニアには秘密にしておきます」
「理解を得られたようで助かる」
丁寧に辞儀をするメフィレスを片手で制して、外面の笑顔を瞬時に製作、早々に立ち去れという念を込めながら有栖は、
「それではご機嫌よう。……明日は来なくて良いですよ」
「元々、予定はない。偶にしか会わぬからこそ、出会いは貴重、或いは宝と成るのだよ」
冷淡な有栖の言葉な対しても、平静を崩さないままメフィレスは扉から出て行った。
……登場時にはどうやって入ってきたんだろ。
ふとそう思うと、律儀に扉から出た彼の姿が非常にシュールに見えて困る。
──こうしてようやく、室内には静謐な空気が入り込んでくる。
腰掛けたまま手近のカップを手に取り、数秒ほど注がれた紅茶の水面を眺めた。
子供舌の有栖の口に合わないため、飲みはしないが。
そして有栖は不意に──未だ剣を握ったまま呆然としている──サヴァンに向かって、
「サヴァン」
「!? は、はい。アリス様」
「ジルコニアにこのこと告げ口して下さい」
「(手の平を返すのが凄まじく早い……)」
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