27 『現状確認』

『すみません、サヴァン。そちらは大丈夫でしょうか?』

『アリス? ああこちらは状況に異状なし──そちらは既に突入の時刻だが、その血は』

『もう終えましたよ。異世界人と言えど歯応えがありませんね、一撃で果てるとは拍子抜けでした』 

『……早い、な。流石だよ』


『それはそうと──式までサヴァンはそこにいるのでしょう? 援護として向かいましょうか?』

『助かるが、アリスは王宮内部を回ってくれる方が良い。他にも潜んでいる可能性も高いからな、こちらには僕もいれば蚊……もといフィンダルトもいる。過剰戦力を偏重させるのは危うい』


『フィンダルトもいるのですか?』

『ああ不本意ながらね。忠誠も脳味噌も足りない化け物を入れるのは不本意だが──戦力的に不安だから念には念を、とカナリア様がな。モスクと交代してもらっている』


『はい了解です。あと、折角付けて頂いたのですが有象無象の騎士達が余波で勝手に倒れているのですが、捨て置いても構いませんか?』

『構わないけど……』

『けど?』

『いや、何でもない。出来れば一纏めにしておいてくれ。この計画が終了次第僕たちが回収する』

『了解しました、では私はこれで』



 ……――……――……――……――……



「っと、こんな物でしょう。んま、サヴァン達の方はしばらく別館から動くこともないでしょうね」

「本当に有栖って猫被るの上手いな……」

「そんな褒めないで下さい、引っ叩くぞマゾ野郎」


 有栖が魔境の通信を切断すると、周辺に隠れていた裕也が甲冑を鳴らす音ともに近づいてくる。

 彼に対しても敬語になっている理由は、有栖の意地っ張り、の一言だ。

 懐かしい会話をすればまた涙が出そうだから──とまぁ、なんとも女々しい。

 無論性格上、そんなこと口に出してもいないが。


 鏡をバッグに仕舞い込んで、自身の額に付着させた血液に不快感から眉をしかめた。

 裕也に打倒された騎士達のそれを説得力を増すため顔とローブに付着させていたのだ。

 ちなみに気絶させた騎士達については鍛錬場の真ん中に積み上げておいた。

 タワー状にしておいたのは失神状態から一人覚醒しても、抜け出すのに時間がかかるからである。

 当初に「頭以外を地面に埋めよう」と提案する鬼畜もとい有栖はこの作業に関わっていない。

 重労働は男に任せておく、と抜かしていたか。  

 都合のいい奴である。


 本来ならば、ロープで縛るのがベストだったのだが仕方ない。

 有栖にはSとかMとか言うプレイの趣味はなく、生憎と持ち合わせになかったのだ。

 だからとそれ系の趣味がある裕也に尋ねてみても、今日は不都合にも持っていないらしく断念した。


 さて異世界人の膂力のおかげで仕事を一分足らずで終え、そこらの茂みに隠れる。

 白昼堂々裏切りを露見させるほど有栖も大馬鹿者ではない。

 加えて、少なくない数のカナリアの騎士や手駒が護衛としている敷地内だ。

 サーチアンドデストロイは有栖らに任せ切りとは言え、無駄に危険な橋は渡りたくない。


「俺の潜伏場所が騎士鍛錬場──ここら辺りだから、と巡回する人いたら倒そうとしてたんだけど全く通りかからなくてさ。俺がこの騎士の格好なのは巡回の人を、一瞬誤認させるためだったりもするしな」

「見通しガバガバで笑えませんね。まぁ顔出しNGの本当の理由は髪を隠すためでしょうけど」

「正解。有栖のそのローブも?」

「そーですよ。これが私のファッションセンスと思わないことです」

「まぁ、有栖の服って言ったらチェック柄だから分かってるよ」

「それ絶対ぇ皮肉ですよね? 良いじゃないですかチェック地、落ち着きますし」


 ぞんざいな敬語を吐き捨てる有栖に、裕也は困ったように笑う。

 ……つか俺の言葉にはマゾ反応しないのな。

 そう言えば、マゾの裕也が有栖の暴言に興奮した様子を見せないのは元男と知ったからだろうか。

 体が女性になって親友に色目使い出すのも、有栖からすれば気色悪い。 

 彼が現金な性格ではないと分かっていたからこそ、憂いもなく正体を明かした面もある。


 そんな些細なことはともかく、聞きたいことは山積していた。

 有栖は街の地図を地面に置くと、兜をとった見慣れた男の顔を見て促す。


「まず聞きますけど、そちらの配置はどんな感じで?」 

「よく地図持ってたなぁ……」 

「裕也の方のお姫様に事前にもらったのです、ほら早く早く」 


 話によれば、アルダリアの主な駒は四つ。

 異世界人の蒼崎裕也、柳川明美、そして手持ちの騎士と宮廷魔術師、そして協賛する冒険者達。

 他には、数自体は少ないが革命派の貴族階級のお抱えの部下くらいだろうか。

 それに関しては、そこまで大きな勢力でないためメインで戦力を成していないようだが。

 付け加えるようにして、裕也は思案した面持ちで、


「あと一つ、ワイルドカード──とびっきりの隠し球があるらしいけど、教えてはくれなかったかな」

「なんじゃそりゃーです。まぁ動きが分からないので無視するとして、外国勢とかの戦力とかないんですかね? 革命ってなれば金の匂いに釣られる連中も湧きそうですけど」

「そっちの……王宮側の強い圧力があって無理だったみたいだ。国内ならいざ知らず、諸外国のパイプはほぼ断絶されてるって。まぁ他国に助けを求められたら、戦力差を引っ繰り返すような異世界人とかが来るかもしれないし、警戒されるのは当たり前かなぁ」


 成る程、と有栖は納得する。

 つい最近異世界召喚し始めたダーティビル王国は異世界人が乏しい。

 というか裕也含めて三人しかいない。

 その異世界人を抱え込んではいても、現体制派よりもアルダリアの戦力がないのは言うに及ばず。

 数で劣って、なおかつその異世界人達もまだ未熟なのだ。

 練磨されていない異世界人は、特段恐るるに足りない存在だろう。

 しかしそこに七瀬など他国の異世界人がピンチヒッターとして駆けつけてくれば話は別だ。

 凡夫の多数が異常の少数に敗北する可能性は格段に高まる。


 しかし国内にアルダリアを留めておけば、そうそう個の力が屈指の者など見つかるはずもない。

 量を抑える王国側は、少数で異常戦力を誇る者をアルダリアより先取りしておけば良い。

 それがフィンダルトであったり、誤認された有栖だったりするのだろう。


 本題に戻ってアルダリアの采配の話だ。

 アルダリアの狙う勝利条件は、式前の暗殺ではなく王とカナリアの降伏。

 国民への体裁のためか本人の気性かはともかくとして、随分と穏和なことだ。


 王宮内に配置された者の目標は、王たちに突撃して定時に護衛を排除、王とカナリアの確保。

 また決行時間までに降りかかる火の粉や、できれば門を通る援軍を撃退しなければならない。

 この際できる限り一対一が望ましいと言い含められていたようで、先刻の戦闘は失敗だと言える。


「まさか、もう定時に達したとか冗談みたいなことありませんよね?」

「ないよ。決行時刻は式の開始五分前だから、まだ時間はたっぷりある」


 裕也の返答に有栖は胸を撫で下ろした。

 時間があるのであれば、まだ動きようがありそうだ。


 脱線したがアルダリアはかつ同時並行で、協賛する冒険者達を式場に配置。

 これは裕也がカナリアとサーディ王の確保に失敗した場合の予防線である。

 それ以外に、救援要請を受ける王国側の援軍を阻むためでもあるそうだ。


 だが注目される式場で、無辜の民まで巻き込まれる戦闘になりそうなのだが良いのだろうか。

 有栖が考慮する物でもないが、ふとしてそう思った。


「敷地外のその要因に回ってるのが、明美と冒険者って人達かな。戦力的なバランス的に決定したみたいだけど」


 そして王宮内には、裕也を始めとするアルダリアに忠誠を誓う騎士らがいる、と。

 簡潔に言えば、アルダリアの目論見としては式前にカナリアらを確保。

 できなくとも次善の策として、式中で蜂起する──という二段構えの策だ。

 実に分かりやすい。

 有栖でも割と容易く理解できるくらいに単純だった。


 ただ首を捻る点も見受けられる。

 ……でもこれ、王宮内で遂行して成功するのが理想的で、次善の策とか超無理矢理じゃね? だったら明美も王宮内での王たち確保に回した方が良かったような。 

 きっと「救援要請を受ける外部の援軍を警戒する」というのが本質なのだろうが。


 とは言え、有栖としてもこの敷地内で革命に王手をかけることが絶対として行動するつもりだ。

 よって敷地外の件はこの際思考に入れない。

 後には退けない、退く気もない。

 元より自分の背後を意識するようなら、友の手を握ったりなどしない。

 有栖は考え込もうとすると一人、重要人物の居場所がようとして語られていないと気づく。


「まだアルダリアの位置が明かされてませんが?」 

「王宮だよ。館だけでもここ広大だし、わざわざ危険地域にいるんだから策とか戦力とかは連れてるだろうけど──」


 言い淀む裕也は十分に説明を受けていないらしく、どこか不満げだ。

 あちらは魔鏡などの連絡手段がないため、アルダリアや敷地外組とも情報を交わせない。

 これは結構致命的な話な気もする。

 ゲリラ戦法も使わぬ集団が、情報も共有せずに果たして勝利できるのだろうか。

 今更ながら焦る有栖だった。

 アルダリアの動向が些か気にかかるが、捜索する手間は省く。


 今やるべきことは、有栖の持つ情報と見比べて、如何にカナリア達を取り押さえる手順を見出すか、だ。

 当然、捕縛するには彼らを守護する輩を排斥しなければならない。


 最も戦闘力的に厄介なのはフィンダルト、そして不明だが彼女に喧嘩を売るサヴァンだろうか。

 またジャラもカナリア達の護衛に割り振られている。

 彼は活躍した覚えもなく、ステータスのスキル欄を見ていないためイマイチ把握できない。

 強敵ではあるのだろうが『傲慢』に吹き飛ばされ、白ローブに身動きを封じられた記憶が強い。

 言ってしまえば噛ませのイメージしかない。


 あとはモスク……忘却しかけていたが、確か招集させられた冒険者四人の大男だったはずだ。

 もっとも、その男はフィンダルトと交代してラバ川警備に行ったらしいため無視するが。


 さて大物から順に潰すのであれば、これはフィンダルトになる。

 しかし打破する方法など検討もつかないが。

 自己蘇生、怪力、変身能力、不死身等々、明確に言うのであれば敵対したら死と同義のレベルだ。

 ステータスの数値も人外じみた身体能力。

 風圧だけで有栖などの命が散りそうである。

 戦闘やら何やらで、まず手に負える相手ではないことは断言できた。


 サヴァンは指揮官であるため動かず、騎士達にはサトウの魔鏡が渡されてないため動かし辛い。

 弱者から潰すとしても労力の割に実りはないだろう。

 ならば、徐々に戦力を削ぐ最初のターゲットは決まりだ。


「──では、決まりですね。裕也、ちょっと良い悪巧みがあるので聞いて下さい」

「良いのか悪いのか全然分かんないけど、俺達にとっては良さそうだ。聞くよ」


 うぃひひ、と。

 意地の悪い笑みを浮かべる有栖に同調するようにして、裕也も口端を歪める。 

 一頻り密談を行うと、有栖は魔鏡を取り出して

 

「それじゃ、やりましょうか。一応、あっちに行っててくれます?」

「ああ、けど……そんなんで本当に来るのか?」

「ええ彼はちょろいですし、私にはこれ・・がありますから」

 

 有栖は黄金色に瞳を変色させて、魔境で通信をとった。



 ……――……――……――……――…… 



『すみません、ジャラ。今どこにいますか?』

『お、アリス? どうしんだよ俺に連絡をくれるなんて、嬉しいことでもあった?』

『サヴァンか、フィンダルトは近くにいますか? 少し面倒なことになりましてね』

『面倒ごと? ああでも、サヴァンは手が離せないだろうし、フィンダルトは部屋から追い出されてるよ。俺としては皆で集まってた方がハッピーなんだけどな……』

『そう、ですか』

『良ければ俺でも相談に乗るよ? こっちはフィンダルトが来てるおかげで戦力は充実してるし、困ってるようなら俺が助けに行くよ』

『ええ、はい。申し出はその、嬉しいのですが……少数、いえジャラだけで来て頂けると嬉しいのです』

『……? どうしたの』 

『実はですね、敷地内に子ども達が紛れ込んでましてね。私や騎士さんでは怯えさせてしまうんですよ』

『だから俺の笑顔で追い出してあげようって策か! いやぁハッピーだね、すぐ向かうよどこ辺り?』


『私は、そうですね。王宮本館の玄関で待ち合わせをしましょう』

『すぐ向かう! イェア、ハッピー』

 

 

 

 

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