22 『予感と前触れ』
「どうしたんですか、アルダリアさん。そんな溜息ばかり吐いて」
「……まぁ、な。本番もあと二日、それで徹夜が一週間続いているだけだ。まるで問題ない」
「問題しかなくないですか、それ。ストレスを溜めてるなら、存分に俺を蹴飛ばしてくれても構わないんですよ」
「それは遠慮しておこう。……何だ、その残念そうな目は」
アルダリアの自室にて、高級感のある机を前に蒼崎裕也はうねうねしていた。
それと面と向かう位置で椅子に座るアルダリアは、今にも椅子ごと引きかけている。
鎖ででも縛っておけば良かったかもしれない、と後悔中だ。
もっともそんなことをすれば、裕也が悦楽に顔を歪めるという見苦しい結果になるのだが。
コホン、とアルダリアは切り替える意で咳払いをした。
無防備にも彼女が裕也を部屋に招いたのは、無論ピンク色の展開をするためではない。
裕也が弁えているように直立の姿勢になったのを見て取ると、早速本題へと入る。
「数週間前──国立ワーナバーダンジョン前の広場で、他国の異世界人が暴れていた件を覚えているか?」
「ええ、はい。あの、リンチにあったあと簀巻きみたいにされてた」
「そうだ。その男は七瀬、という名らしかったが。尋問すると、七瀬を召喚した国がミリス王国だったことが分かった」
「それも覚えてます。で、アルダリアさんが計画と並行してその国のこと探ってたんでしたっけ」
「ああ。この部屋に君を、蒼崎を呼んだのは他でもない、その話なのだが……ミリスを調べていくうちに、どうもきな臭い話が出てきた」
ミリス王国。
正式名称は、神聖ミリス王国となるだろうか。
ダーティビル王国より南に位置する周辺国の一つにして、帝国に次ぐ大国。
国を東西に分かつようにして大河が流れており、水不足に悩まされることはない。
人口も多く商業も盛んなその国は、世界に轟く他の特色がある。
宗教だ。
人類種の約半数が信仰している宗教、その総本山が神聖ミリス王国なのである。
聖職者の頂点は教皇と尊称されており、王と同等の権力を持っていると聞く。
ダーティビル王国にも大昔、召喚士が出現するとうの昔から布教されており、信仰者も数多い。
そのため、この王都にも立派な教会が建造されていたりする。
ちなみにダーティビル王国の国教もそれだ。
その宗教の聖典には、特別なことなど何も書かれていない。
聖典曰く、主は常に民を見ていらっしゃいます。
聖典曰く、潔白は元より淫らな、ふしだらな生活を改めなさい。
聖典曰く、聖職者は必ず貞操を守りなさい。
聖典曰く、虚偽は控え、真摯に隣人と接しなさい。
このように、更生施設か何かで貼られているポスターのような言葉が並ぶ。
中には童貞を推奨する物もあるが、裕也が過ごしていた元の宗教も同じような物だろう。
有栖が見たら舌打ちの一つでもしそうなラインナップだが、それはつまり正道へ導けている証左だ。
また聖職者は特有の純白のローブに身を包む戒律があり、一目で判別できるようになっている。
この街でそれを知らぬ者は赤子以外に存在しないだろう。
そこまで話し終えると、相槌としてか時折頷いていた裕也が首を捻る。
「ええっと、はい。大体ミリス王国については分かりましたけど、キナ臭いっていうのは……?」
「──先ほども言った通り、ダーティビル王国はミリス王国と接点は宗教の面で確かにある。だが調べていると、それ以外に『あくまで個人的に』お姉様とミリスの使者が頻繁に会っていることが判明した」
「……そこまで強調するからに、不自然なくらいの頻度なんですよね? なら、ミリス王国と第一王女のカナリアさんが繋がっている、と?」
「断言はしないが、その可能性は低くないだろうな。しかしそうと考えれば、あの七瀬の襲撃も間違いなく意図があるのだろう」
唇をきつく噛み、アルダリアは思考を巡らせる。
七瀬黒の襲撃にカナリアが絡んでいるのだとしたら、十中八九アルダリア関連だろう。
彼はダンジョン前で撃退されたが、本来なら方向的に──そうだ、王宮を狙っていたのかもしれない。
短絡的だが、王宮から離れる用事のないアルダリアを殺害し、大方『魂塊』か何かで七瀬に自害でもさせるつもりだったのだろうか。
その出自がミリス王国だと知られないように。
そう仮定すれば、余計な援軍や兵を七瀬に付けなかった理由も明快だった。
七瀬の襲撃を、国の思惑とは外れたただの異世界人の暴走として見做させるためか。
結局のところ、この世界での異世界人の扱いは捨て駒でしかないのだ。
何処の国でも使われるこの手法を、卑劣だと断じるほどアルダリアは世間知らずではないが。
心が痛むのは、どうにも抑え切れない。
アルダリアが黙っていると「と、言うことは」と裕也が腕を組んで、
「俺達はカナリアさん達の用意する戦力にプラスアルファ、ミリス王国の連中も相手取らなくちゃならないってことですかね……」
「ああ、済まないがそれを覚悟しておいてくれ。だが──こちらも君達以外の、相応の
いざとなれば逃げるのもやむなし、とは何時も言い聞かせている。
万一、失敗するようであれば彼らの『魂塊』は裕也と明美自身に渡す、もしくは隠すつもりだった。
今、彼らに自分の我儘に付き合ってもらっているのだ。
自分のエゴとは言え、その上カナリアや父に好き放題させる気はない。
アルダリアの発言に了解、と鷹揚に返事をする裕也。
「……では、明後日まで俺達は部屋に?」
「予断を許さない状況だ、済まない。折角の生誕祭だと言うのに」
「いや、良いですって。余裕はないんですし。そもそも余裕があっても、何かの裏がないとわざわざ祭りに参加させる意義ってありませんし……まぁ、体を休めておきますよ」
「そうしてくれると助かる」
「あ、別にアルダリアさんに引っ叩かれるのも俺の休息のうちの一つなんで──」
「い、いや、それは結構だ。部屋で楽にしていてくれ、頼む」
……――……――……――……――……
「……何でこう、オーク料理が多いんですかね」
「そりゃまあ、肉付きの良いモンスターの中でレベルが低いからだね。あっ、オーク串いらないならこれと交換してくれたら俺的にハッピー?」
「あげますよ、あげますとも」
有栖は割とダイナミックに串に刺さったオーク肉をジャラに渡し、綿菓子のような物体をもらう。
サラの食堂に行ったのち王宮へ帰る道すがら、ジャラと共に生誕祭の屋台を回っているのだ。
昼食で腹も膨れている有栖は別段食欲はない。
雲を飲み込むような綿菓子の独特な感触も嫌いではないが、そう好きではない。
単に久方ぶりの祭りを味わっているだけだ。
朧げながら、確か有栖としては小学生の夏祭り以来の祭事だろう。
──神輿とか担いだり、花火とかしないんかな。
異世界人が多いのなら、そのような文化も伝わっていそうだが。
夕暮れを迎えた空を見上げても、花火特有の硝煙は見当たらない。
そもそも時間帯の問題もあるのか、と有栖は綿菓子にかぶりつく。
うむ、甘くない。
さてと、オーク肉を噛みちぎることに必死なジャラを横目に気にかかることはある。
有栖とジャラを朝からストーキング、なおかつ茶番臭のあった脅しも行った白ローブ集団のことだ。
あの素性については、 サラの食堂でジャラが「教会の神父さんとかじゃない?」と言っていた。
どうにも純白のローブは、聖職者が着用する祭服のような物らしい。
ジャラが案内しようとしていた街の教会でも、あの服装の人物は当たり前にいるようだ。
ただジャラによると、先刻の白ローブ達はこの街の牧師達ではない感じだったそう。
──ならどっから来た牧師なんだって話なんだがな。
エイメンとか言って異教徒殺すべし慈悲はない、な神父は勘弁してもらいたいが。
有栖は、街ゆく人々の隙間から周囲を見る。
だが夜の訪れが近づくにつれて、更なる賑わいを見せるメインストリートに白ローブの影はない。
お勤め終了の言葉通り追跡を諦めたのか、それとも変装して付きまとっているのか。
その辺り全く判別つかねぇから面倒臭ぇんだよな、つーか誰かが見てるって怖いんだよ。
有栖の質問をまともに聞かないせいで『心眼』を使用しても、目的も何も不明瞭なのは痛い。
あの白ローブの一人は、一種の『心眼』キラーだった。
できれば再会したくないが、街中で誰かが追ってきているのではないかと疑心暗鬼になるのは辛い。
そのうちストレスで胃に穴が空くだろう。
ストーカーの怖さを異世界で知る有栖であった。
となれば、あの白ローブ集団の意図を知るために自ら行動する他ない。
もしかすれば、変態神の趣が「ストーカーに訳も分からぬまま陵辱される」かもしれないのだ。
有栖はその可能性に身震いする。
絶対にあの神の思惑通りになってたまるものか、と有栖は決意を固めた。
ジャラの神父発言を基にして、明日観光客でも装って教会を訪れてみることとしよう。
そこで何かヒントでも得られるかもしれない。
有栖はそのようなことをうんうん考えていると、近くで一際大きい歓声が聞こえた。
「何でしょう?」
「あーちょっと待って。……射的の屋台が盛り上がっててハッピーだね! それじゃ俺達も──」
「ストップです、笑顔で突撃かますのは止めて下さい。あの、私に高い高いして下さい」
クソったれ、高い高いとかこの年齢で言うのすげぇ恥ずかしいんだけど。
無謀の特攻を仕掛けようとするジャラを諌めながら内心赤面する。
しかし目立ちたくないシャイで根暗な有栖としては、咄嗟に思いついたこの方法をとる他ない。
この歓声を無視すれば問題なのだが、気になるのだから仕方ない。
見た目的には年齢相応な頼みに、ジャラは何の抵抗もなく有栖を抱え上げる。
誰かに腰付近を触れられる感触で、ビクリと体が過剰反応するが堪えた。
空中で暴れて地面へと墜落するのは御免だ。
──って、何だアレ。
射的の屋台の周辺を見下ろすと、二人の見覚えがある格好の者が長銃のような物を構えていた。
と言うか、白ローブの者達である。
彼らは二人とも、屋台の中に備え付けられた柵越しに動き回る人形へ狙い澄ましていた。
ただ店舗が安っぽい作りであり、尚且つ狭いため一段とシュールな光景になっている。
ジャラによると、この異世界において射的は子ども向けの遊びの屋台と認知されているらしい。
心なしか、集まっていた人々も何処となく生暖かい目で見守っている気がする。
聖職者たる彼らが子ども向けのお遊びに大真面目に挑んでいる様は、間抜けな物であった。
あとで偉い人から叱責されそうな光景である。
そのうち一人の白ローブ──声音的に、話を聞かない人──が、不敵に笑みを浮かべた。
「フフッ、私をあまり舐めないことですね。これで貴方よりも高得点を取れれば、向かいの焼き団子を奢ってもらう約束は忘れていませんよね……?」
「一度としてそんなこと約束された覚えはありませんが、いいでしょうやってやります」
「この教団内でも凄腕と称されたスナイプを見せてあげましょう────外、した!?」
「口ほどにもないですね────馬鹿な、掠りもしないなんて!?」
……白ローブ達が生誕祭を満喫しているようで何よりだ。
馬鹿やっている白ローブに白い目を向けると、有栖はジャラに降ろしてもらって王宮へと道を急いだ。
彼らへ直接もう一度話を聞くのは悪手だろう。
またしても話を聞かずに、トンチンカンな問答をする羽目になる可能性が実に高い。
加えて、せっかく生誕祭に意識を奪われている彼らに関わるのは遠慮したかった。
正攻法で行っても不穏な気配しかしない。
不要な面倒ごとに巻き込まれることを避けるのであれば、別ルートから探りに入った方が良いと見える。
とりあえず今日は一晩休んで、明日ジャラと一緒に教会に行けば良いかな。
やはりと言うか、一人で行く意気地がない有栖だった。
こうして、生誕祭の一日目は割と穏やかに幕を閉じる。
良く良く考えてみると、それなりに伸び伸びとした一日だったように思われた。
革命阻止の二日前と言うのに、有栖も楽観で緊張感に苛まれることもなかったのだ。
有栖も随分ふてぶてしくなったものである。
だから。
たとえ不明で不穏な影が見え隠れして、それを調査しようと決意してもだ。
必ず、その影が自分と関わり合うことはない。
そう、有栖は勘違いしていた。
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