第27話 敗北を求める勝利者




 ■ ■ ■




 十年前。

 近江匡は、都市伝説として名を馳せた少女と、毎日のように競い合っていた。


 萩原明日奈という名のギフテッド。

 人の模倣がうまく、他者ができることならば、彼女は自身の能力値内で、再現することを得意としていた。


 その勝負の日々は、あまりにも幸せで、匡の人生に生きがいをくれていた。


 そんな、匡にとって、これ以上ないほどの好敵手は、ある時から、とんと相手にならなくなった。




「投了よ」


 肩をすくめながら、萩原はチェス盤のコマを倒し始めた。


「……何言ってんだよ。まだオープニングだろうが」

「だからよ。どんな手を打っても、あなたを出し抜ける気がしない。もう、あなた相手には、『先読み』が通じないの」


 勝負が始まって、まだ十手も打っていない状況でである。消化不良もいいところな匡は、萩原に食って掛かる。


「こんな序盤で何言ってやがる。まだ勝負は分からねぇだろう」

「分かるよ。いつもと同じ戦法をとったら、即効で攻められて終わり。『この人』の打ち筋は、あなた相手にはもう使えないわね。もっと上手い人の打ち筋、見てこないと」


 投げやりなふうな中に、困ったような響きが交じる。

 彼女は、申し訳無さそうに言った。



「次第に、あなたの相手になることが、少なくなっていくね。ごめんなさい。本当は、もう少し持つと思っていたんだけれど、蓋を開けてみれば、一年も持たなかった」


 その言葉の中には、悔しさのようなものが滲んでいる。


 萩原にとって、人生とは、人の模倣のようなものだった。

 よりできる人間の行動をトレースし、再現する。

 そうすれば、原理上、世の中に出来ないことなどなくなる。


 自身で思考するより、他者の思考を読み解き、行動を再現することにこそ、彼女は全力を注いだ。それこそが、自身の存在を証明する方法であると信じていたし、自分を支えるためにも、誰かの価値観を必要とした。


 そうして手に入れた、完全な『自分』を、近江匡は、半年足らずでほとんど凌駕していったのだ。


「あなたの学習能力をコピーしてみたんだけど、やっぱりダメね。どうしても学習スピードに差がある。わたしのスペックじゃ、あなたの性能には一生追いつけない」

「そんなこと言うなよ。まだ全敗じゃないだろ。あんたが勝つことだって、まだあるじゃないか」

「ええ、勝率は、三割くらいになっちゃったけど」

「なら――」

、やるつもり?」



 勢い込んで詰め寄ろうとした匡に、萩原は冷徹な言葉を浴びせた。

 ハッとなって、匡は目を丸くする。



「あなたが言ってることは、そういうことだよ」


 寂しそうな目で、彼女は言う。


「ありとあらゆる分野で、わたしを凌駕するまで、気がすまないってあなたは言っている」


 知恵比べ。体力比べ。技術比べ。技能比べ。感覚比べ。度胸比べ。運比べ。

 テーブルゲームからスポーツ、はては騙し合いや殴り合いまで。

 ありとあらゆる対決において、負けることがあるのなら、勝負を挑む。


「そして、あなたの勝率が十割になった時、あなたはきっとこう思うの」


 萩原は目を伏せながら、寂しそうに言った。



「ああ、終わってしまった、って」



 楽しい時間が終わってしまったと。

 遊べる玩具がなくなってしまったと。



「前にあなたは言ったよね。楽しみたいから生きているって。だから、一生をかけて、楽しめることを探し続けるって」

「……ああ」

「そしてわたしは言った。『その人生は、報われないだろう』って。これが、その理由。あなたは、楽しみを貪欲に求めるあまり、全てを使い潰してしまう」



 全力の勝負をするために。

 全力の勝負ができなくなるまで、追い詰めてしまう。


「あなたの人生はきっと、満足を得るために、延々とさまよい続けることになるんでしょうね」


 それはなんて。

 残酷な人生だろうか。


 黙りこんだ匡に、萩原は申し訳無さそうに言った。


「ごめんなさい。わたしは、あなたに満足を与えられなかった」



 その謝罪は。

 これまでの匡の人生において、一番堪えるものだった。



「無責任かもしれないけれど、いつか、あなたを満足させるような、そんな人があらわれるとしたら――」



 ――それはきっと、あなたにとって、一生の宝になるでしょうね。




 十年前。

 まだ、匡が若く、世間を知らなかった頃。

 自身の限界は、他者の限界なのだと知った、苦い冬の日だった。





 ※ ※ ※





 近江匡は、特別に憧れてなんかいなかった。


 ヒーローに憧れることもなければ、夢見ることもなかった。

 それは別に冷めていたとかではなく、ただただ当たり前のこととして、現実を受け入れていただけだ。


 自分は自分だと。


 ほかの誰でもない。

 ただ自分は自分でしかないのだということを、まだ幼い自己形成のうちから、はっきりと分かっていただけの話だ。


 だから彼は、特別になんか憧れていなかった。自分のできることを、自分がやろうと思った範囲で達成できれば、それでいいと思っていたのだ。


 そんなませたところがあった以外は、はっきり言って普通の少年だった。

 ちょっと器用で、大きな苦労と言えば家族関係くらいで、それ以外は、至って平凡と言ってもいいくらいの少年だった。


 それが大きく様変わりしたのは――匡が、自分の価値に気付いたのは、中学に入ったころのことである。


 始まりは徒競走だった。


 100メートル走のタイム測定で、軽々と十秒台をたたき出した。別に訓練を行ったわけではない。ただ、走り方が分かっただけだった。最低限の肉体と、最適なフォームが分かり、それを実践した。


 それからというもの、彼はことあるごとに、自分の特異性を意識することになる。何かに挑むたびに、それを攻略するための最短の道のりが、自然と理解できる。

 もし、その時点で不可能なことだったとしても、どれくらい努力すれば目標を達成できるか、はっきりとわかった。



 結果のわかった努力など、ただの作業に過ぎない。



 驚異的な学習能力。それこそが近江匡の特異性であり、そして、彼を絶望させる彼自身の能力だった。


 いつの間にか彼の生活は、作業の連続になっていた。

 問題が立ち上がるたびに、それを解決するための作業をする。辛いとも大変だとも思わなかった。難しいとも苦しいとも思わなかった。


 思えるわけがなかった。


 そんなある時、彼は自分と同等以上のスペックを持つ人間と出会う。


 その人物もまた、匡と同様に、驚異的な身体制御能力を持つ人間だった。その人物との、一週間にわたる闘争は、匡に新たな快感を与えた。

 ――いわゆる、挑戦する喜びというものを、そこで初めて匡は知ったのだ。



 だがその日々も終わってしまった。

 彼は挑戦し、そして勝った。



 新たなる希望は、挑戦し続けることだった。


 自分がかなわない相手を探して、挑戦し、挑戦し、挑戦し続ける。


 十年間。

 彼は挑戦し続けた。


 自身の持てるすべてをかけて、身を削り、心をすり減らし、価値観をゆがめられ、常識を覆され、地を舐めてもすぐに這い上がり、そして学習の果てに勝ってきた。



 挑戦し、挑戦し、挑戦し、挑戦し。

 勝利し、勝利し、勝利し、勝利してきた。



 一度負けても、次には勝った。

 一度勝ったら、二度と負けなかった。

 二度負けることは一度もなかった。



 知恵比べ。体力比べ。技術比べ。技能比べ。感覚比べ。度胸比べ。運比べ。



 勝ってきた。

 勝ってしまった。



 負けなかった。

 負けられなかった。



 いつしか匡は、挑戦するたびに、敗北を望むようになった。

 負けたら楽しめる。

 負けたなら、勝つために努力できる。

 見知らぬ先を――見ることができる。



 けれどやがて、それもなくなった。


 今や望むことは、圧倒的な敗北だ。


 もはや勝つための答えも見つからないような、どうしようもない、近江匡という存在が否定されるほどの敗北を、彼はいつしか望むようになった。



 もう疲れたのだ。

 挑戦するのは疲れた。

 勝つのは疲れた。

 だから誰か――おれを、負かせてくれ。





 龍光寺比澄。

 天に望まれ、天に臨んだ男。



 ルーレットの赤黒だけで億の財産を築いた。ブラックジャックで全部ナチュラルブラックジャックを出した。ポーカーでロイヤルストレートフラッシュを引いた。丁半博打で終わるまで一度も外さなかった。麻雀で天和純正九連宝燈をたたき出した。



 彼の逸話は数知れない。


 だからこそ近江匡は、彼を知った時、胸の高鳴りが抑えられなかった。


 十年かかった。


 あの一週間の胸の高鳴りを得るのに、十年。

 何度も挑戦し、そのたびに勝って、勝って、勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って――そして、たどり着いたのだ。




 さあ、勝負をしよう。



 努力ではどうしようもない、天運がものをいう勝負で、おれを負かしてくれ。







 ※ ※ ※






 龍光寺紗彩との勝負は、二十時過ぎとなった。


 お互いに万全の体調を整え、完全なる状態となって、向かい合う。


 勝負の場所は、龍光寺紗彩の部屋で、ということだった。

 一等級のスウィートルームらしく、広さは匡の部屋とはくらべものにならない。船室だというのに豪勢な絨毯が敷き詰められ、天蓋つきのベッドがあり、優雅なアームチェアが置かれている。


 勝負に行く前に、榎本が忠告をした。


「言っておくけれど、わざと死ぬのはなしやで」


 まるで見透かしたような目で――実際、彼女の能力があれば、見透かすのも当然だが、そんな目で見ながら、彼女は言った。


「ギャンブルの結果として死ぬんやったら、許してあげる。あんはんの本懐達成っちゅうことやろ。けれど、わざと負けるような真似は、許さへん」


 それはもしかしたら、そのあとの展開を知っているから言うのか。


 わからないが、匡はうなずいて、紗彩の部屋に入った。




 部屋の中央に、変わらずに質素なワンピースを着た少女が座っていた。


 一大グループ総帥の一人娘と言う、一般人からすれば目を合わすこともできないお嬢様だというのに、まるでそうした外面を毛嫌いしているかのような、質素な恰好である。

 しかし、そうした野暮ったい恰好も、彼女がすると物語の美少女のように映るから不思議だ。


 まるでその場で消えてしまいそうなくらいに儚い少女は、可愛らしくにらみを利かせて、敵愾心を表現している。



「近江匡さん。そこにお座りください」



 彼女が指さしてきたのは、テーブルを挟んで彼女の対面になる椅子だった。


 ためらいもせずに、匡はその勝負の席に座る。



 中央のテーブルには、黒光りする鉄の塊が置いてある。

 事前に勝負の内容は聞いているので、別段驚きはしない。

 それは拳銃だ。

 六発式のリボルバー。シリンダーの中の部分が見えないように隠されている以外は、至って平凡な、しかし日本では異端な、人殺しの道具である。



「初めに、言っておきます」


 無表情をかすかに不機嫌そうにしながら、彼女は匡に向けて言う。



「『』は絶対に負けませんから」



 口元を噛むようにして、精いっぱいの抵抗とでもいうような言葉だった。


「あなたなんか問題じゃない。『兄』は、誰にも負けないんだから」

「おう。その実力、しっかり見せてもらうぜ」


 匡がそう言うと、紗彩は一層不機嫌そうな表情をする。

 しかし、すぐにそれは消え失せ、代わりに、陶磁のような温度を感じさせない表情が張り付いた。




 おそらくは、例の『兄』に変わったのだろう。

 冷たい眼差しは、目の前の相手を無機質な数値として観察するようだ。



「あー。その前に。一ついいか?」



 その『兄』に向けて、匡は一つ質問をする。



「お前はさ。負けない苦しさって、分かる?」

「どういう意味だ?」



 怪訝そうに『彼』は眉をひそめる。



「言っていることの意味がよくわからない」

「……いや。分からないんだったらそれでいいさ」



 半ば予想された答えに、匡は肩をすくめてみせる。



「わかんないんなら、お前はやっぱり、本物じゃないんだなって思っただけだ」



 ただ、それでも。

 ギャンブルの腕が確かなら、それでいい。



 匡の言葉に、しばし考え込むようにした『彼』は、やがて顔をあげると、何でもないことのように言う。



「あなたの言うことは分からないが、しかし考える必要はない。なぜなら、私は絶対に負けないからだ」



 絶対、と来たか。


 それは楽しみだと、匡は期待する。


 期待はかなりあるのだ。

 そもそもが、この勝負のためにこの船に乗ったといっても過言ではない。

 多少相手は変わってしまったが、それと同等の相手と戦えるのならば、それでよかった。





 ロシアンルーレット。


 リボルバー式拳銃に実弾を一発だけ装填し、シリンダーを回転させたのち、自身のこめかみに銃口を当てて、引き金を引くゲーム。

 名前の通り、発祥となるのはロシアであるといわれているが、実際に行われたという確実な証拠はなく、あくまで創作上のものとされることが多い。


 フィクションによって有名になってしまったがゆえに、現実に膾炙してしまった、死のゲーム。


 龍光寺紗彩演じる比澄の、ロシアンルーレットでの勝率は、らしい。


 十割。


 なんという数字だと思う。

 もしそれが本当なら、確かに戦う価値はある。

 戦って――そして、負けたら、それこそ本懐だ。



「ルールを確認する」



 テーブルにある銃を手にとって、『彼』は弾倉を開く。

 銃弾を一つだけ見せると、それをシリンダーの中に入れる。

 それから、シリンダーを回転させて、どこに銃弾が入っているかわからないようにする。


「交互に引き金を引いて、当たりを引いた方が負けだ。もし弾が出るとわかったなら、頭から外してもいい。その時は仕切り直しだ。ただし、もし頭から銃口を外して、弾が出なかったら、その時は死んでもらう」

「なるほど。つまり、どちらかが死ぬまで続くってわけだ」



 一応、匡も拳銃を確認させてもらう。

 イカサマが入り込む余地はなさそうだ。シリンダー部分が見えないのは、正面からでは弾の位置がわからないようにということだろう。それ以外は何の変哲もない、本物のリボルバーだ。

 ずっしりと重い鉄の塊は、その役割を伝えるかのように冷たい。


 死ぬだろう。


 これは、本当にどちらかが死ぬギャンブルだ。



「先行と後攻は、どちらが決める?」

「コインでいいだろう。表と裏、どちらがいい?」

「じゃあ表で」



 匡のその言葉とともに、『彼』はコインをはじく。

 テーブルに落ちたコインは、『裏』を示していた。


「なら、私からだな」

「なんなら、おれからでもいいけれど?」

「いいや。これはルールにのっとった順番だ。変更は許されない」


 そういいながら、『彼』は銃を手に取る。


 その瞬間を、匡は胸の高鳴りを抑えきれずに見ていた。


 銃をとり、頭に当て、引き金を引く。



 その瞬間、ギャンブルが始まる。

 これはただ、命を賭けただけのギャンブルではない。

 これは言うならば、匡の存在意義を賭けた勝負だ。

 彼が負けることができるかもしれない、現時点で唯一の勝負であり、勝負相手である。


 だからこそ、胸が高鳴る。


 期待に脳の奥がひりひりとひりつく。そこに、命の危険に対する恐怖などなかった。ただあるのは、限界に挑戦することの興奮だけ。そうだ。これだ。これこそを彼は求めていた。息をするように勝ってきた彼にとって、勝敗のわからない勝負を、いつも期待していた。


 何度も挑戦してきた。次こそは絶対に楽しんでやると、期待しながら、裏切られてきた。最高に楽しいのは、勝負する前だった。勝負が始まると、どうしても結果が見えることが多かった。


 だから、今だ。


 今が最高だ。


 さあ、引き金を引け、龍光寺比澄。

 おれはお前と、勝負がしたい――



 期待に弾けそうになる胸を押さえながら、近江匡はその時を待った。

 そして、『彼』の指が、引き金を引く。





 ※ ※ ※




 牧野真樹は、部屋で待っていた。


 近江匡は、今日勝負に行くらしい。

 それは一大勝負らしい。ポーカーの一億二千万の勝ちすらもどうでもよくなるくらいに、彼にとっては大切な勝負なのだという。



 ついていきたかったが、しかしそんな空気ではなかった。



 だからお留守番である。



 ゲームでもして待っていようということで、今はチェスをやっていた。

 将棋に比べるとやや実力は劣るのだが、それでも中級レベルのCPUといい勝負をしていた。


 そんな時に、扉がノックされるのが聞こえた。


 さすがにやくざに監禁された後なので、少しは警戒心を強めて、扉越しに「どなたですかー」と尋ねてみる。


「榎本や。牧野さんはおるか?」

「あ、はい」


 見知らぬ誰かならもう少し警戒を続けただろうが、榎本だったら匡の知り合いだから問題ない。

 あっさりと扉を開けると、そこに神妙な表情をした榎本が立っていた。


「あの。榎本さん。近江さんだったら今」

「知っとる。今、勝負中のはずや」


 では何をしに来たのか、と尋ねようとする前に、榎本の方が先に言った。


「今は、牧野さんに話があってきたんや。入ってもええか?」


 断る理由などなかった。


「どうぞ」

「ほな、お邪魔します」


 真樹が許可を出すや否や、さっさと榎本は室内に入ってきた。


 やはりというかなんというか、真樹を前にした時の榎本は、少し態度がほかの人に向けるそれと違った。

 これまであまり意識しては来なかったが、こうして一対一で向き合うと、いやがおうにも意識してしまう。


 そもそも、呼び方からして、『牧野さん』などという他人行儀だ。

 榎本は、基本的に親しい人間は名前呼びで、それ以外はフルネームで呼ぶ。それなのに、苗字だけで呼ばれるというのは、いったいどういうつもりなのか。


「えっと」


 部屋に通して、とりあえずお茶を用意したのだが、それに手を付けようともせずに榎本は黙り込んでいる。


 居心地が悪いものの、離れるわけにもいかないので、対面に座って彼女が口を開くのを待った。

 どれくらい経っただろうか。ぽつりと、榎本がつぶやくように口を開いた。


「牧野さんは」

「あ、はい」


 ぴくんと、思わず背筋を正してしまう真樹。

 そんな相手の仕草など見てもいないのか、榎本は目を伏せたままで、言葉を続ける。


「匡くんのこと、どう思おとるんや?」

「どうって」


 突然言われても困る。

 困ってどもる真樹に、榎本は視線をあげずに、低い声色で重ねる。


「なんでもいいんや。あんはんが、本当に思おとることでええ。簡単な感想や。だれだれのことを、どう思っている、なんて。うちらくらいの歳になれば、恥ずかしがるようなことでもないやろ」


 その彼女の言葉は、どこかすがるような響きがあった。何かしら、真樹に期待していることがあるらしいことが伝わってくる。

 しかし、彼女の求める答えと言うのがわからない。


 近江匡のことを、自分はどう思っているか。

 信頼しているし、尊敬している。本来だったらそばにいるのもおこがましいほどに、才能がある人なのだと思う。彼の後輩でいることができるというのは、ある種の誇りであるとすらいえる。


 近江匡のことを、自分は――


「私は、近江さんのことを尊敬しています」


 本心から、真樹はそう言った。


 まっすぐに、真摯に答えられたその解答は、曇りない真実であるがゆえに、あまりにも白々しく響いた。




 そしてその一言は、榎本の逆鱗に触れた。







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