第16話 手探りのブラインドベット
※ ※ ※
午後七時。
真樹から事情を聞いた後、匡はあわただしく動き回り、六時に戻ってきた。
どういやら金策に走っていたらしいが、三つほどの金融業者を捕まえて、合計八千万まで借りてきたらしい。
八千万。
三百万の借金が原因でこの船に乗り、三十万のジャックポットで調子に乗り、三百万の軍資金で虎の威を借りたつもりでいた真樹にとっては、気が遠くなる金額だ。
ついでに言うと、これをなくせば匡の命はない。
そもそもが切腹なんて言う、冗談なのか本気なのかわからない条件で勝負をするわけだが、それがなくても、八千万もの大金を溶かせば、全身寸刻みで売買されること請け合いだろう。
「まあ負けるつもりはないけどよ。一応、もしおれが負けたら、あとのことは榎本と、安曇さんに任せてるから」
そんな風に、これまた本気なのか冗談なのかつかめない口調で匡は言って、勝負の場へと向かった。
多少のためらいはあったが、真樹もついていくことにした。
もともとは、真樹が起こした問題である。その決着はちゃんと見なければいけないと思ったのだ。
そして、ルシフルこと五十嵐征治と、近江匡は対峙することになった。
「やあ。船の中とはいえ、逃げずに来てくれるとは思わなかったよ」
「逃げるわけねぇだろうよ。せっかく目の前に億単位の金が転がってるんだ。むしれるだけむしらねぇと損だっての」
堂々と言うよりも尊大ともいえる態度で、匡は五十嵐を迎えた。
「そんじゃあ、ギャラリーもそろってることだし、とっとと始めようぜ」
周囲を軽く見渡しながら、匡は言った。
その際、彼の瞳はちらりとディーラーを確認したのだが、ディーラーは真樹が、そして臼井弟が勝負した時の男と同じだった。
「ま、匡君の予想は当たりってとこやろな」
ギャラリーの中でも、匡の背後には、真樹と、そして榎本が立っていた。
榎本は仮面越しの冷めた瞳を相手に向けながら、ぼやくように言う。
「しっかし、サインとかその辺は分からへんのやろ? 軽々にわかるようなトリックなわけないし、どないするつもりや」
「まあ見てろって」
榎本の耳打ちにあっさりと普通の声色で返しながら、匡はテーブルに向かった。
本来なら五、六人がかりで囲うテーブルを、二人で利用するのだから贅沢な話だ。長方形の端の部分が丸まったようなテーブルで、長辺の中央にディーラーが。それぞれの端にプレイヤーが座る。
「一応、ルールを確認しておこうか」
五十嵐の言葉に、匡はうなずく。
基本的なルールはドロウポーカーだ。真樹が行ったものと同じなので、そこでされた説明は確認以上のものではなかった。
ただ説明の最後に、皮肉を込めた五十嵐の言葉が付け加える。
「ただし、ワイルドポーカーではないから、ワイルドカード――ジョーカーは使えない。ファイブカードなんて手はないからね」
その言葉にギャラリーから苦笑交じりの笑い声が響く。
そんなものは意にも介さず、匡は話を促した。
「それより、賭け金の話をしようぜ。アンティとミニマムベットは共に百万にしたいんだが、いいか?」
「私は構わないよ。まあ、君は五千万ほど用意したという話だ。もう少しアンティをあげたほうが、面白みもあるとは思うけどね」
「アンティの変更は、勝負が盛り上がってからにしようぜ。ミニマムベットも、それで構わねェよ。あと、一つ提案があるんだが」
匡は目を細めて五十嵐を見ながら、とんでもないことを言った。
「青天井。リミットなしの勝負。途中からのチップ追加ありの勝負を、提案する」
これにはギャラリーも色めき立った。
通常、カジノのゲームは、チップのみが賭けの対象になる。
そのため、たとえマックスベットの制限がなくても、テーブルに置いたチップが事実上のリミットになる。もちろん、ゲームとゲームの合間に、現金をチップに変えることはできるが、ゲーム中はそのテーブルに置いてあるチップがすべてである。
しかし、匡はそれをやめようと言っているのだ。
賭けられるものはすべて賭ける。途中で資金が足りなくなったら、よそから用意できれば勝負続行だと言っているのだ。
「君は、自分が言っていることの意味が分かっているのかい?」
「もちろんさ。実際、あんたに勝つには、これくらいしかこちらの手はないしな」
「ほお、遅れて資金を追加するだけのあてがあるということか。ふむ」
ポーカーは資金力がものをいうゲームだ。
相手の総資金が分からないというのは、それだけでも十分な脅威となる。
だからこそ、匡側からすれば五十嵐の総資金がわからないために手を出しにくい。その差をイーブンにしようとしているのだった。
「青天井というのはいいけれど、その場合、オールインは認めないっていうルールがないと、最終的には互いの全財産を賭けることにならないかい?」
「ああそうだな。だから、オールインはなしだ」
あっさりと五十嵐の提案を飲んだ匡だったが、それは彼の立場を余計に弱くしているだけでもあった。
そこで賭け金の話は終わりとなった。
これから始まるのは、一千万代の、下手すれば億が絡むようなポーカー勝負。
ディーラーが新品のカードデックを開く。
テーブルに大きく広げて、それから丁寧にカットを行う。その様子はさすがはプロの技という見栄えで、それだけでも一見に値するものだ。
カードデックは五ゲームごとに交換という話だ。途中、傷がついたり汚破損があればその時も交換。なので、しるしを付けたりするのは難しい。
ゲームの立ち上がりは、意外にも静かなものだった。
匡も五十嵐も、最初から飛ばしていくつもりはないのか、非常に丁寧な賭けかただった。一度の賭けで五百万以上の金が動くことは少なく、盛り上がりを期待していたギャラリーからすると地味な賭けが続いた。
しかし、実際にプレイしている二人にとっては真剣勝負である。
匡は、笑ってはいるものの、瞳はひと時も離さずに五十嵐を見ているし、五十嵐にしても、そばに女をはべらせていい気なもののように見えるが、レイズの際の慎重さは真樹の時以上だった。
勝ったり負けたり。
匡の資金は一千万以上の上昇を見せない。
最初から五千万分をチップに交換してテーブルに乗せている匡は、一千万以上を使う気はないとでもいうように、頑なにその山を崩さない。
絶好のトリップスが手に入った時ですら、掛け金は八百万までで、様子を見るかのように動かなかった。
対する五十嵐はと言うと、こちらも大きな動きは見せなかった。
イカサマをしていると匡は断言したが、はたから見るにその様子はなく、どちらかと言うとレイズの時以外は隣の女といちゃいちゃしているような印象しかない。
そんなこんなで、五ゲームがあっさりと過ぎ去った。
「ふぅん」
なるほどねぇ、と。まるで何かを発見したかのように、匡はぼやく。
カードデックが丸ごと交換されて、六ゲーム目に移った。
※ ※ ※
六ゲーム目。
匡の手役は♠3、♠8、♡2、♢6、♢8。
8のワンペアだった。
それを見た後、匡はすぐにテーブルにカードを裏向きで置いた。
ゲームが始まって以来、彼はまともに手にカードを持たずに、絵柄を確認した後はすぐにテーブルに伏せていた。まるで覗かれるのを警戒しているような様子である。
対する五十嵐は、そんな心配をするだけ無駄とでもいうように手に五枚のカードを手に持ってプレイをしている。
最初に百万ベットがあった。
「レイズ。二百万」
軽くジャブをかける匡に、五十嵐は余裕で受ける。
「それじゃあ、レイズ三百」
「コール」
アンティ含めて七百万の勝負を、匡は受ける。
続くチェンジタイム。五十嵐が二枚チェンジしたのに対して、匡は一枚、♡3をチェンジに出した。
代わりに入ってきたのは、♠K。
この場では何の役にも立たないカードだ。
「レイズ。五百万」
それなのに、匡は顔色一つ変えずに賭け金を吊り上げた。
それも、これまで越えなかった一千万を超えるだけの金額を。
大胆な匡の行動に、五十嵐は眉を少しだけひそめるが、それ以上のリアクションは見せずに、余裕の対応をする。
「では、区切りよくするために、そこに四百万レイズしようか」
これで千五百万の勝負。
ここまで来たら受けるしかないだろう、と思うような状況であるのに、匡はあっさりとテーブルのカードを中央に向けて投げた。
「フォルドだ。勝負にならん」
あんまりと言えばあんまりなセリフに、後ろで見ていた真樹は思わず声をあげそうになった。
しかし、隣にいる榎本が手を伸ばして静止を促してくる。
彼女の瞳は冷めていて、まるで真樹を責めるような目で見ている。
「余計なことせんとき。あんはんのできることなんてあらへん」
それは、普段の彼女がほかの人間に向けるものに比べると、はるかに辛辣な言葉だった。あまり話したことのない真樹からすると、急に怒られた様な気になって思わず萎縮してしまう。
そのあと、七ゲームに移っても、匡は不思議な行動を繰り返した。
チェンジの後にツーペアがそろったときに、あっさりとフォルドしてせっかくのチャンスを不意にしたり、そうかと思えばストレートやフラッシュに絡むこともないブタの手に、自信満々でレイズしていった。
「レイズ。一千万」
堂々と言い切ったその時の匡の手は、♠2、♡6、♢4、♢Q、♣10。
まったくのノーハンド。
すでにチェンジタイムは終了しており、この時点での賭け金の合計は一千二百万という状況での、レイズだった。
二千二百万。
よほど自信のある手なのだろうと周りは警戒しているが、実際の手はブタでブ、ラフを賭けているだけである。
確かにそれ自体はポーカーの戦略として正しいものがあるが、どうしてここまで堂々としていられるのか、真樹は戦々恐々としながら見ていた。
「随分自信があるようだね」
「さあな。どうする? 受けるか、受けないか?」
「受けよう。コールだ」
おそらくは試す意味合いもあったのだろう。
五十嵐の手は、♠5、♠9、♡2.♣A、♣J。ブタであった。
双方がノーハンドなので、この場合、カードのランクで勝負することになる。
匡はQで、五十嵐はA。
五十嵐の勝利である。
ポーカーにおいて、コールの場合は必ず手札をさらさなければならないので、ブラフかどうかを見られるという危険がある。
二千二百万も失ったので、これでブラフもかけづらくなるだろう。
そんな風に誰もが思ったにもかかわらず、次の勝負でも、最初から匡は飛ばしていった。
「ベット。一千万」
またしても、いきなり一千万台の勝負である。
アンティ分も含まれるので、これで一千二百万の勝負だ。
これにはさすがの五十嵐も怪訝な顔を隠せない。自身の手を一度見て、それから匡を盗み見るように顔をあげる。
沈黙数秒ののち、五十嵐は口を開いた。
「コール」
そして、チェンジの際、彼は二枚チェンジした。
ちなみに、匡のこのゲームでの手役はまたしてもブタ。
♡5、♢2、♢7、♣3、♣J。
そこから、♢7と♣Jをチェンジに出す。
ストレートでも狙っているのだろうか。しかし、そんな期待で一千二百万の勝負をするのは無謀と言える。
案の定、入ってきたのは♠Aと♣Qだった。
♠A、♡5、♢2、♣3、♣Q
これでノーハンド確定である。
それでも大した反応を見せず、匡は完璧なポーカーフェイスで勝負を進めた。
「レイズ。ニ百万」
「ならば、さらに三百万」
いい手でも入ったのだろうか。五十嵐は自信満々にレイズしてくる。
一千七百万。
盛り上がってきたと、周囲が熱くなり始める。
それに相反して、テーブルで向かい合う二人は真剣な表情だ。一瞬でも気を抜けばそれで勝負が決してしまいそうな緊張感がある。
五十嵐のレイズに、匡は少し目を閉じた後に、覚悟を決めたように宣言する。
「コール」
お互いの手がさらされる。
五十嵐の手は、♡A、♡7、♢A、♢3、♣2。Aのワンペアである。
匡は負け。またしても、一千七百万という大金を一気に失った。
「ふふ。私の方もブラフだと思ったかい? それは残念だったね」
癇に障る声でおっとりとしゃべる五十嵐に、匡は肩をすくめていけしゃあしゃあと言う。
「なあに。今のうちに花を持たせてやってんのさ。せいぜい小金を集めていい気になってろよ」
カードを中央にやり、ディーラーがそれを集めてすぐにシャッフルする。
続けて配られた手を見た瞬間、匡は一瞬だけ、硬直した。
♠A、♠4、♡A、♡6、♢5。
「…………」
じっとその手を眺めて、すぐに伏せる。
五十嵐のオープニングベット。
「三百万」
場の空気からすると、少額なくらいのベット。
しかし、それを聞いた瞬間、匡はあっさりと言った。
「フォルド。手が悪い」
テーブルのカードを集めて、中央に投げてよこした。
驚きを隠せない――と思った真樹だったが、ギリギリのところで表情に出すのは押さえていた。榎本に注意されるまでもなく、この勝負は匡が行っているのである。自分がとったリアクションで台無しになってはいけないと、強く戒めた。
そのあとの九、十回目も何事もなく過ぎた。
匡は一度まともにワンペアで勝ち、次はブラフで勝った。とはいえ、テーブルに置いてあるチップはニ千万になっており、匡の負けは目に見えて分かった。
そして、カードが交換され、十一戦目――
※ ※ ※
ギャンブルとイカサマは、切っても切れない因縁の様なものがある。
お金がかかっている勝負であるから、どの世界にも必ずイカサマを考える人間が出てくる。
イカサマを行って大金を得るというのは一種のロマンであり、世にあふれるギャンブル物のフィクションは、その多くがイカサマを前提にしたものである。
現実的な話をすると、現在のカジノ、主にラスベガスなどの有名どころでのイカサマは、ほとんど封じられているといっても過言ではない。
それは過去から延々と続いてきたイカサマとその対策合戦の結果であり、防犯と言う意味では、大きなカジノはほとんどがイカサマを完封している。
カードシューを使ったカードの配布。テーブルの真上に設置されたカメラ。徹底した身体チェックと、カジノ指定のカードやチップの利用。
実際、この勝負が始まる前も、匡と五十嵐は、簡単な身体チェックを受けている。その際に体にカードを仕込むようなことはできないため、すり替え等のイカサマを行うのは現実的に考えて無理だ。
こうしたプレイヤー側が仕掛けるイカサマはほぼ不可能と言われているが、しかしカジノ側、ディーラーや従業員が行うものは、完全にないとは言い切れない。
もちろん、それがばれた場合は即刻解雇という形になるが、イカサマの証拠をあげるのは難しいだけに、現状では完全な対策が取れているとは言い難い。
また、ディーラーが個人的に行っているイカサマならばいつかは罰せられるが、そこにカジノそのものも加担している場合は、手におえない。
今回のパターンは、カジノ全体が手を出している状態だろうと、匡は考えていた。
通常のカジノでは考えられないが、ここはギャンブルクルーズである。負債者にさらに負債を背負わせ、奴隷を作り上げるための仕組みが出来上がっているのだから、負債者を確実に負けさせる機能ぐらいは、用意されているだろうと考える。
匡の予想は、まず五十嵐が何らかのサインをディーラーに送り、それをもとにディーラーがカードを配布する、というものだ。
カードシューを使ったカード配布でも、訓練さえすれば、好きにカードを操ることは可能だ。また、カットの際に仕掛けを打っている可能性もある。手品のマジシャンのテクニックであるが、なんにせよ、ディーラーにカードの絵柄を要求し、それに従ってカードが送られてくるというのが一番ありそうだった。
ただし、そのサインは毎回送られているのではなく、ここぞというところで送られているものだろうと考える。
では、そのサインとは一体何か。
注意深く匡は観察していたのだが、五十嵐からはまったくその気配が見られなかった。それらしい動きはまったく見せず、ただそばにはべらせている女といちゃついているくらいだ。
まだサインを送っていないだけか、と思ったが、それにしては、計ったようにいい手が来ることがある。通常のドロウポーカー、それも二人で行うものにしては、異様なハンドの成立率だった。
「レイズ、二百万」
十七戦目。
五十嵐の声がしたたかに響く。
五十嵐の勝負の様子は、真剣ではあるがその真剣の方向性が少しずれているように思えた。
本来ポーカーは、相手を自分の土俵に上げるか、もしくは降ろすことを考えるゲームである。
しかし、十七戦ほどを経過した現在、五十嵐から受ける印象は、少し違うものだ。
いかな形で、匡のしかける勝負に乗るか。
五十嵐の勝負の様子から受ける印象は、そういった感じだった。
その感覚に従うならば、五十嵐には匡のハンドが分かっていることになる。
こちらのハンドを理解して、匡が仕掛けてくる勝負に不自然にならないように乗っかる。それは意外に繊細なテクニックが必要で、五十嵐の緊張からは、その空気が匂う。
ならば彼は毎回カードを指定しているのかと言えば、目立った仕草は取らない。
匡を挑発するためか、ゲーム中に大げさな態度をとったり女といちゃついたりはするものの、それ以外では大人しいものだ。
むしろ、疑われるような行為は極力排除するとでもいうように、自然体を心がけている。
そこで匡は考える。
もしかしたら自分は、何か勘違いをしているのではないだろうか?
匡の考えは、五十嵐からディーラーに向けて指示を出しているというパターンだ。しかし、もしかしたら五十嵐はただの傀儡で、黒幕はディーラーなのではないだろうか? ディーラーの方が五十嵐に指示を送り、彼はそれに従っているだけなのではないだろうか?
そう考えたものの、その考えも十八戦目で打ち消した。
ディーラーが怪訝な表情をしたのだ。
本当に一瞬、注視しなければ見逃してしまいそうなほど短い変化だったが、目ざとく匡はそれを見た。そして、続けて彼の中に入ってきたハンドを見て納得する。
♠9、♠Q、♡J、♣Q、♣Q
トリップス。
それもランクがQという、上位ハンド。
少しだけ様子を見てみようと思った。
「チェック」
判断を保留した匡に対して、五十嵐はベットをかける。
「ベット、二百万」
――誘っている。
そう気付いた匡は、あえてその誘いに乗った。
そうして、チェンジタイムを経て、二回目のベットインターバルで合計一千二百万になったところで、匡はコールした。
相手の手は、ワンペア。
匡の勝ちである。
敵側の負け額としては、この勝負ではそれほど大きいものではない。あくまでただの負けと言った感じで、むしろトリップスを持っていた匡としては、もっと金額を吊り上げるべき勝負だった。
しかし、この勝負は匡にとって重要なピースとなった。
(やはりこいつらは、通しとすり替えを行っている)
もはや確信だった。何よりも、今のディーラーの反応が証明している。ディーラーは、匡にハンドを送るのを一瞬ためらったのだ。
つまり、誰かがディーラーに指示を出したことになる。
匡を勝たせるために、上位ハンドを入れろという指示が出されたのは間違いない。
では、五十嵐か?
目立った様子はなかったが、しかしそれでも、彼は匡にハイハンドが入っていることを前提に勝負していた。
何かでサインを送っている。
指先か? カードの位置か? 言葉か? チップの位置か? それとも――
「…………」
そして、勝負は十九戦目へ。
※ ※ ※
その頃。
森口敏和は、浪川組の若頭補佐である工藤と相談をしていた。
話の中心は、例の羽柴組のプラチナ裏販売についてだ。今のところ、この五階から六階にかけてでも、怪しい動きはない。それどころか、羽柴組の構成員の影すら見えないくらいだ。
一体どこに雲隠れしてやがるのかと、二人がしびれを切らそうとしていたところだった。
「おいこら。てめぇ、船の上で逃げられると思ってんじゃねぇぞ」
そんな声が、広間に響いた。
サングローリー号の5階には、大小様々なプレイルームが設けられている。そのうちの一室を貸しきって、浪川組の事務所のような扱いにしていたのだが、そこに、組の若い者が、負債者を連れてきたようだった。
その負債者――臼井晴雄という名の男は、怯えたようにガタガタと震えている。
逃げてトイレに隠れていたところを確保されたらしいが、その顛末がなんとも情けない。
話を聞くに、どうやらこの男は、浪川組が経営しているヤミ金から借金をしている状態で、ポーカーに負けたらしい。
その負けたゲームは、この船の別の出資者がやっている見世物だったらしい。このままでは、男はその出資者が行っている人身売買オークションの商品にされそうなのだそうだ。
別にそれ自体は関係ないのだが、問題は、このままだと負債を回収できずに、男が売られてしまう可能性がある点である。
「なんだ。その人身売買ルートは、関係ないのか?」
「ええ。そっちは親父は好きじゃないらしく。賭博の方を重視して、この船に出資している状態でして」
浪川の親父らしい、と森口は思う。
負債者への責めは、かつて浪川組に居た頃は、森口が率先してやっていたものだが、今は別の組なので、あまり口出しはすまい。
そう思いながら、森口は自身のやるべきことに集中しようとした。
その時だった。
「それはそうと、森口さんについて、妙な話が出回っているんですが」
浪川組の舎弟の一人が話す内容に、森口の顔色が変わった。
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