アフタ・ストーリィ・再

ある日の朝、未来を思う

 朝、布団の中で半分寝て半分起きているような状態のまま、そろそろだろうな、と思った。


 その直後、正解ですと言わんばかりに、部屋のドアがノックされた。


 返事はしない。

 それこそ半分寝ているのでドアの向こうにまで届く声が出せそうにないというのもあるが、返事をしたところでこの後の展開は変わらないのだ。


「グッモーニン!」


 すぐにそんな声とともに佐伯さんが部屋に飛び込んできた。


 ぎし、とベッドのスプリングが軋む。佐伯さんがベッドに体重をかけたのだ。


「おはようございます」

「うん、おはよう」


 目を開けると佐伯さんの笑顔があった。


「朝ごはんできてるよ。起きて」

「わかりました」


 僕がそう答えると、彼女はベッドから下りた。


「だいぶ布団から出やすくなりましたね」


 僕も体を起こす。まだ眠くて体が重い。疲れがとれていない気がする。


 カレンダは三月の中旬で、暖かい日も増えてきた。天気予報で明日の朝は久しぶりに冷えますなんて言われていても、実際朝になってみれば真冬に比べて天と地ほどの差がある。起きるのにもさほど気合いがいらなくなった。


「おかげでわたしもナマ足です」

「君はいつもでしょう」


 誰だ、冬こそ足を出すなんて言っていたのは。


 振り返れば去年の春、水の森高校に通いはじめたころの佐伯さんはしばらく黒のストッキングを穿いていた。あれはいったい何だったのだろう? 高校という新しい社会で、且つ、アメリカから帰ってきたばかりだったから、いろいろ探り探りだったのかもしれない。


 今はゆったりしたパーカーにショートパンツというスタイル。もちろん、素足だ。上半身の大きめのシルエットに対して足がすらりと細いので、よけいに足の美しさが際立つ。


「まーねー。でも、ほかも着実に薄くなっていきます。弓月くんとしても助かるのではないかと?」


 そう言って愛嬌たっぷりに首を傾げてみせる佐伯さん。


 僕は朝っぱらから莫迦なことを言っている彼女を無視し、ベッドから立ち上がるとするのだが、


「だって、ほら、触れて触れられたりするのに服は薄いほうがよくない?」

「そういうところを無遠慮につつかないでください」


 人が無視しようとしているのに、なぜ続けるか。空気を読んでほしい。しかも、いちいち口に出すような話題ではない。


「それもそっか。お堅い弓月くんとしては気の迷いみたいなものだろうしね」

「……君」


 僕は佐伯さんの声に自分の発音をかぶせる。


「僕は確かにおじさんたちと約束しています。高校生の間は高校生らしいつき合いをすると」


 そういう約束で同棲が許されている。


「でも、君に触れたのは気の迷いでやったことではありませんよ」


 僕がそう言い切ると、佐伯さんはじっとこちらを見つめてくる。


「ふうん」


 と、意味ありげな発音。


「何ですか?」

「『高校生らしい』を越えてない?」

「……」


 かもしれないと思わなくもない。そこは毎度反省している。


「でも、嬉しい」


 佐伯さんは言葉を体現するかの如く嬉しそうに微笑む。


「よかったらわたしとギリギリを攻めるチキンレースをしませんかっ」

「するわけないでしょう。アウト喰らったらどうするんですか。……ほら、着替えるから出ていってください」

「はーい」


 そうして彼女は部屋を出ていった。




          §§§




 着替えて部屋を出て、洗面台で顔を洗ってから朝食のテーブルにつく。


 あくびが出た。


「お疲れ?」

「でしょうね」


 簡潔な受け答えが今の自分の状態を如実に表していると思った。


 実は三月に入ってからアルバイトをはじめた。


 客としてだけではなく、個人的にも仲よくしてもらっているカフェがあり、そこでアルバイトという名の修行である。僕は高校を卒業したら自分の店をもつことになっている。家の中でコーヒーに拘っているだけの僕がどこまでやれるかはわからないが、今のうちにできることはやっておかないと。幸い、その人は快くいろんなことを教えてくれる。


 その結果僕は、日中は学校へ行き、それが終われば夕方から夜までバイト、という生活になっていた。


 学年末考査の前というタイミングも悪かった。進学はしないとは言え、赤点を取らない程度には勉強をしないといけない。せめて試験が終わって消化試合みたいな授業になってからにすれば、もう少し楽だっただろう。でも、店長が僕の修行に首を縦に振ってくれた以上、待たせるわけにはいかなかった。


「この生活も二週間ですから。そろそろ体が慣れてくると思いますよ」


 何せ自分だけでなく、佐伯さんの未来もかかっているのだ。泣き言は言っていられない。


「がんばって」

「任せてください」


 佐伯さんの応援の証なのだろう。最近は食事も少し豪勢に感じる。


 本日の朝食はピザトーストにオムレツ、具の多いコンソメスープだ。品数こそ少ないがなかなかボリュームがある。弁当や夕食もこんな感じで手が込んでいるのだ。


「君、次の土曜日は何か予定はありますか?」


 まずは温かいコンソメスープを飲み、尋ねる。美味しい。


「もちろん空けてあるよ」


 佐伯さんは僕の問いかけから一歩踏み込んだ答えを返してきた。


「お店に行くんでしょ?」

「ええ、そうです」


 この場合のお店とは、僕がアルバイトをしているカフェのことではない。僕があの人から受け継いだ店のことだ。


 土日などの学校がない日は自分の店に行くことが多い。中を片づけたり、コーヒーの研究をしたり。頼まなくても毎回必ず佐伯さんがついてくるので、家と同じようくつろいでいるだけのこともある。


 だけど、今回はちゃんと目的があった。


「気が早いですが内装のことも考えていきたいので。佐伯さんの意見がもらえたらと思っています」

「わたしが考えていいの!?」


 喜色満面の彼女。


「ええ」


 もちろん、最終的には専門の人との相談にはなるだろうが、まずは佐伯さんにアイデアをまとめてもらって、それを土台にしようと思っている。


 思い返せば去年の春、初めて佐伯さんと出会った日、この家のリビングとダイニングキッチンのデザインを決めたのも彼女だった。あれから一年がたとうとしているが、あのとき決めた調度品の配置は1ミリも変わっていない。それだけ不満がなく、完璧な内装ということだ。


「君はどんなお店にしたいですか?」


 僕がそう問えば、佐伯さんは「んー?」と考え、


「女子高生がたくさんくるお店にしたいかなぁ」

「女子高生?」


 僕としては内装について聞いたつもりだったのだが……まぁ、いいか。コンセプトもまた店のデザインのひとつだ。


「うん。女子高生の恋の悩みを聞いてあげたい」

「君が、ですか?」


 果たして適任なのだろうか? 恋にかぎらず、人の悩みを聞き、答えるには多くの経験が必要だ。その点で言うと、佐伯貴理華という女の子は非常に経験が少なく、正道を大きく外れている。


 だが、僕の疑問をよそに、佐伯さんは不敵に笑ってみせる。


「『恋する乙女の味方』の看板を掲げて、女子高生の恋の相談に乗ってあげるのだー」

「……まぁ、がんばってください」


 悩んでいる女子高生に変なアドバイスをしたり、よけいなことを吹き込んだりしなければいいが。


「女子高生だけでなく、いろんな人が立ち寄るお店にしたいものですね」

「そだねー」


 佐伯さんはまだ見ぬ未来への期待に胸をふくらませながらうなずいた。




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【お知らせ】

2021年4月30日(金)に『放課後の図書室でお淑やかな彼女の譲れないラブコメ』の2巻が刊行されます。

ぜひお手に取ってくださればと思います。


佐伯さんも、1巻に続き番外編で登場予定です。


それに先駆けて、2巻の本編を公開いたします。

( https://kakuyomu.jp/works/1177354054917289111 )


2021年3月17日(水)から4月10日(土)まで、毎日更新です。

(3/17、0:00スタート)

どうぞよろしくお願いいたします。

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