「カッコ悪くてもいいじゃない」と彼女は言った(中編)

 で、すぐにバテるのが年寄り。


 いくつかプールを回った後、みんなと流れるプールでビーチボールの打ち合いをしていたのだが、僕はほどほどのところでギブアップし、ひと足先に休憩することにした。


 プールサイドに腰を下ろし、足を投げ出す。

 疲れている上に、さっきまであった浮力もなくなり、体が重く感じる。まさか矢神より先にリタイヤしてしまうとは、いよいよ年寄りだな。


 と。


「弓月さん♪」


 唄うように僕の名前を呼んだのは、いつの間にかそばにきていた桜井さんだった。僕は見上げるようにして彼女を見た。ちょっと癖っ毛の茶髪でいつもは小動物っぽいのに、今は青と白のボーダー柄のビキニを着ていて、はつらつとして見える。


「楽しんでます?」

「もちろんです」

「でも、先に上がっちゃいました」


 彼女はむっとした顔で、すとんと腰を下ろした。左右の膝頭を合わせるようして、いわゆる女の子座り。さっきまで水の中にいたため、体から雫が滴っている。


「年寄りですから」

「年寄り?」

「いえ、こちらの話です。ちょっと疲れただけですから。ひと休みしたら、また戻りますよ」


 しかし、桜井さんはそれを聞いても、むー、とまだ口を尖らせている。


 そして、おもむろに、


「実はこの水着、ちょっと小さいかなって思うんですけど……どう思います?」


 何を思ったのか、胸の谷間を見せつけるように四つん這いのポーズを取る。何のアピールだ。


「……さぁ?」


 僕はぎこちなく目を逸らした。


 尚、事実だけを言うと、特にサイズが合っていないということはなく、彼女自身のスタイルも非常に平均値だろう。後のふたりが天に二物も三物も与えられたモンスターというだけで。


「ちゃんと見てくださいよぉ」

「けっこうです。遠慮しておきます」


 彼女のにやにやした声の調子で僕をからかっているのだとわかるが、かと言って見ることができるかというと、それはまた別問題だ。


 そこで不意に僕らの上に影が差し、人の気配を感じた。


「おー京ー……」


 続く、地獄の底から響いてくるような声。

 桜井さんの後ろに佐伯さんが立っていた。


 背後をとられた桜井さんも身に危険が迫っていることを感じたのだろうが、しかし、彼女が動くよりも早く佐伯さんが組みついた。


「お京はっ、どうしてっ、いつもっ、弓月くんにっ!」

「きゃあっ! ちょっ、キリカ、やめ……」


 いきなりはじまった女子プロレス。


 ところが、である。いつの間にやら立場が逆転して、桜井さんが佐伯さんの後ろをとるかたちになってしまった。


 挙句、


「こうだっ」

「ちょ……あ、ん……」


 耳を噛んだ。


 途端、佐伯さんは支えを失ったように、桜井さんにのしかかられたまま崩れ落ちた。女の子が水着姿で折り重なっているというのも、なかなか凄まじい光景だ。


「じゃ、わたしはこれで」


 桜井さんは立ち上がると、にこやかに敬礼をする。


「キリカは置いていきますので、好きにしちゃってください。もし暴れるようだったら、耳を噛んでやればおとなしくなりますから」


 そして、そう言い残し、彼女は走り去っていった。


「おーい、はっまなっかくーん」


 ついでにたまたまプールサイドを歩いていた浜中君を見つけるや、その背中に飛び蹴りを喰らわせ、プールに突き落としていく。


 僕は目を下に向けた。

 佐伯さんが力なく倒れている。


「ゆ……」


 と、その口から小さな声がもれた。


「ゆ?」

「……弓月くんもやって」

「いやですよ」


 このままもう少しのたれ死んでおいてもらおう。





「むー。ひどい目に遭った。おのれ、お京め」


 程なく佐伯さんが復活して、僕の横に並んで座った。


 ふたりして同じ方を向き、プールサイドでひと休み。横目で佐伯さんを見ると、彼女の不思議な色の髪は水に濡れ、夏の陽射しを模した強い照明を受けてキラキラと光っていた。


「こうしてると、夏って感じだよね」

「そうですね」


 ここに限って言えば、室内プールなので季節は関係ないのだが。


「後で一緒にウォータースライダー、行ってみない?」

「あれですか?」


 僕は視線を上げた。

 階段で登った先にある高いスタート台から、ブルーのチューブ状の滑り台がとぐろを巻くようにして、うねりながら下のプールへと伸びている。なかなかスリルがありそうだ。


「もしかして怖い? だったら一緒に滑ってあげる。……こうやって」

「いりませんよ。だいたいそういうのは危ないから禁止されているのでは?」


 僕は彼女を押し返しながら言う。水着で抱きついてくるんじゃない。


「まぁ、ここの目玉ですからね。一度は行っておくべきでしょう」

「やたっ」


 喜ぶ佐伯さん。


「らぶらぶカップルがいちゃついているところに、桜井さん颯爽と登場!」


 そこにまた桜井さんが舞い戻ってきた。今日はずっとテンション上がりっぱなしだな。


「また出たな、お京」

「そう言わないの」


 言いながら桜井さんは、僕から見て佐伯さんの向こうに腰を下ろした。


「そうそう、弓月さん。キリカの水着、ちょっとガードが固いと思いません? スタイルいいのに、もったいない」

「ほっといてよ」


 思うところがあるのか、佐伯さんが口を尖らせる。


「どう思います?」

「さて、僕には何とも」


 確かに桜井さんと同じことを思ったが、ではどうしてほしいかということになると、そのあたりは複雑なのでわざわざ語るつもりはない。


「というわけで、せめて弓月さんにだけでもサービスしなさいっ」


 桜井さんが佐伯さんに襲いかかり、再びはじまる女子プロレス。


「水着と言えばポロリよっ」

「やだ、やめてってば。そんなの聞いたことないって」


 背後から組みつく桜井さんと、必死に抵抗する佐伯さん。


「これも弓月さんとの約束よっ」

「えっ」

「ぶっ」


 桜井さんのトンデモ発言に驚く佐伯さんと僕。……そんな約束してねぇよ。誤解を招くような発言はやめてくれ。


 そして、その一瞬の隙を突いて桜井さんが、佐伯さんの水着のトップスを下から上へと捲り上げた。


「「 !? 」」


 あらわになったのは、胸のふくらみの下半分。その見るからにやわらかそうな白さに、僕は息を飲む。佐伯さんが慌てて水着の裾を下ろし、もとに戻した。


「お、お京ーっ!」

「わははー。じゃ、確かに約束は果たしましたのでっ」


 だから、そんな約束はしてないというに。


 桜井さんは怒りに震える佐伯さんから離れると、笑いながらまた走り去っていった。


「おーい、はっまなっかくーん。……必殺、暗黒流れ星!」


 そして、のこのこ歩いていた浜中君を見つけると体当たりみたいにして抱きつき、そのままもろともにプールへとダイブした。


「……お京、後で殺す……」


 穏やかならざる言葉が聞こえてきてそちらを見てみれば、佐伯さんが乱れたトップスを整えているところだった。


 その彼女と目が合い、

 お互い顔を赤くしながら、慌てて視線を外した。


「み、見えた? ていうか、約束って……?」

「見えてませんし、何の約束もしてませんよ。彼女が勝手に言ってるだけです」


 僕は最初にここにひとりで座っていたときのように、プールのほうに目を向けながら答えた。


 程なくトップスを直した佐伯さんも僕と同じ方向を向いて、まるで体を隠すように自分の膝を抱えた。そろえた両膝に顎を乗せる。


「……」

「……」


 しばし気まずい無言を経て、


「弓月くんも――」


 佐伯さんが先に口を開いた。


「もっと色っぽい水着のほうがよかったって思う?」

「どうでしょうね。正直、見たいとは思いますが、それを僕以外の人も見ると思うと、やっぱり複雑ですね」

「そっか」


 笑いを含んだ佐伯さんの声。


「わたしも、弓月くんだけならもっと、こう、大人っぽいやつとかも着れるんだけど、ほかの人がいると思うとちょっと、ね」


 彼女は恥ずかしそうに苦笑した。それから顔だけをこちらに向ける。


「そんなわけで、弓月くん用にすっごいのを買ってありますが、どうですかっ」

「いえ、それは丁重にお断りさせてもらいます」

「えー、すごいのにー」


 そんな不満げに言われても困るのだが。だいたいどこまで本気なのやら。


「はい! 突然ですが、わたしの夢を聞いてください」


 今度は座り方を女の子座りに変えながら、体ごと僕へと向き直った。両手を突いて、身を乗り出してくる。


「本当に突然ですね。……なんですか?」

「キッチンで水着エプロン、耳から責められるのが夢です」

「そんな夢、そこの流れるプールにでも流してしまいなさい」


 ああ、流れるプールだと一周回って帰ってくるかもしれないから、ウォータースライダーがいいな。

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