第26話


 突然ですが、わたしという人間は勉強、運動、音楽“以外の”全ての才能に恵まれたといっても過言ではない才女です。


 麻雀をやらせれば高確率で勝ち越しますし、裁縫だってプロ級の衣装を手早く仕立てることができます。その能力を活かして以前には、大手高級ブランドを真似した洋服を作って妹達を喜ばせていた時期もありました。しかしながら、それは著作権的にグレーだという噂を耳にしたので、最近は自身のオリジナルデザインでもってきせかえを楽しんでいる感じです。


 と、まぁ要するになにが言いたいかというと、わたしはそれなりに妹思いのお姉さんだと言うことなんです。

 そんなわけで、本日のわたしは中学生の妹の課題を手伝っていました。

 5教科(国語、数学、社会、理科、英語)の宿題ですと逆に教えてもらう立場になってしまうわたしですが、今取り組んでいる課題は家庭科です。

 家庭科であるなら、裁縫であろうが料理であろうが、必ず力になれる……はずだったのですが。



     ◆◇◆



「もー、なにやってんのおねえちゃんっ」


 土曜日の午後。

 どっかに遊びに行っていた妹が帰ってくるなり叫びました。

 この娘とは午前中に、


「家庭科の宿題があるんだけどさー」

「はい」

「なんかね、適当にお菓子作ってー、写真とか貼り付けつつレポート書かないといけないんだけどね。おねえちゃん、いい感じにやっつけてもらうことってできるかな?」

「自分でやらなくていいんですか?」

「んー、まぁ、イイんじゃない? 所詮は家庭科だよ!」

「……まぁ、あなたは普通のお勉強が得意ですからね。そういう考え方もあるかとは思いますが」

「じゃ、任せちゃっていいかな?」

「うーん……。でも、さすがに丸投げはマズいんじゃないですか?」

「ええー、おねえちゃんだって、いつも数学とか理科の宿題あたしに任せっきりみたいなところあるじゃーん」

「そ、それを言われると……。わかりました。サクッとやっておきましょう」

「さすがおねえちゃん! じゃ、あたしは出かけてくるからよろしくー」


 的な会話をかわしつつ別れたのですが。


「なにか不満ですか? 完璧に仕上げたつもりだったのですけど」


 そう言ってわたしは出来上がったお菓子に眼をやって、書き上げたレポートを差し出しました。


「わかってるでしょ! うますぎるんだよ、も~! なんなの、このめっちゃオシャレなワンプレート! フルコースのデザートじゃないんだからさぁ。……あむっ。あ、このパウンドケーキみたいなのすごいおいしいっ」

「パウンドケーキではなくフィナンシェです」

「そうなんだ……。って、とにかくこれはダメ! こんなの作れる中学生なんていないから!」

「ふうむ、それは困りましたねえ」


 わたしは改めて自身の作成したお菓子とレポートを見やりました。

 白い丸皿にはしっとりと焼き上がった完璧な造形のフィナンシェとマドレーヌが鎮座しており、その隣にはミントの葉がトッピングされたアイスクリームが添えられています。

 皿のフチにも鮮やかなソースで細かく装飾を施しましたし、まさにどこから見ても完璧!


 一方レポートの方はと言えば、その見事な仕上がりのデザートをミラーレス一眼で接写して、パソコンに取り込んだ後にフォトショップで加工。文字組に関しても専用のソフトを使ってレイアウトし、そのまま雑誌の1ページに採用できるんじゃないかというレベルのクオリティーに仕上げています。


「これ提出すれば10段階評価で10とれませんか?」

「世の中そんなに甘くないよ! 絶対疑われるからっ」

「まぁ、そうかもしれませんね」

「はあ……やっぱり自分でやるしかないのかぁ」

「そうですよ。サポートしてあげますから、ほら、頑張りましょう」


 そういうわけで、わたしと妹のお菓子作りがスタートしました。



     ◆◇◆



「……で、なに作ります?」

「えっとねー、どうしよっか」

「迷っているならツヴェチケンクヌーデルとかどうですか?」

「つ、ツヴェ……? おねえちゃん今なんて言ったの?」

「ツヴェチケンクヌーデルです。ドイツ由来の洋菓子なんですが。ええと確か、スモモをじゃがいも系の生地で包んだ西洋風のお団子みたいなものだったかと……」

「あのねー! さっきから絶対わざとやってるでしょ! もっと普通なやつでいいんだよ普通なやつで!」

「そうですか……。じゃあホットケーキはどうです?」

「だからぁ~って、ホットケーキ? ん、イイじゃん。なんか落差がすごいけど」



 そのようにして、わたし達はホットケーキを作るべくキッチンスペースまでやってきました。


「じゃ、とりあえずはひとりでやってみてくださいよ」

「手伝ってくれるんじゃないの?」

「最初は自分の力だけでやってみましょう。ミックス粉はたくさん常備してありますから失敗しても平気ですし」

「まぁホットケーキなら作るのに時間もかからないしね……。よーし、やるぞぉ!」


 気まぐれな妹は、なぜか急にやる気をだして腕まくりしました。

 しかしながら30分後、出来上がったのはこれはもうヒドイ代物で……。


「もぐっ。……うん、予想通り普通に不味いですね。市販の粉に牛乳とタマゴを混ぜて焼くだけなのに、どうしてこうなってしまうのか逆に疑問です。真っ黒焦げとかならまだネタになるので良いのですが、コレはリアルにおいしくないだけなのでガチでどうしようもないです」

「えー、そこまでひどい?」

「はい。まずホットケーキ特有のしっとりふわふわ感がまったくなくて、変わりに妙な弾力とぼそぼそした不快な舌触りが……」

「変な批評しなくていいから!」


 わたしの評価に妹は口をとがらせて、まだらなこげ茶色の物体をぱくりと口に運びました。


「どうですか?」

「ん……。た、確かに今ひとつかも」


 妹は不満気ながらもうなずきました。

 そりゃそうです。

 この妹は常日頃からわたしの作った最高レベルのホットケーキを食べ慣れているのですから、これで味の違いがわからないなどと言い出そうものなら、反対にわたしのメンタルのほうがマズくなるというもので……。


「さて、どうします? これでレポート書いちゃいますか? 中学校の家庭科なんて所詮は“やる気主義”みたいなところがありますからね。味の審査があるわけじゃないですし、紙面上で頑張ってる感を見せれば、こんなものでもそこそこ良い点は取れるかと思いますが」

「うーん、でもなんか悔しいから、おいしいのが作れるようになるまで頑張りたいなぁ」

「ふふ、それでこそわたしの妹ですね」


 わたしは自分自身のことを棚に上げて言いました。

 こうみえてもわたし、嫌なことからは全力で逃げ続けるタイプなんです。


「それで……いったいどこが悪かったのかな?」


 妹が純真な顔で聞いてきます。

 “どこが”ってそりゃあ……、


「強いて言うなら“全部”ですかね」

「ええっ!?」

「いやもうホント、突っ込みたくなる気持ちを100回くらい抑えましたよ。なぜこの少ない工程の中でこれほどまでに邪道なことができるのかと……」

「う、うーん……。まぁとにかくもう一回やるから、今度はちゃんと教えてよね!」

「任せて下さい」


 そんなこんなの再チャレンジです。

 ビシバシいきますよ!



     ◆◇◆



 で、開始早々……、


「はいストーップ!」

「えええッ! まだ粉をボウルに入れただけじゃん!」

「今、あなたが手に持っているものはなんです?」

「ん? 牛乳だけど……」


 妹は牛乳のパックを握ったまま「何が悪いの?」みたいな眼でこちらをじっと見てきます。

 ううむ……。


「ミックス粉のパッケージ裏ちゃんと見てくださいよ。粉一パックに対する牛乳の量が決められているでしょ」

「えー、細かいなぁ。そんなチマチマやって変わるの?」

「……。変わるかどうか、試してみましょう」


 なんかわたしと妹の間に、根本的な部分でのすごい壁みたいなのを感じるですが……。

 ともかく、そんな感じでお料理指南は続きます。



「えーっと、次は材料を適当に混ぜて……」

「そうそう……って、あああっ! なんで今チーズなんか入れようとしたんですか!? ちょっと眼を話した隙にもう!」

「え? なんでって、なんとなくおいしくなりそうだったからだけど……」

「“なんとなく”は禁止です!」



「さて、混ぜ終わったから後は焼くだけだね。ガスコンロかちゃっ」

「火が強すぎます! ここに弱火ってかいてあるでしょ、あ、待って、あと油もよくなじませてから……」

「え?」

「だからちょっと待って下さいって! 生地はまとめて入れたら駄目なんですよ、さっきそれで失敗してたじゃないですか! まずはおたまですくってですねー、何回かにわけて……」

「うんうん。あ、こぼしちゃった」

「……ッ!」



「まだかな、まだかな~」

「表面にいい感じのぷつぷつができてからひっくり返すんですよ」

「おっけー。ってことは、そろそろ?」

「いやまだでしょ常識的に考えて」

「だってぷつぷつが……」

「ともかく、もうちょっと様子を見ていい感じになってきたら――」

「その“いいい感じ”ってのがわかんないんだよねー」

「あ~、中途半端に触ったらべちゃってなっちゃいますからいじらない!」

「あれれ、本当だ。生地がくっついちゃったよ」

「……そのフライ返し、ちゃんと洗ってから使ってくださいね」



 ……的な感じで、わりと結構な数の失敗を繰り返しはしたのですが、最終的にはおいしいホットケーキが出来上がりました。

 写真も撮ってレポートも仕上がり、宿題に関してはこれで万事解決です。

 しかし……、


「新たなる課題が生まれてしまいましたね」

「う、うん……そうだね」


 わたし達の目の前には、とてもふたりでは食べきれない枚数のホットケーキがたっぷり鎮座していたのです。夕方になれば小学生のほうの妹が帰ってくるのですが、それでも少し不安が残る量でした。

 無論、全てが出来損ないというわけではないものの、たとえおいしい焼き菓子であっても続けて食べると飽きてしまうというわけで……。


「食べられないわけじゃないから、捨てるのはもったいないしなー」

「そのへんの猫にでもあげますか」

「うーん」


 猫……猫ってホットケーキ食べられるんでしたっけ。

 それよりも、なんでしょう。

 猫を発想したと同時になにか妙案が思いつきそうな予感がします。

 猫、猫……。

 猫といったらなんでしょうか?

 猫……部室の猫……ぬいぐるみ……惨殺偽装事件……月美さん……!

 あ、月美さん!

 そうです月美さんですよっ!

 彼女に協力してもらえば片付くような予感がします!


「人を呼びましょう」


 そういってわたしはスマートフォンを取り出しました。


「おすそ分けってこと? でもこんな不格好なのをあげるってのも……」

「それが大丈夫な人がいるんですよ。……えーっと、月美さんですか? お菓子作ったんですけど、大量にあるので食べにきてくれませんかー」


 パセリやエビフライのしっぽはもちろん、トロピカルジュースのハイビスカスまでもしゃもしゃ食べちゃう彼女なら、ちょいマズなホットケーキくらい楽勝なはずです。

 そしてわたしのその予想は、当たりすぎるくらいに当たりました。



     ◆◇◆



「ん! どれもなかなかおいしいね! 天衣ちゃんもたまには役に立つんだな~」


 ぱくぱく。

 もむもむ。


 卓に着くなり実においしそうな感じでホットケーキをほおばってくれる月美さん。

 なんでしょう……。

 食べている時の彼女は、普段の毒っけが抜けてなんだか純粋な美少女に見えます。

 ああかわいい。

 やっぱり月美さんかわいい。


「こっちがおねえちゃんが作ったやつで、あっちがあたしひとりでやったやつなんですけど……、やっぱり、味の違いってわかるもんなんですか?」


 妹が、夢中で食べている月美さんに質問しました。

 すると月美さんは即効で、


「え、なにが?」


 と答えます。


「えっと、味の違いですけど……」

「あ、そういう事か。わたしはジャムよりはちみつのほうが好き」

「ああいえ、そうじゃなくて本体の違いって意味で……」

「本体? 全部おんなじホットケーキじゃないの~」


 言いながら、牛乳をごくごく飲み干し次の一枚に手を付けます。

 ここまで鈍感だと、落ち込む気にもなれないどころか逆にすがすがしい心持ちになれますね。

 むしろ、些細な事でわーわー言っていた自分が恥ずかしくなってくるレベルです。


「喜んでもらえてわたしも嬉しいですよ。月美さんが意地汚い味音痴で助かりました」


 わたしは言いました。

 これ、一見さんが見たら(わたしが)とんでもない皮肉を言っているように聞こえるかもしれない場面なのですが、月美さんに対してはマイナスの感情を隠しても異能で見破れてしまうので、思ってしまったら正直に口に出したほうが腹黒感がないだけまだマシということなのです。

 ……そうですよね?


 わたしの言葉を受けてか否か、月美さんが妹に問います。


「ねぇねぇ妹ちゃん、こっちがきみの作ったやつで、あっちが天衣ちゃんのやつだっけ?」

「はい、そうです」

「やっぱりぜんぜん違うね~。妹ちゃんの作ったほうがよっぽどおいしいよ~」

「はは、そうですかぁ」

「そうそう!」


 もぐもぐしながら、月美さんはニマッと笑ってちらりとわたしを見やりました。


 やっぱり、月美さんは月美さんなんですねー。

 わたしもわたしですけど。


 休日の昼下がり、ホットケーキのあま~い香りに囲われながら、わたしはそんなことを思いました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

エヴィングの瞳 双頭あと @soutou

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のタグ

本が好きです。ゲームやデザインも作ったりしてます。 よろしくお願いします( ´∀`) 自分のサイト(Twitterへのリンクなどもここから) http://game.marquisx.net/in…もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!