第25話


「暑いですね……」


 金曜日の放課後。

 わたし達はいつもの部室で普段通りに遊んでいました。

 まだ本格的に夏というわけではないものの、エアコンなしではさすがに厳しい熱気です。


「じゃ、プールにでも行く?」


 安っぽい扇風機の風に吹かれながら、月美さんが言いました。

 彼女にしてはすごくまともな提案でしたが、しかしわたしは拒否します。


「嫌ですよ、プールなんて」

「え? どうして?」

「……泳げないからです」


 そう。

 運動音痴のわたしにとって、プールなんて代物は危険な水たまりと同義なのです。

 同じ水場でも海ならば、波打ち際でバチャバチャやってるだけで絵になるので良いのですが……。


「よし! なら決まりだね! 明日にでもすぐ行こう!」

「月美さん、人の話聞いてました?」

「え? 聞いてたけど」

「ならどうしてその結論に至ったのか、教えてもらえますか」

「そんなの決まってるじゃん? 天衣ちゃんの嫌がることをしたいからだよ!」


 なるほど。

 実に単純明快な答えですね。

 よくわかりました。


「明黒くんはついて来てくれるよね?」

「ん? ああ、明日なら構わないが」

「さすが明黒くん! あ、そっちの2人はどうする?」


 月美さんが珍しくも斎堂くんと矢間口さんに話しかけました。

 急にパスをもらった2人は互いに顔を見合わせて「プールかぁ」「プール……」と呟いた後に、


「ま、別にいいけど」


 と、平凡な答えを返してきます。


 え? これ、結局みんな行くってことなんですか?

 まったく、なにが楽しいんですかねプールなんて……。


「……じゃ、明日はわたし抜きで楽しんできてくださいな」


 わたしはそう言って、そろ~っと部室を出ていこうとしたのですが、当然のごとくポンッと肩を叩かれます。


「行くんだよ~? 天衣ちゃんも!」

「だ、だから嫌ですって」


 わたしが軽く振り返ると、意地悪っぽい笑みを浮かべた月美さんの姿が眼に映ります。

 うーん、改めて思いますけど、この人本当に美少女なんですよね……。

 扇風機の風に吹かれてサラサラと揺れる長い髪がとても綺麗で、透明感のある清純さを感じさせます。まぁ、そのような見た目の良さも、壊滅的なファッションセンスと捻くれた性格によって台無しになってる感はありますが……。

 とにかく、「人は見た目によらない」ということなのでしょう。

 これほど美少女なのにもったいないことです。


 ……って、あれ?

 美少女?

 もしかしてこの件って、よくよく考えたらすごいチャンスなんじゃないですか?


 泳げないという醜態を晒すのはアレですが、プールに行けば月美さんの水着姿が見れてしまうということで……。

 女の子も愛せるわたしとしては、まっさきにオーケーすべき事柄であったのかもしれません!


「わかりました、行きましょう!」


 わたしは一瞬で手のひらを返して言いました。

 すると今度は月美さんのほうが「え?」っと面食らった顔になります。


 たぶん、もう少し長くわたしの嫌がる様子を見ていたかったのだと思うのですが、形勢は既に逆転しています。ふふん、残念でしたね月美さん! かわいい水着姿期待してますよ!


「い、いきなりどうしたの?」

「いえ、プールに行けば肌の露出の多いあなたが見られるのだと思うと、俄然楽しみになってきたのです。それだけですよ」

「えぇ……」


 月美さんは露骨に引き気味な声をもらし、すぅっと一歩後ずさりしました。

 そして、


「や、やっぱり、天衣ちゃんも最初は嫌がってたわけだからさあ、無理強いはよくないってことで、このお話はなかったことに――」


 愚かにもこんなことを言い始めたので、わたしは彼女の背に抱きつくような格好になって囁きました。


「行くんですよね~? 月美さん!」



     ◆◇◆



 そして翌日。

 わたし達はプールへとやってきた……のですが。


「なんなんですか月美さん、その格好は」


 ドーナッツ型の流れるプールに浮かびながら、浮き輪を装備したわたしは言いました。

 事もあろうに今日の彼女は、実につまらないワンピース型の水着を着ていたのです。色も無難な淡いブルーで、安っぽいフリルの装飾がなんともチープな印象でした。

 そしてなにより問題なのは、その布面積の広さでしょう。


「おなかすら隠れちゃってるじゃないですか! どうせそっちの路線でいくなら、スク水とか着て来てくださいよっ。貧乏っ娘がプールに行く時にスク水着るのはある種の様式美で――」

「…………」


 ざぼんっ!


 わたしの訴えを聞いた月美さんは、まったくの無言でわたしの浮き輪を水中へと沈めてきます。

 支えを失ったわたしはもちろん、無様に水の中でもがくことしかできません。


 む……、く、苦しい……。

 シャレになってませんって月美さん……。


 ばちゃばちゃ両手を動かしていると、常識人の矢間口さんが苦笑いしながら助けてくれます。


「もー、会長、足のつくプールで溺れるなんて逆に才能だよ?」

「そ、そんな事いわれてもですね……」


 わたしはMy浮き輪にしがみつきながら月美さんを睨みました。


「ヒドイじゃないですか!」

「天衣ちゃんが変態みたいな事言うからだよ」

「まぁそれは、実際変態ですし?」

「あれ? まだ懲りてなかったのかなぁ~」


 月美さんはいつになく楽しそうな笑顔を浮かべました。

 また沈める気ですか!?


「こ、懲りてないのはあなたのほうです! そんなことして、監視員のお兄さんに怒られても知りませんからねっ」

「へー。じゃ、怒られるまでは続けようっと」


 月美さんのニヤニヤは止まりません。

 な、なんという浅はかな逆転の発想……。

 こういう人がいるから水場での事故が絶えないんですよまったく!

 そんなことを思いつつ、わたしは月美さんから遠ざかるようにバタ足しました。

 悔しいですが、水の中ではとても彼女に敵いません。

 故に、逃げるのみなのです。

 極端な話、陸に上っちゃえばいいだけなんですが、それだとなんか本当に負けた気がするのでやりません。


「あ、逃げる気?」

「追いつけますか? 月美さん」

「わたしも泳ぎの才能なんてないけどさぁ、浮き輪でぷかぷかやってるような天衣ちゃんよりは格上だからね!」


 そんなこんなで楽しい(?)追いかけっこがはじまりました……。



     ◆◇◆



 時間は流れて正午過ぎ。

 疲れも溜まってきたわたし達はプールサイドのフードコードでお昼ごはんを食べていました。

 メニューは(割高の)ジャンクフードです。


「む、旨いな……これ」


 カップ焼きそばをすすりながら、明黒くんがいやに関心したような声を漏らします。


「あー、わかるわかる。何の変哲もないカップ麺でもよぉ、こういう所で食うとなぜかおいしく感じるんだよなあ」

「まぁ、そういう事情もあるんだろうが、」


 同意しつつも、明黒くんはパタッと割り箸を置いて一息つきます。

 そしてコーラをごくごくと飲み、改まったように言いました。


「普段、こういったものを食べる機会がほとんどなくてね。最後に食べたのは3年……、いや4年前だったか」


 その言葉に、全員が「へえ……」みたいな何とも言えない驚きの余波を漏らしました。


「さすが明黒くんだね! わたし達と違って特別に育ちがいいのかなぁ~」

「いやでも、わりといますよそういう人。ポリシー的に炭酸は絶対飲まない事にしてるとか」

「ま、俺の場合は特に家柄が良いわけでも特殊なこだわりがあるわけでもないんだが……ううむ、自然にしていたら触れる機会がなかった、というのが正しいか」

「今の世の中、自然にしてたらカップ麺食べないってのもすごいと思うけどねー」


 矢間口さんがスマホをいじりながら言いました。

 たぶん、眼前のトロピカルジュース(豪華版 ¥780)を撮影でもしているのでしょう。数秒後にはTwitterあたりに画像がアップされているような気がします。


 ……って、画像? 写真?

 ハッ!

 思い出しました!

 しょっぱなから月美さんのショボい水着にがっかりしていたわたしですが、水着の美少女なら月美さんのほかにもいるじゃないですか!

 それも今、ここに!


「矢間口さん!」


 わたしは叫びました。

 まさに灯台下暗しというやつです。


「な、なに? いきなりどーしたの会長?」

「ふふ……。水の中ではさしたる活躍のなかったわたしですが、陸に上がってしまえばこちらのものです。……写真です。そう、写真を撮ってください矢間口さん。プールサイドのこの美少女(わたし)を……」


 言って、わたしは自分の飲み物をスッと手に取り、パラソルの下に設置された白いチェアに腰掛けました。背が160度くらい曲がっているタイプの座高が低いチェアなので、ちょうどいい感じに寝そべることができるのです。

 これだけでも完璧なのに、さらにわたしはダメ押しとばかりに、ハイビスカス&輪切りのオレンジで彩られたトロピカルジュース……その大きなグラスに軽くキスをし、淡麗な流し目で晴天の青空を眺めました。


「どうです? 完璧なロケーションでしょう? 今のわたし、素晴らしくいい絵になってませんか? デジカメで撮ってデスクトップの壁紙にしてもいいですよ?」

「そうだねー。会長かわいいよー」


 矢間口さんはお得意のスマホでパシャリとわたしを撮影し、


「じゃ、後で送るねー」


 と、いつもの調子で言いました。


 うーん……。

 なんだかんだ言いつつ、わたしはこの人の本心が一番読めないのかもしれません。

 ああ矢間口さん。

 あなたのその一連の言動、何割が“社交辞令”で何割が“本音”なんです?


 まぁそれはともかくとしまして……、


「むっつりの明黒くんは棚上げするとして、どうですか斎堂くん? このわたしの美少女っぷりは」

「あーっと、はっきり言っていいのか?」

「ええどうぞ? 『黙ってれば美少女』とかそういうテンプレ的なことを言わないのであれば」

「はは……」


 斎堂くんは軽く苦笑いした後に、ボソッと一言いいました。


「確かにお前はかわいいほうだとは思う。でも俺、黒髪ってあんまりそそられないんだよな。なんつーか、地味って言ったらアレだけどよ」

「え……? えええッ!」


 どうでもいいと言えばどうでもいい事なのですが、わたしは結構、本気でびっくりしました。

 そ、そんなの知りませんでしたよ……。

 わたし達、結構長い付き合いのはずなのに……。

 わたし、自身の黒髪かなり気に入ってるのに……。


「あ、驚いたか?」

「え? ええまぁ……」

「はは。それだよそれ、その感じ」

「……はい?」

「別に嫌いじゃねえぜ、黒髪。たださ、なんつーの? お前っていつも、あんま本気で焦ったりとかしないじゃん? そいうやつがたまにガチで驚いてたりするのを見ると、ぐっと来るみたいなのはあるってことだ」

「は、はぁ……」


 要するに、ギャップ萌えというやつでしょうか。

 普段は冷静沈着なお人形さんタイプだけれど、お化け屋敷とかに行くと異様にビビってきゃーきゃー言っちゃうみたいな?

 例えるならそういう系の可愛らしさってことですか?

 なんでこんな話になったのかはわかりませんが、一定の説得力は感じました。


「なるほど。今後の参考にしましょう」


 宣言し、オレンジ色の液体を飲み干します。

 すると矢間口さんがポツリと口を挟んできました。


「でもさー会長、そういうのって、自分でわかっててやってたとしたら、ただのあざとい人なんじゃないかなぁ」

「それも一理ありますが、気がつかれなければなにも問題ありま――って、なにやってんですか月美さん」


 月美さんは自分のぶんのトロピカルジュース(明黒くんのおごり)をじーっと見つめていたのですが、なにを思ったかハイビスカスの花弁をぱくり……口に入れてしまったのです。

 そしてそのままもしゃもしゃ咀嚼して最後はごくり。

 ジュースと一緒に飲み込んでしまいました。


「……おいしいんですか? それ」

「ん? 味はなかったけど」

「そりゃそうでしょう。食べるものじゃないんですから」

「え、付け合せのパセリみたいなもんなんじゃないの」


 月美さんがあまりに淡々とした調子で言うので、わたしはそれ以上の言及を諦めました。

 うーん、パセリって普通、食べるものでしたっけ?


「ふふ、でしたら月美さん、わたしのぶんの花もいかがですか?」


 そう言ってわたしは立ち上がり、極彩色の花びらをスッと月美さんに差し出したのですが、完全にガン無視されました。

 やめてくださいよもー。

 無視って一番傷つくんですから!



 そんな感じで、休日の午後もゆったりと過ぎ去っていきます。

 ま、アレですね。

 結局のところ、来てよかったなぁと思いました。


 月美さんのスク水姿が拝めなかったのは少々残念ではありましたが、それは学校での授業の際に期待しましょう。

 あーでも、学校でスク水着るのは当たり前ですからあまりポイントは高くないかもしれませんね……。

 じゃ、やっぱり海なんですかね?

 海……!

 そうです海!

 夏休みにはこのメンバーで海に行きましょう!


 みたいなことを考えながら、わたしはカラになったトロピカルジュースのグラスの底を見つめていました。



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