第22話

 その直前で、

 静止、

 していた。


「あ……?」


 中途半端な姿勢のまま固まる俺を、会長は無表情のまま一瞥して事もあろうに「べー」っと舌を出した。


「はい! というわけでこの茶番はここでおしまい! ……さて、どういうことか説明してもらいましょうか、お二方」


 そう言って会長はパイプ椅子に腰を降ろし、余裕の貫禄で足を組んだ。

 俺と月美は互いに顔を見合わせて、硬直。

 数秒の時を有してから脱力すると、洗いざらい事の顛末を吐き出すのだった……。


     ◆◇◆


「なるほどなるほど……。要するに二人してわたしをハメようとしていたわけですか。まったく仲がよろしいことで……」

「……いつから、気がついていたんだ」

「最初から……とは言いませんが、なにか怪しいとは思ってたんですよね。だってわたし、今朝このカッターを拾いに部室棟裏に行った時、死んだはずの猫ちゃんがおいしそうにキャットフードを食べている所を見てしまったんですから。もっとも、決め手はそれとは別にあるんですけど」

「決め手?」

「明黒くん、他でもないあなたですよ」

「俺?」

「あなたのそのいやらしい視線は、わたしにばかり向いていました。……おかしいですよね。月美さんをイジメて喜んでいる場面なのに、明黒くんの邪竜……じゃ、なくて、視線はわたしばかりを見ている。その時わたし、気がついちゃったんです。明黒くんの目的は、月美さんじゃなくてわたしなんじゃないかって。まぁ、この時点では月美さんがあなたの被害者なのか、それとも協力者なのかはハッキリしないので、適当に泳がせた後にひとつカマをかけてみたわけですよ」


 会長は一息ついて、「それに」と前置きしてから言う。


「あなたの言うとおり、“わたしには最初からわかっていました”。こんなようなことになるんじゃないかって。もちろんピタリと予想できたわけではありませんが、可能性の一つとして、ね」

「馬鹿な、超能力者かきみは」

「超能力者? 違いますねぇ、わたしは占い師です」

「……あらゆる意味で、俺の負けだ。本当に……申し訳なかった……」


 俺は深々と頭を下げる。


「明黒くんは悪くないよ! 悪いのは全部わたし!」

「はいはいわかってますよ。まったく美しいかばい合いですね(笑)。二人とも猫ちゃんに免じて許してあげますから安心してください。……で、今度はわたしから質問です」


 会長はぽてぽてと室内に入ってきた猫ちゃんを抱きかかえつつ言った。そうしてから未だ足下に転がっている白猫の死体に目をやり、


「これは一体、なんなんです?」

「いくらきみとは言え、この惨殺死体が例の白猫と完璧に同一だと断言することは無理だろう。つまり会長は、大きさや色が大体同じだったので、自分の知っている猫が殺されたものだと早合点したにすぎない」

「……つまり、猫違いと言いたいのですか?」

「正解だ。しかし、半分だな」

「半分?」

「創作だよ。犯人は……まぁ月美なんだが、ぬいぐるみを使って白猫の死を演出したんだ。無論、生きている本体を自宅に連れ去った上でな」

「ぬ、ぬいぐるみ……。確かに、ぬいぐるみのようにかわいい猫ちゃんですからね……」


 今ひとつ腑に落ちないと言った様子で会長は言う。

 白猫はそんな彼女の腕の中で退屈そうにあくびをした。


「血はトマトジュース。オプションにザクロなんかを加工して散らしておけば、まぁそれっぽく見えないこともない。表情は眼や口を潰すことで上手く誤魔化していたし、素材が食物なので一晩でも放置しておけば当然虫やハエがたかるだろ? その辺りもリアルさを増す要因になったのかもしれんな」

「ああ、なるほど……。わたし、この死体を見た時『こんなものか』って思ったんですよね。なんていうか……地味すぎると。それがかえってリアルに感じられたというか」

「地味すぎる?」

「ほら、スプラッタ映画とかの死体ってもっと派手派手しい感じじゃないですか。わたし、ああいうのを見慣れてるので」

「まぁ確かに……。しかし、そう簡単には偽れないものもある。臭いだ」

「臭い? 確かに少し妙でしたね。鉄さびというよりは生ごみが腐って発酵したかのような独特の臭気……と、わたしは感じたんですけど」

「会長の言うように、これは名実ともに『生ごみが腐って発酵した』臭いだ。猫とは言え死体から発せられる臭いではない。食物で細工しているのだから当然と言えば当然なんだが……。俺も最初、あの光景を見た時は驚いたがすぐに違和感に気がついた。臭いがおかしかったからだ」

「はぁ……。とにかく良かったです。生きていて、本当によかった……」


 会長は、本当に心底安堵したかのような様子でそう言った。

 白猫はその腕の中でまるくなると、ついに寝息を立て始めた。のんきなものだ。


「それはそうと月美さん、ひとつ聞きたいんですがね」


 ふと、思い出したように会長は問う。

 月美は満身創痍といった様子でぐったりと壁に背をあずけていた。察するに、さきの脅しがよほど効いたのだろう。彼女に話をふられると、怯えたようにぴくりと身体を震わせる。


「猫ちゃんを殺さなかったのは、どうしてですか」

「ん……」

「保身のためですか? それとも良心のためですか? いずれにせよ――」


 会長は白猫を座布団の上におろし、月美の前で屈みこむとじっと彼女の瞳を見つめた。


「わたしはまだ、あなたと友達になれる未来を選択できる。そう思っています」


 満面の笑みで言うと、会長は月美の頬を両手でつかんでびよびよと引っ張った。


「あう、やめて……」


 月美は涙目になりながら赤くなった頬をおさえ、会長を見据える。


「天衣ちゃんは、さぁ……。どうしてわたしなんかと友達になりたいの? 普通、ここまでやられたら愛想つかすでしょ」

「なに、簡単なことですよ」


 会長はすっと立ち上がって答える。


「わたしもまた“明黒くんと同じように”あなたのことが好きなんです。……ただ、それだけです」


 言って、彼女は踵を返し部屋の中から去っていった。

 数秒の沈黙の後、俺と月美は再び互いに顔を見合わす。どんな表情を浮かべてよいのかわからない、お互いにそんな面持ちだった。

 本当に、あの人は底が知れない。


「さて、そろそろ一時間目が始まる。……俺たちも出るか」


 ドアを開けて外に出ると、涼やかな空気が頬をなでた。

 それと同時、ドアの感触に妙な手応えを感じる。足下を見れば一冊のキャンパスノートが転がっていた。


「会長の落し物か?」


 俺は何の気になしにそれを手に取り、パラパラと中身を捲ってみる。するとなんだか既視感のある内容が眼に入り……。


「あ、それわたしの闇ノート最新版だ。こんなところにあったんだ……。誰かに拾われてなくてよかったぁ」


 月美が呟く。


「月美、残念ながらノートは会長に見られてしまっていたようだぞ?」

「え?」


 使いかけなので、当然ながらノートの後半は白紙である。

 しかし、白紙のページがはじまる最初の行に、それまでとは明らかに異なる筆跡でこんなことが書かれていたのだ。


 ――苦痛と愉悦は隣り合わせ。屈辱と快楽も仲良しこよし。

 マゾヒスティックに禁じられた青春を愉しみませんか。そうすればあなたの人生はもっとずっと豊かになるはず。


「ッ……」


 月美はポカンと口を開けつつ、その一文を凝視していた。その後、ハッとなったように俺からノートを引ったくると、その全体をビリビリに破いて放り捨てる。


「あ~もうっ! やっぱりきらい! 天衣ちゃんきらい! 悪趣味だよこんなのぉ!」

「俺たちが言えた義理ではないがな……」


 そう言って俺は虚無的に笑った。

 月美も肩で息をしつつ、俺を見上げて虚無的に笑う。


「さて、行くか」

「……そうだね」


 足を踏み出す。

 戻ろう。

 人々の行き交う場所に。


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