第20話


「ば、馬鹿な。そんなことあるはずがない」

「ふぅん。じゃ、わたしの勘違いかな」


 言いながら、月美はじっと俺の眼を見つめる。

 なんだ、その視線は。

 その眼で俺のなにを見ている。


「“絶望”“貧乏”“渇望”……他人の“不幸”って、オイシイよね」


 月美は探りを入れるかのようにゆっくりと言った。


「滅多なことを言うもんじゃないぞ、月美。お前も……」


 あの時の会長と、同じことを言うつもりなのか?

 『あなたは、変態です……! ――悲しみ悶えるわたし達を見て愉しむつもりだった――違いますか?』

 ち……違う!

 俺は……。


「明黒くん、ひとつだけ聞いていい?」

「……あ?」

「明黒くんは、わたしのどこが好きなの?」


 真顔で、問われる。

 ……やめろ。

 やめてくれ。

 それ以上踏み込まないでくれ。


「それは無粋な問いというものだぞ、月美」


 俺は拒絶するように言う。

 月美のどこに惹かれたか、だと?

 その答えを自覚した時、俺は、


「そっか。そうだよね、ごめんなさい」


 言って、月美はおもむろに立ち上がる。

 そうしてから彼女は部屋の隅の本棚から一冊のノートを引っ張り出し、俺の目の前に差し出した。使い古されてボロボロになったキャンパスノートだ。タイトルは記載されていない。


「なんだ、これは?」

「……誰にも見せたことがないわたしの秘密、明黒くんにだけは教えてあげる。最新版は失くしちゃったからちょっと古いやつなんだけど……」


 ノートを手にして、中身を開く。

 瞬間、ぞっと背筋が寒くなる。

 そこには女の子らしい丸文字で、しかし執拗なほどにぎっちりと呪詛めいた言葉が綴られていた。


「な、なんなのだ、これは……」


 俺は吐き出すように言った。


「明黒くん、さっき、言ってくれたよね? 『俺が全て受け止めてやる』って。……そのノートに書いてあるのは、わたしがこれまでに受けた屈辱のカケラ。わたしに向けられた悪口、わたしを馬鹿にした連中の言葉……忘れないために、書き留めておいたんだ」


 月美は自嘲的な笑みを浮かべる。


「ドン引きした? 気持ち悪いって思う?」

「い、いや……」

「本当? 嘘ついてもわかるよ?」

「嘘じゃないさ」

「じゃあ、わたしのこと好き?」

「……ああ」

「どうして?」

「……」

「そのノートに書いてあることは、ある意味、本当のことばかりなんだよ? わたしは“クズ”だし“貧乏”だし“卑屈”だし“めんどくさいヤツ”だし“いらない娘”だし“胸が小さい”し――」

「月美ッ!」


 俺は叫んだ。

 彼女はビクッと身体を震わせる。


 ……わかった。

 わかったよ。

 もう、わかったから……。

 今まで、気が付かないふりをしていた。

 認めたくなかったんだ。

 俺の中に潜む魔物の姿を。

 月美、そして天衣会長、


「俺は……俺は、たった今理解した。己の身に潜む欲望に……か、形を、与えて、しまった。月美、俺は……お前の思っているような人間では……」

「でも、わたしのこと好きなんでしょ?」


 月美は俺の言葉を遮って言った。


「そうだな……ますます好きになったよ、月美……」


 いったいこの時、俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 月美はそんな俺を見て、


「明黒くんなら、きっとそう言ってくれると思ってた」


 にっこりと微笑んだ。

 それから彼女は俺に寄り添うように近づき、媚びるような視線を向ける。


「わたし、明黒くんにだけならイジメられても我慢できるよ。どんな悪口を言われても、叩かれても、耐えられる。だからわたしを見捨てないで、わたしと一緒にいて。だって、明黒くんはわたしの――」

「みなまで言うな。わかってる……わかってるから」

「うん。ありがと」


 数秒の沈黙。

 カーテンの隙間から西日が差し込み、部屋の中を赤く染める。

 月美は言う。


「わたし、天衣ちゃんに勝ちたい」

「……」

「協力してくれるよね? 明黒くん」


 返事の変わりに俺は黙ってノートを取り出し、すらすらとボールペンを走らせる。自分でも驚くほどに筆が進む。悪魔的なアイデアが次々に浮かんでくる。

 思うままに書き綴った、これは天衣美羅を殺す脚本。


「月美。お前は……たとえ自分が傷つくことになったとしても、それでも会長に一泡吹かせたいと思うのか」

「うん」

「本当だな」

「うん」


 月美は真剣な面持ちでうなずく。


「明日の朝、一芝居うつとしよう」


 俺は彼女にノートを差し出し、言った。

 ゆがんでいる……。

 あまりにもズレている。

 俺は、いいや“俺たち”は、これからいったい何をはじめようというのか。

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