第11話


 その後、わたしは月美さんに、


 「じゃあさ、わたしの今一番欲しいものってわかる?」


 と質問されたのですが、当然答えられないわたしは水晶球をにらみながら「愛」とか「友情」みたいなそれっぽいことを言うか、思いきってネタに走るか迷った末に「はんぺん」と解答して顰蹙を買いました。

 直後に「恋占いなら! 恋占いなら任せて下さい!」とアピールしてはみたのですが「ヤレヤレ」みたいな感じで流されその日は解散。

 早めの帰宅となったのです。

 


 お母様の病室に立ち寄ってからアパートに帰ると時刻はあっという間に六時を回ってしまいました。居間では妹達二人が仲良くテレビゲームをやっています。ひとりは小学校高学年、もう一人は中学生です。


「あ、お姉ちゃんこれ」


 妹達はわたしの顔を見るなりテーブルの上を指さしました。そこには五千円札が数枚、裸のままに置かれています。


「お父様はなにか言ってました?」


 わたしが問うと、二人はそろって首を横に振りました。

 不定期なタイミングで顔を出すお父様は、その時の気分でいくらかのお金を家に置いていくのです。それはひと月に大体七、八万円にはなるので、それがわたし達の食費とお小遣いになっているわけですが……極端に少ない月や妙に多い月があるので安定しません。

 しかし今月はそこそこに余裕があったので、わたしは二人に「なにか食べたいものはありますか?」と聞きました。

 すると、この二人はこともあろうに声を合わせて「カップラーメン」などと言い出すのです!


「え? わたしの手料理ってそもそも美味しくない感じでした?」

「そんなことないよ。すごくおいしい」

「腕だけならプロ並みだよね」

「そう、お母さんのよりおいしい」


 二人は互いに頷き合います。


「でも、カップラーメンなんですか?」

「うーん、なんていうのかなぁ、さすがにそろそろ飽きてきたっていうか……」

「そうそう、飽きてきた」

「なぜです? メニューのレパートリーだって和洋中と豊富じゃないですか」

「んー、でもさ……、なんていうのかなぁ。毎日同じ店に行ってる感じなんだよね。確かにメニューは色々あるんだけど、どれ注文しても結局は同じって感じ」

「そう、家のごはんっぽくない。だから毎日はイラナイかなって」


 な、なにを言っているんですかねこの娘たちは……。

 これで悪気がないつもりなんですから始末におえません。明確な悪意の持って放たれる攻撃(ことば)はプラチナのメンタルでガードできますが、逆に言えば『攻撃』でないものは『防御』のしようもないということでしょうか。久しぶりにちょっと傷つきましたよ……。

 まあいいです。

 悪意がないのなら話は簡単。二人の良心を狙い撃ちするまでのことです!


「そうですか……」


 わたしは極端に静かなトーンで言いました。言葉尻には微かに鼻をすするような音を付け加えます。

 すると単純な二人は「え?」というような表情でゲーム画面から顔を離し、わたしのほうを見やりました。わたしはすぐにその視線から顔をそむけます。


「お姉ちゃん?」

「……買い物に行ってきます」


 あくまでさり気なく両目をこすり、それから立ち上がろうとしました。すると、小さい方の妹の手がわたしの腕を掴みます。

 わたしは僅かにうるませた瞳で妹達のほうを見やります。二人はいかにもバツの悪そうな顔でわたしのことを見つめていました。

 放置されたテレビゲームのバックグランドミュージックだけが寂しそうに鳴り続けていました。


「あの……ごめん」

「……なにがです?」

「お姉ちゃん、毎日あたし達のためにごはん作ってくれたのに……、その……」

「おねえちゃんの気持ちも考えないで、勝手なことばっかり言っちゃって……」


 妹達はもごもごとぎこちなく言葉を発します。

 それにしても二人とも察しが良いですね。

 さすがはわたしの妹です……と、言いたいところなのですが、ここまで単純というか素直だとついさっきの言葉の刃は何だったんだという気になってきます。

 まぁ、それが無邪気さ故の恐ろしさということなのでしょうが。


「いいんですよ。わたしは、かわいい妹達に恵まれてしあわせです」


 わたしはそんなことを言いつつ妹達をぎゅっと抱きしめました。ふんわりとした甘い香りが鼻孔をくすぐります。

 二人ともわたしに負けず劣らずの美少女、美幼女なのですが……姉という立場は実に素晴らしいですね……。こんなに愛らしい女の子に堂々と抱きついても邪な心を疑われるということがないのですから。

 わたしは二人のやわらかい身体を十分に堪能してから(と、いってもなにか特別なことをしたわけではありません。ただ抱擁しただけです。……もちろん服の上からですよ!)買い物に出かけました。



 夜道を歩いていると、ふと思いつくことがありました。

 わたしの料理が飽きられやすい味なのは、参考にしているレシピ本に問題があるのでは……?

 その可能性を疑ったわたしはたまたま目についたコンビニエンスストアに入店します。

 雑誌コーナーに足を運ぶとなんとそこには見知った顔が。


「こんばんは明黒くん。なぜだか知りませんが学校外でエンカウントすることが多いですね。この近くに住んでるんですか?」

「ああ、天衣会長か……。確かに自宅はこの近辺だが」


 明黒くんは雑誌から顔を上げてわたしのことを見やります。

 手に持っている雑誌は、まさかのクロワッサン。


「それ、四十代女性向けの雑誌ですよね?」

「ん、そうなのか? ……そんなことよりもだ、天衣会長」

「なんです? 改まって」

「実を言うとここ数日、俺はどうも妙な……ああ、どのような表現が適切なのかはわからないが、胸が、こう、なんというか……しっとりとした厚い膜に包まれて、じんわりと圧迫されているかのような……そんな感覚を覚える時があるんだ。そして、そのような時にはなぜか必ずあの月美とかいう女生徒の姿が頭に浮かぶ。今だってそうだ。だからこうして気分転換に散歩をしていたのだが……」

「それは大変ですね」


 わたしは曖昧に言葉を濁しました。

 そうですか。

 やはり、月美さんなのですか……。


 相手が明黒くんでなかったら喜び勇んで「それは間違いなく恋ですよ!」と囃し立てる場面なのですが、もし明黒くんが月美さんへの恋心を自覚し、その変態性欲を開花させてしまったら?

 そう思うと軽口すらも出てきません。

 あの邪竜が復活した時、笑って済ませられる領域をすっ飛ばしてしまいそうな予感がするのはわたしの考え過ぎなのでしょうか?


「天衣会長!」

「な、なんですか?」

「俺は、自分の身に起こっているこの不可思議な事物の正体を知りたい。……こんなことは初めてなんだよ、だから、どんなに小さな手がかりでもいいんだ。俺に、協力してはくれないだろうか?」

「そうは言いましても、わたしにいったい何をしろと?」

「占いだよ。……過去に占いを軽んじる発言をしたことは謝ろう。しかし、今の俺はオカルトにすらすがりたいんだ……」


 明黒くんはそう言ってポーカー・フェイスのまま溜息めいたものを吐き出しました。


「もちろんオーケーですよ。それでは明日、学校で会いましょう」

「会長、朝は強いほうか?」

「最強です」

「そうか。もし迷惑でなければ朝の八時に部室で待ち合わせられないだろうか。その……やましいことは何もないのだが、月美本人には知られたくないんだ。だから放課後よりは早朝のほうが……」

「わかりました」


 わたしが答えると、明黒くんは「ありがとう」と小さく言ってコンビニを出て行きました。その後、わたしは適当に雑誌コーナーを物色してオレンジページとプレイボーイと近代麻雀オリジナルを購入してから店を出ました。



 占いなんてするまでもなく、明黒くんは月美さんに恋しています。彼女の放つ不幸の香りに引き寄せられるようにして、明黒くんは……。

 もしかすると、それは『恋』などという生易しい言葉では語ることのできない何かであるのかもしれません。


 ともかくです。

 わたしは明日、彼になんと言えば良いのでしょうか?

 占いの結果にかこつけて月美さんとの距離を置くことを提案することだってできます。

 でも、それが明黒くんと月美さんにとって本当に良いことだと言えるのでしょうか?


 得体のしれない変態性欲を封印している彼ですが、月美さんに惹かれているという事は紛れもない事実としてそこにあるのです。

 わたし一人の判断で、その恋の芽を摘んでしまって良いものなのか。

 それが正しいことなのか。

 わたしにはわかりませんでした。



 結局答えはでないままに翌日の朝をむかえてしまったのですが、朝食の目玉焼きをフライパンの中でひっくり返しながら「まぁ、フィーリングで」という結論とも言えない結論を無理矢理に引っ張りだしました。そしてその直後に『目玉焼きはひっくり返すものではない』ということを思い出し、ハッとなります。

 黄身の部分がべちゃっと潰れた目玉焼きを見つめていると、なんだかおみくじで凶を引いた時のような気分になってきました……。


「お姉ちゃんおはよー……、あれえ、この目玉焼き……」

「たまには趣向を変えて両面焼きにしてみました。失敗したわけじゃないですよ?」

「ふーん……」


 妹はまだ眠そうな様子で皿に盛られた目玉焼きにフォークを突き刺しました。


「もし、仮にですが……ひとりでは解決困難な問題に直面したとしたら、あなたならどうします?」

「んー……、あきらめるか助けを呼ぶかな……」


 瞬間、わたしは自身の頭上に黄色く輝く裸電球を認めました。

 効果音はもちろん、ピコーン! です。

 そうです。

 自己のスペックが高いのでついつい忘れそうになりますが、わたしの周りには頼りになる仲間がたくさんいるではないですか。

 それに、明黒くんも「月美には知られたくない」と言っていただけで他言無用だとは言っていません。

 わたしはすぐさま携帯電話を取り出して、研究会メンバー随一の常識人である矢間口さん宛にこんなラインを送りました。



 今日の一時間目が始まる前なのですが、もし暇でしたら部室のほうに来てくださいませんか? 

 


 すると、なんだか朝から一仕事終えたような気分になっていました。

 問題はなにも解決していないというのにさっきまでの不安感はどこへやら。わたしは和やかな気分でトーストと目玉焼きを口に運び、淹れたてのコーヒーをすすりつつテレビの時計に眼をやります。


 時間にはまだまだ余裕があったのですが、特にすることもなくなったので妹達にひと声かけて早めに自宅を後にしました。

 いつもより若干空いている電車に乗り込み、人気の少ない通学路を歩いていきます。校門をくぐってもなお人の姿は少なく、早朝の学校はその肌寒さも相まっていつもより少しさみしい印象です。


 グラウンドの方から野球部員の喧騒が聞こえてきました。しかしその元気な声も、第二部室棟に辿り着く頃には微かなものになっていました。

 錆びついた階段を登り、占術研究会のドアノブに手をかけます。

 予定の時間より二十分も早くついてしまいましたが、まあ良いでしょう。昨日買った漫画雑誌でも読んでいればすぐに――



 そんなことを考えながら部室のドアを開けた時、わたしは、悪夢のような光景を眼にしたのです……。

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