第10話


「――と、いうことがあったんですよ~。まったく朝から酷い目にあいました。そのイナゴは過去に食べたものと比較するとかなり風味が落ちていた気はするのですが、まぁそれなりに美味しかったのでラッキーと言えばラッキーだったんですけどね」


 放課後、わたしは部室にて研究会の面々に今朝のことを話しました。明黒くんもいたので、彼の『薄幸フェティシズム』を刺激しないよう、なるべくギャグっぽくテイストを交えて笑い話のようなノリで語ります。


「へえ、天衣ちゃんも大変なんだね」


 ベットの上に寝転がっている月美さんが人事のように言いました。今日の彼女は安っぽいノースリーブの服を着ていたので、両手を枕にするような形で寝ていると綺麗な腋がはっきりと見えます。


 いや、なんというか、すごくイイです……。

 自分が今エロい格好を晒しているということにすら気がついていない、そのあどけない表情と相まってグッときます。贅沢を言えば腕の付け根の“くぼみ”部分を五本の指ですりすりしたいですね。


「と、いうか月美さんは何でここにいるんです?」


 少々卑屈でワガママで痛々しい部分はありますが、わたし的には全然、いてくれてもかまわないのですけど。


「ん? なんとなく居心地がよかったからさ。ああ、やっぱりわたしと同じ空気は吸いたくないかな? 素直に言ってくれていいよ、自分がバイキン以下ってことくらい自覚してるし」

「いえいえ、大歓迎ですよ。月美さんはかわいいですからね。だからあまり自虐的なことは言わないでください。それだけはおねがいしましたよ……」


 わたしは横目で明黒くんを伺いました。

 彼は「ん?」というような顔でわたしの視線に答えましたが、彼の心の黒竜はしっかりと外界に姿を現し月美さんをガン見しています。油断も隙もないないですね……。


「ああそうだ月美さん。お昼はどこで食べてるんですか? わたしは中庭なんですけど、もしよかったら一緒に食べませんか?」

「昼? 昼は……いいや」


 微妙に含みのある言い方で、月美さんはわたしから顔をそむけました。


「それは残念です」

「なにその『断られるとは思っても見なかった』みたいな顔。確かにわたしは友達いないけどさぁ、天衣ちゃんのことも別にそんなに好きじゃないよ?」

「あなたに友達のいない理由がなんとなくわかった気がしますよ……」

「そ、それにしても、虫の佃煮なんてものがこの日本にあったなんてねー。あたしはちょっとムリかなー、そういうのは……」


 空気の読める矢間口さんは猫ちゃんをなでなでしながら強引に話題を切り替えました。会員の中で最も猫ちゃんをかわいがっているのはたぶん、彼女です。


「矢間口さんは都会派ですからねえ」

「いや、あたしがどうこうってより会長が異常……じゃなくて、スゴすぎるんだと思うよ……、うん……」

「そんなもんですかね? まあ、それが食べ物である以上、最強なるわたしに食せないものなどないとは思いますが。……あ、場合によっては食べ物でなくても――」

「なんかとんでもねえ下ネタに発展しそうな予感がするからそれ以上は口を噤め。……な?」


 斎堂くんが第六感を発動したのでわたしは口にチャックをしました。


「でも会長って本当にメンタル強いよねー。そこは素直に羨ましかったりするよ」

「わたしのメンタルはプラチナ製です」


 答えると、明黒くんが思わぬ横槍を入れてきます。


「天衣会長、そうは言いつつきみも一介の女子高生だ。老齢の達観者のように常に平静でいられるはずもあるまい。脆い部分、弱い部分というのはあるんじゃないのか?」


 明黒くんは、決して変なことを言っているわけではない……。

 そのことは理解できます。

 しかし、わたしは明黒くんのこの問いから奇妙な重々しさのようなものを感じないわけにはいきませんでした。それゆえにわたしは、


「そうですねえ……」


 と、曖昧に言葉を濁します。


「ここからは少し個人的且つシリアスな話になるのだが……かまわないかな?」

「ええ、まあ……」


 わたしが会員たちの顔を見回しながら頷くと、明黒くんは神妙な調子で続けました。もっとも、その表情は平常時のそれと大して変わっていないのですが。


「祖母が入院しているというのは前に話したと思うんだが、その、祖母がね……。最近特に具合が悪くて、もう長くはないらしいんだ。俺も大概鈍感な人間だが、その話を聞かされた時は、なんとうか……月並すぎる表現ではあるが胸が締め付けられるような思いだったよ」


 ここで明黒くんは一息ついて、それからから続きを話しました。


「そしてこの時俺は思った。強い精神を持つ人間は、自分に対して加えられる攻撃に対してはかなりの部分まで耐えることができるのだろう。しかし、傷ついている親類や友達を前にした時、どこまでその痛みに耐えられるんだろうかってね……。もし、仮にだよ。親類や友人が苦しんでいる姿を前にしてもまったく心を痛めずに平静を保っていられる人間がいたとしたら、そいつは『強い』と言えるのか? 俺には、それはもはや『強さ』とは別種の何かに思えるのだが、どうかな? 天衣会長」


「それはまぁ、その通りでしょうね。プラチナメンタルを自負するわたしですが、ペットのナメクジが死んでしまった時は不覚にも泣いてしまいした……。彼との出会いは、ある観葉植物を購入した時のことです。家に持ち帰って机の上に飾っていたら、鉢植えの中に指の爪より小さな彼を発見しました。彼は二つのつぶらな瞳でわたしを見上げ、ちっぽけな身体をくにゅくにゅと動かし鉢の中を散歩していたのです。その愛らしい姿はまるで、寝ぼけ眼の天使がたらした一筋のよだれのようでした。わたしはすぐに彼を指の腹にのせ、湿らせたティッシュペーパーを敷き詰めたジャムの空き瓶へと移動させました。レタスの切れ端を与えると彼はもしゃもしゃと美味しそうにそれを咀嚼し、半透明の茶色い身体を微かな緑で色づかせました。眠る時はスイートポテトのようにポッテリと丸くなって――」


「天衣ちゃーん」

「ん? なんですか?」

「キモい」

「ッ!」


 話を遮った上にストレートすぎるこの悪口!

 さすがは月美さんです。


「ナメクジに“彼”とか頭おかしいよ。自覚ある?」


 月美さんは嘲笑といった感じの乾いた笑いを浮かべました。ちょっとスレた感じの横顔ですが、根底の造形が可愛い系のそれなのでその絶妙なミスマッチ感が素敵です。


「確かに、ナメクジにオス・メスの区別はありませんからね。“彼”は若干、不適切だったかもしれません」

「いや、単純に見た目が気持ち悪いし、そんなものをかわいいとか言ってヒト扱いしてる天衣ちゃんにもドン引きなんだけど。ゲテモノ好きを自称してヘンな自己顕示欲を満たしてるだけなんじゃないの?」

「見た目で判断するのはよくないですよ。価値観は人それぞれあります」

「はいはいキレイ事キレイ事。いくら人それぞれっつったって、どんなに頑張ってもナメクジはカタツムリに勝てないんだよ? ナメクジはナメクジに生まれた時点で負けなの! 例え、その違いが殻のあるなしの違いでしかなかったとしてもね」

「……月美さん、ひとつ聞きたいんですがねえ。あなた、ナメクジですか?」

「ッ?」


 わたしが言うと、月美さんは訝しげに眉をひそめました。

 他のメンバーも頭上にはてなマークを浮かべ「また天衣が妙なことを言い出したぞ」みたいな雰囲気を出しています。


「いえ、なんとなーくなんですけどね。月美さんは今ナメクジに関しての悪口を色々と言ってましたけど、この場合の『ナメクジ』って月美さん自身の事なんじゃないのかなぁと思いまして。ついでに言えば『カタツムリ』はあなたの理想の姿や、あなたの夢のようなものです。でも、あなたはどんなに努力してもカタツムリ、つまり理想の姿にはなれないと思っている。違いますか?」

「な、なんで急にそんなこと」

「ほんのささやかな占いですよ。忘れているかもしれませんが、わたしは占術研究会の会長でこの部屋は占術研究会の部室です」


 もちろん占いは建前ですが、手元に転がっていた大きな水晶球を持ち上げて見せると、月美さんは妙に納得したような顔になりました。

 そしてそれからこう言いました。


「ふぅん。天衣ちゃんは、人の心が読める超能力者さんなんだ?」


 月美さんは寝転がったままわたしの眼を見つめていました。

 それは、ごく単純に受け取るならば賛美の言葉であるはずでした。占った対象の相手に「心が読めるの? 超能力者なの?」なんて言われたら、その占いがあまりにアタルので驚いて感嘆していると解釈するのが普通です。


 「~なの?」と、一応は質問の体裁をとってはいますが、発言者だってそこに関しての真面目な答えを望んでいるわけではありません。

 しかし、この時のわたしはどういうわけか……彼女の言葉から微かに妙な感触を受けたのでした。


 そうです。

 今、目の前にいる少女は、「心が読めるのか」「超能力者なのか」という突拍子もない問いを“本来的な意味で”わたしに投げかけていたのです。少なくともわたしはそのように感じました。


 ですからわたしは、普段なら迷いなく「そうですよ。すごいでしょう?」と答えるはずのこの場面で、変に口ごもってこんな具合に返答してしまったのです。

「まぁ、若干は……」

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