第09話

 翌日、朝のことです。

 わたしは普段通り時間に余裕を持って通学路を歩いていたのですが、そこで事件は起こりました。


 まず、この高校は変に郊外にあるので、駅から十分ほど歩くと常に自然と隣合わせな状態になります。校門前の100メートルはその傾向が特に顕著で、申し訳程度に舗装された狭い道路の一本道が、背の高い雑木林に挟まれているという具合でした(しかもその一本道が嫌がらせのように上り坂になっているというのですからインドア派なわたしにはたまりません)。

 まぁとにかく、わたしはいつものようにうんざりとしながら坂を登っていたというわけです。登校ラッシュよりやや早い時間帯なので学生の数もまばらでした。

 異常事態が発生したのは、坂の中腹付近に辿り着いた時のことです。


「ひゃあッ――」


 突然、背後から女の子の悲鳴が聞こえました。

 驚いたわたしは瞬時に振り返ったのですが、その女の子はこともあろうに、なにやら気味の悪いものでも見るような眼でわたしのことを見やっています。

 分けがわからなくなったわたしは自分の身に視線を落とし、


「ッ!」


 そして思わず言葉を失いました。

 昨晩頑張って縫い上げた新製魔法使い風ローブの生地に、茶色い粘液をまとわりつかせた虫のような物体がべったりと付着していたのです。

 それも一匹や二匹ではなく、何匹もです。形状は小ぶりのバッタに近いでしょうか……。


 若干の混乱状態に陥ったわたしは反射的に雑木林を見やりました。

 鬱蒼と生い茂る木々達が太陽の光を遮って薄暗闇をつくっています。すると、申し合わせたかのようにその暗闇から茶色い虫達が飛び出してきました!


「ひえッ!」


 うしろの女の子が再び悲鳴を発します。

 わたしはむしろその声に驚いて、何かを言おうとでも思ったのか口を開いてしまったのですが――


「むぐっ」


 なんという不幸な偶然!

 茶色い虫の一匹がわたしの口の中に飛び込んできたのです。

 わたしの慌てて口に手をあて異物を吐き出そうとしたのですが、思わぬことに本能の部分がその行為にストップをかけました。

 優秀なるわたしの舌は瞬時に、そして直感的にあることを理解していたのです。

 これは、吐き出すべき異物ではないと。


 事実、わたしの口の中には甘辛いまろやかな風味が広がっていました。自分を信じて噛んでみると、サクサクとした軽快な歯ざわりが。

 なんでしたっけ? これ……。

 わたしはこの食感に覚えがあります。

 喉まで出かかっていた疑問は、口の中の物体をごくんと飲み込むと同時に解消されました。


 そうです。この食感は乾燥させたサクラエビのそれです。エビせんべいとかに入ってるアレです。

 その刹那、身体にまとわりついているこの虫達の正体にも理解が及びます。

 茶色い粘液をまとったバッタのような虫の死骸……それすなわち、埼玉名物『イナゴの佃煮』。


 そうとわかってしまえばもう何も恐くありません。加えて言うなら、イナゴの佃煮は佃煮になってしまった以上自律行動をしないので……つまり! 今、この雑木林の中には食べ物を粗末にした不届き者が潜んでいるということではないですか!

 わたしが苦労して縫い上げたローブをベタベタにした罪もひっくるめて、絶対に許すわけにはいきません。


 バサッ!

 と、わたしはローブを翻してくっついているイナゴを格好良くはじき飛ばし(この時、後ろの女の子が三度目の悲鳴を上げていました。なんか、すいません……)、チンピラの潜んでいるであろう雑木林に飛び込みました。

 すると、やはりというべきか薄暗闇の奥底でごそごそと動く人の気配を感じます。

 イナゴ攻撃にひるむことなく果敢に立ち向かってきたわたしに対して恐れをなして、惨めに逃亡を試みているのでしょう。


 それにしても、プラチナのメンタルを持つわたしをイナゴ程度で攻撃したつもりになるとは愚かすぎてお笑いです。気持ち悪がるとでも思ったんですかね? (他人の妄想のヴィジョンの中で)蟲に○○される少女の姿を延々と見せつけられたことだって一度や二度の話ではないこのわたしが、たかだか数十匹ほどの虫けらに臆するなんてありえません。


 これは勘ですが、今逃げている犯人は昨日の卵事件の犯人と同一人物であると思います。なんというか、自分は姿を現さない卑怯なところがそっくりです。

 面と向かって文句を言う度胸もなければ腕っ節に自信があるというわけでもない、運動部で挫折するようなひ弱な文化系の匂いがしますね。

 わたしは必死に草木をかき分け音の方向を追いますが、音はだんだんと小さくなっていきました。引き離されているのです。


「ひ弱な文化系って……よくよく考えたら、わたし自身の、ことですよね……」


 追いかけっこは十分と経たずにわたしの負けで決着しました。

 わたしは地に膝をついて、暗がりの奥でガサガサと動く枝木や葉っぱをぼんやりと眺めていることしかできませんでした……。

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