第08話


 それから更に一時間ほどプレイして二回戦が終了しました。

 無論、一位はわたしであり、その後に明黒くん、月美さん、矢間口さんと続きます。


「わたしの勝ちみたいですね。ああ、五千円は矢間口さんの借金と相殺ということでいいですよ。麻雀で金銭が移動するのはやはり問題ありますから」

「え、ほんと? ありがとー」


 矢間口さんが言いましたが、その言葉はガチャッという牌の音にかき消されてしまいました。月美さんが牌の散らばる机を叩いたのです。

 彼女はふてくされたようにむすっとなって、マットの上の牌を両手でにぎにぎしていました。


「麻雀は時の運です。そんなに落ち込むことないじゃないですか。特に今回は相手が悪かったんですから」


 わたしが慰めるように言葉をかけると、月美さんはニヒルな笑みを浮かべながら言いました。


「……わたしって、天衣ちゃん以下なのかなぁ」

「どうでしょうね。もっとも、わたし以上の人間というのはそう多くはないと思いますけど」

「天衣ちゃんは良いよね。そういう風な無根拠な自信で満ち溢れててさ。ある意味、羨ましい」

「根拠ならありますよ。実際、今だってこうして勝ったじゃないですか」

「ふぅん。そうなんだ」

「そうですよ?」

「……イジメられてるくせに」


 ボソッと放たれたこのヒトコトで、部屋の気温が二度は下がったような気がしました。月美さんという人は、まったく場の空気を凍りつかせることが上手い。

 と、いうか、普通にイジワルですよねこの人……。


「どういうことだ?」


 少しの間を置いてから明黒くんが口を開きます。例の邪竜も不幸の匂いに惹かれてきたのかちゃっかりとその姿を表しており、いやほんと、やめてくださいよ……。


「なんでもありません」


 わたしはキッパリと撥ねつけるように言いました。


「本当か? もし助けが必要なら協力は惜しまないつもりだ」

「ありがとうございます、明黒くんはやさしいんですね。でも本当に大丈夫ですからお気になさらずに。……さて、帰りますか」


 言い切って立ち上がると、窓の外はもうすっかり日が暮れていました。


「この麻雀セット、ここに置きっぱなしにしてもいいかな? かさばるし重いからさ」

「……まぁ、構いませんが」

「ありがとー! そんじゃまた明日っ」


 ついさっきまでのヤサグレ具合はなんだったのか、月美さんはふわりと軽快に笑ってみせるとさっさと部室から出て行きました。

 こういうのを「気持ちの切り替えが早い」と言うのでしょうか。微妙に違うような気はしますが……。


「よし、俺達も帰るか」


 斎堂くんが立ち上がると、白猫ちゃんが彼の腕からわたしの胸へと飛び込んできました。かまってほしいのか、ふわふわの頬をすり寄せてきます。


「見ての通りなので、わたしは少し遅れていきます。すぐに追いつきますので先に行っててください」


 会員達が出て行った後、わたしは猫ちゃんを適当にあしらいながら牌をケースに片付けたりプレイマットをまるめたりして適当に時を過ごし、それから部室を後にしました。


 外はもう真っ暗で、部室棟の横に設置された古びた電灯が唯一の明かりという状態です。虫の声をBGMに、遠くから野球部の喧騒らしきものが聞こえてきます。

 わたしは足元に気をつけながら錆びついた階段を一歩一歩降りていきました。

 踏みしめるごとにカツン、カツン、ギシギシという時代を感じさせる音を出すこの階段ですが、一段だけ微妙に異なる足応えを感じたので足下を確認してみます。

 すると、そこには一冊のキャンパスノートが落ちていました。

 とりあえず拾い上げ、電灯の下まで移動して表紙を確認してみましたが、そこには名前も、タイトルらしき文言の記載もありませんでした。しかし新品というわけではなく中々に使い込まれている印象です。

 わたしは何の気なしにパラッとページをめくってみたのですが――




ごくつぶし、肌が荒れてる、役立たず、みじめ、いらない子、生きてて楽しいのかな?、おっぱいが小さい、弁当箱が安っぽい、もう来るなよ、まだいる、こいつと同じ班か……、不純物、恥ずかしくないのかな、服がダサい、ごみくず、使えねえな、反抗的、いつも一人でいる、なんでいるの?、痛々しいんだよ、底辺、こんな子生むんじゃなかった、いじきたない、土下座させてやろうか?、やっかいもの、育ちが悪そう、虫とか平気で触りそう、ひたすら面倒くさい、あーあコイツと一緒か、死ね、なんなの?、強がってる、黙って言うこと聞け、どうしようもない、底辺階級、きたない、どっか行け、なにアレ……、お先真っ暗、馬鹿じゃないの?、楯突くな、弱っちい、卑屈そう、邪魔者、暇だしあいつにちょっかいかけてみるか、みすぼらしい、あまりもの、低層住民は黙ってろ、やっかいそう、消えろ、実は性格悪いんじゃないの?、天然を演じてそう、なんか嫌い、底辺のくせに周りのこと見下してる、卑屈なくせに意地っ張り、何考えてんの?、妙に頭良いのがムカつく、昨日と同じ服、なんであんなやつが……、死ねばいいのに、貧乏くさい、昨日も同じ服着てなかった?、友だちいなさそう、貧乳、ああいう風にはなりたくない、上履きが汚い、イジメられてそう、なにアレ?、服がほつれてる、なに考えてるんだかわからない、ダサい、テイショトクソウ、あかぬけない、貧相、髪のカットが雑、胸がない、余ったパンの耳とか食べてそう、うわ…こっち見たよ、話しかけたくない、なんとなく近寄りがたい、自分のこと可愛いとか思ってそう、家もボロいんだろうな、関わってこないでほしい、哀れでかわいそうな人、自分より下の存在がいると安心する、なんか哀れ、一緒にいたくない、貧乏人が、近寄るな底辺、ひとりぼっち、こっち見るなよ、育ちが悪そう、めんどくさそう、弁当のおかずがショボイ、なまいき、調子に乗ってる、なんか反抗的、貧しい乳、…………




 正直、ゾッとしました。

 ノートの中身は膨大な数のネガティヴな言葉によって端から埋め尽くされていたのです。

 執拗。

 狂気。

 絶望。

 無力。

 嫉妬……、

 ノートに込められた呪詛のような引力にひっぱられたのか、わたしの脳裏にも様々なネガティヴ・ワードが浮かんでは消えてを繰り返します。

 どうやらわたしは、トンデモナイものを拾ってしまったようでした。


 見なかったフリをして帰宅するのことも考えましたが、しかしそこは数多の変態の性的妄想を見せつけられてきたこのわたしです。不意打ちをくらってビビリはしたものの、この程度の狂気にはまだまだ耐性があるのもまた事実……。

 なので、ここはあえて首を突っ込むルートを選択しましょう。

 落とし主もきっと困っているでしょうからね。こんなところに放置してしまい、もし心ない人に拾われでもしたら碌な事にならないのは火を見るより明らかです。

 わたしはノートを鞄の中にしっかりとしまってから校門へと歩き出しました。

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