第07話

 1時間30分後――。


「へへーん! どう? どう? ねえキミたち、今どんな気持ち? 馬鹿にしてた相手にコテンパンにやられて今どんな気持ち?」


 コテンパン……というほど圧倒的な大差というわけではありませんが、一回戦終了の時点でわたしが二位ッ……! いえ、麻雀というものは運要素の強いゲームですから、いくらわたしでも常に一位になることなど不可能なのですが……、なんというか、どうも妙な感じがします。


「あー、負けちゃった~。五千円かー……うへー」


 机の上に突っ伏している矢間口さん(四位)はよくわかっていないようでしたが、三位の明黒くんもわたしと同じことを感じ取っていたようで……、


「天衣会長、ちょっと作戦会議をしよう」


 わたしを室外へと誘い出しました。

 外に出ると、空はもうすっかりオレンジ色に染まっていました。

 やわらかな午後の風が頬をなでます。


「きみはどう思う? 月美のあの妙な打ち筋(プレイング)」

「はい。わたしも少し変だと思ってたんですよ」


 麻雀は運の要素も大きいですが、実力の差はある程度そのプレイングに現れます。月美さんのそれはパッと見る限りは並以下なのですが、肝心なところではバッチリ決めてくるというか……身も蓋もない言い方をするなら、


「まるで、こちらの手配が透けて見えているかのような……。特にこっちが弱気な時は、その“悪い予感”があたるというか、どうもそんな感覚があります」

「そうだな、逆に言えばそれ以外は大したことないんだが。あれはただ運が良いだけってわけでもなさそうだ。道具は全て月美の用意したものだし、唐突に金を賭けようなどと言い出しのも彼女……、そしてなにより、開始前に妙な自信を見せていたのが気にかかる」

「わたしの眼を欺いてイカサマやるってのも考えにくいんですけどね……」

「これといって怪しい動きもなかったしな。ああ、気になる。俺はあの娘が気に……ん? なんだ、俺は何を言ってるんだろう」


 明黒くんが呟いたその瞬間、わたしはゾッとしました。

 邪竜が……明黒くんの心に巣食う魔物が、彼の性癖の象徴が、ついにその姿を表したのです。


「……ッ!」


 見えたのは一瞬間。

 しかし、邪竜は確かにそこにいました。

 二足歩行タイプの黒い竜は、その両手両足を太い鎖で繋がれていて身動きできない様子でした。

 そのことからまだかろうじて封印状態を保っているように見えましたが、赤く光る瞳は今にもその鎖を引きちぎらんばかりに怪しい輝きを放っていました……。

 確かに、理屈として考えれば納得のできる話ではあるかもしれません。

 月美さんは黙っていれば“マッチ売りの少女”的な風情のある美少女です。貧乏=不幸、と単純に考えてしまうなら、安っぽい薄汚れた服を身にまとっている彼女の外見は“薄幸フェティシズム”を持つ明黒くん的にはきっとストライクなのでしょう。

 わたしは無意識のうちに一歩、後退りをしてしまいます。


「どうした? 天衣会長」

「い、いえ……。それより、わたしにいい作戦があります」


 わたしは慌てて話題をそらしました。


「作戦?」

「簡単ですよ。わたしと明黒くんでタッグを組んで、月美さんを倒すんです」

「うむ……。しかし、それは少し卑怯じゃないか? まだ月美がズルをしていると決まったわけじゃない」

「無論、このことは月美さんにもお話しますよ。つまりはコンビ打ちというわけです。一位と四位、二位と三位でチームになるんです」



「――と、いうわけで、いかがですか月美さん? 二回戦はコンビ打ちルールでやりましょうよ。負けたチームのリーダーが勝ったチームのリーダーに五千円払う、リーダーはもちろん、わたしと月美さんです」


 部室内に戻ったわたし達は、席に着くなり新ルールの提案を行いました。


「えー、なんでそんなことしなくちゃいけないの? 一位と四位、二位と三位でチームってことは、わたしはこの雑魚に足を引っ張られなくちゃいけないってことじゃん」

「雑魚でごめんね……」


 四位の矢間口さんは曖昧に苦笑いしたあとにこう続けます。


「でも、わたしは賛成かなぁ。強い人と同じチームって心強いし」

「そ、そう?」

「わたしとしても、普通の方法ではあなたには敵わないと思ったのでこのような苦肉の作を考えるまでに至ったんですよ」

「わかったよ! そこまで言うなら仕方ないなぁ。その条件で受けてあげる」


 そういうわけで、二回戦がスタートしました。

 ジャラジャラジャラ……。



「……そういえば、明黒くんのご両親ってなにをやっている方なんですか? 転勤が多いと聞きましたけど。……と、リーチです」


 このようにしてはじまった二回戦ですが、特筆すべきことはなにも起きずに着々と回が進みます。

 しかしこの時、わたしはそこそこ良い手でテンパイしたので余裕の雑談をかましながらリーチをしました。これは勝てる手です。


「チッ」


 すると、対面の月美さんがチラリとわたしを窺ってから舌打ちしました。

 そういうことやってると嫌われますよ……。


「百貨店関係だよ」


 悪い空気を遮るように、明黒くんが答えます。


「なるほど、すごいですねえ」

「ホント、すごいよね。わたしの親なんか潰れそうな惣菜屋にいつまでも執着してるからさあ……。最近はコンビニ風に改装したりしてるけど傷を広げてるだけって感じで。ホント、無能って悲しいよ」

「お前、自分の親のことを――」

「なに?」


 牌を切り飛ばしながら、月美さんが発言者である斎堂くんをにらみつけます。

 斎堂くんは子猫を抱えたままおじけずいたように彼女から眼をそらしましたが、


「あんまり、悪く言うもんじゃねえぜ……」


 小さな声で付け足すように言いました。

 その直後です。


「……じゃあキミは、なまごみを食べたことってある? そんなものしか食べられるものがなかった時の惨めさを知ってる?」


 月美さんが呟いたこの言葉で、部屋の中はかっちりと凍結してしまったかのようにシンとなってしまいました。


「なにも知らないくせに善人ぶったこと言わないでよ、腹の中ではわたしのこと馬鹿にしてるくせに……」


 その沈黙を破ったのもやはり月美さんで、彼女は淡々とそんなようなことを言って自分の牌に眼を落としました。こうなってくるともうみんなだんまりお葬式ムードです。

 時間が、引き伸ばされたように長く感じられました。

 わたしはなんとなしに手元の牌を眺めながら自分の番を待っていましたが、いつまで経っても自分の番が回ってきません。

 ふと顔を上げると、明黒くんが右手にドローした牌を握りながら月美さんの横顔を見つめています。

 

 あの、黒い竜と共に……。


 わたしの額から一筋の冷や汗が流れ落ちました。

 再び姿を表した邪竜はその赤く輝く瞳で月美さんを見据えていましたが、なによりわたしを焦らせたのは、邪竜の左手を拘束していた鉄の鎖が粉々砕け散っている点でした。

 おそらくは、今の月美さんの自虐発言に明黒くんの有する変態性欲が反応した結果でしょう……。

 魔物を封印している鎖は、あと三つしかありません。


「明黒くん!」


 わたしが叫ぶと、彼は我に返ったかのようにハッとなって握った牌に眼をやりました。同時に邪竜も消え去ります。


「……あなたの、番ですよ」

「あ、ああ。……悪いな、なぜだか知らんが、少しぼーっとしていたようだ」


 こうしてプレイは再開されましたが、それにしても待っている牌が来ませんねえ。

 『単騎は西で待て』の格言の通りわたしの待ちは「西」単騎です。つまり中々にアガリやすいはずなのですが。

 うーん。

 どうにも来ないですねえ……。かなり早い段階でリーチをかけたのにこのザマとは。はぁ……西単騎待ちは失敗だったんですかね……。ここは西ではなく、手堅くあっちの牌で待つことにしていれば……。

 そんなことを考えている内に、あっさりと流局してしまいました。


「あ、わたしテンパイ」


 局の終わりに月美さんが牌を開けると、なんとそこには「西」の姿が!

 しかしどうにも不自然な役作りです。

 まるで、「絶対に西がアタリだ」と確信していたかのような。そうでなければこんな形にはなりません。


「いつからわかっていたんですか? その西がアタリ牌だと」

「んー、途中から、なんとなくね」

「どうしてです?」

「だから、なんとなくだよ。天性の勘ってやつ?」


 月美さんはなんでもないことのように言いました。

 そう言われてしまうとこちらとしても反論のしようがないのですがどうにも変です。

 こんなようなことがちょくちょくあるものですから、一回戦の時に感じていた違和感はますます強くなっていきました。

 今現在は月美さんチームが僅かにリードしていますが、そんな中、チャンスは唐突にやってきます。


「ッ!」


 なんと! 最初から三元牌が二枚ずつ揃っているではありませんか! これはツイてます! イケます!


「(明黒くん! 三元牌持ってますか?)」


 わたしがパートナーに眼で合図すると、明黒くんはニヤリと笑いで返してきました。どうやら持っているみたいです。

 その後、わたしは彼の協力もあり早々に役満をテンパイしました。


「どうします月美さん? 大三元確定ですよ~。今回はわたしの待ち、見えてるんですか?」

「うるっさいなぁ、今考えてるんだから黙っててよ!」


 月美さんは自分の牌を睨みつけながらイライラ口調で言いました。

 その様子だと安全牌がないようですね。これはさっそく振り込んじゃいますか? わたしの待っている牌は再び「西」です。まさか二連続で「西」とは思わないでしょうし、これは、出ます!


 西、来い!

 西!

 西!


「よし決めた! これでわたしもリーチ!」


 バーンッ、と、緑のマットの上に勢いよく牌が置かれました。

 わたしは祈るような気持ちで月美さんの指先を凝視します。

 彼女の指はゆっくりと牌から離れ、そこに刻まれた模様を徐々に明らかにしていき、そして……。


 牌の全容が明らかになった時、わたしは自らの勝利を確信しました。

 出ました! 

 西!

 役満成立!

 どうですか月美さん、これが麻雀です。

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