第06話


「わたしって、嫌われてるんですかね……?」


 放課後。

 部室という名のボロ部屋でわたしはポツリと呟きました。

 斎堂くんは漫画から、矢間口さんは携帯から顔を上げて「え?」みたいな面持ちでわたしのことを見やります。

 子猫ちゃんだけは平常運行で、床に直置きされたキャットフードをぺちゃぺちゃ音をたてながら貪っていました。毛並みは多少汚いのですが、こうして見ると本当にぬいぐるみが動いているかのようです。

 作り物のような可愛らしさとはまさにこのこと。

 そういうわけで、今、部室にいるのはこの三人と猫ちゃんだけでした。


「わたしって気持ち悪いですか? ウザいですか? めんどくさいですか? イジメてやりたくなりますか?」

「おいおい急にどうしたんだよ、お前らしくもねえ。なぁ矢間口?」

「う、うん。会長、なにか嫌なことでもあったの?」


 わたしは二人に事の経緯を説明しました。

 上履きにトラップが仕掛けられていたこと。

 個人ロッカーが卵まみれになっていたこと。

 海野さんたちは今回の件に関係がないこと。


「そりゃ酷えな……。先生には相談したのか?」

「いえ、あまり事を荒立てたくないので。それに万一お母様の耳に入ったらと考えると……ああ、想像したくありません。彼女は心配性なんですよ」

「で、でも会長は悪くないよ! 確かにちょっと個性的で変わってるとこあるし、馬鹿でナルシストで音痴で変態だけど、あたしは会長のこと好きだよ!」

「そうですか。ありがとうございます……」

「いやいやそこはツッコム所だろ、馬鹿にされてるぞお前」

「しかしまぁ、こうも連続で嫌がらせを受けるとプラチナメンタルのわたしでも多少は気が滅入るというものです。知らず知らずのうちに疎まれてたんですかね……」


 壁際に設置された埃っぽいベットによりかかり、わたしはテンション低めなまま言いました。

 手近な位置に転がっていた孫の手で猫ちゃんにちょっかいを出してみますが、キャットフードに夢中な彼はまるで見向きもしてくれません。

 パイプの丸椅子に座って足を組んでいる矢間口さんは、携帯をポケットにしまい改めてわたしの顔を見やります。


「んー……。でも真面目な話、あたしと会長は去年同じクラスだったけど、嫌われてるようには見えなかったけどなぁ。浮いてる感じは少しあったけど。まぁ、それだって悪目立ちって感じじゃなかったし、友達も多いほうだよね。斎堂はもっと前からの知り合いなんでしょ?」

「まぁな。だがこいつに関する話は色々とありすぎて――」


 斎堂くんが話し始めた時、おんぼろなドアがギィィと開いて明黒くんが姿を表しました。

 来ましたね、変態!


「今日からよろしく、お三方」

「……ああ、よろしくお願いします。こちら新入会員の明黒くんなんですが……紹介はいりませんよね?」



 初期メンバーの二人はちょっと面食らった様子を見せましたが、新たな会員を喜んで迎え入れました。猫ちゃんは一瞬顔をあげましたが、すぐにまたキャットフードにとりかかります。

 そして当然、話の流れはさっきの続きになるのですが……、


「斎堂くん、矢間口さん、ちょっとよろしいですか?」


 わたしは二人を手招きして、一旦部室の外に出ます。

 二人が部室から出てくるのを待ってから、わたしはこっそりと耳打ちしました。


「さっきの件ですが、明黒くんには話さないでおいてください」

「え? どうして?」


 あの人は他人の不幸に対して性的に反応する超変態ムッツリ男です。

 幸いその変態性欲は現在封印状態にあるようですが、眠りを覚まさないためにもこの手の話題は絶対に避けるべきでしょう。

 不幸という名の蜜の味で彼の中の邪竜を刺激してはいけないのです。


「いえ……、せっかく入会してくれたんですから、もっと楽しい話題で盛り上がりたいなと思いまして」

「まぁ、それもそうだよな」


 二人はすんなり納得してくれたようで、わたし達は部屋の中に戻ろうとしました。

 その時です。


「あ、やっと見つけたよ~。天衣ちゃーんっ!」


 茶色く錆びついた部室棟の階段をトンカントンカン駆け上がりながら、一人の女の子がわたしの前まで走ってきました。なにやら妙な大荷物を抱えている彼女は、昨日知り合った月美さんです。


 よれよれのTシャツに色の褪せたジャージと相変わらずみすぼらしい格好をしていますが本当にかわいいですね……。

 全体にすっきりとした顔立ちで、特に優しそうな眼が素敵です。幼さを残した小動物っぽい趣もありますが決して弱々しい感じはなく、しっかりしとした意思の強さもうかがえます。

 そしてこのつややかな黒髪……とくればまさに完璧なのですが、肝心の髪型が乱雑適当カットなのが惜しい……。自分で切ってるんですかね?

 まぁとにかく、ガワで損をしているものの素材だけならわたし(美少女ランキング200人中第9位のわたし!)以上であることは認めざるを得ないでしょう。ううむ。


「研究会やってるっていうから探してたんだけどさー。こんな変な所にあるなんて知らなかったよ。灯台下暗しだね!」

「どちら様? 会長の友達かな?」

「ええ、まぁ。つい先日危ないところを助けていただいたんですよ。トイレまで体操着を届けてもらったんです。それで、なにかご用ですか?」

「遊び相手を探してたんだよね。天衣ちゃん、暇でしょ? 麻雀やろうよ麻雀」

「はい、超暇です。それどころか新入会員歓迎のために楽しいレクレーションを思案していたところなので調度良かったですよ」


 中間テストが近いので本来なら勉強しなくてはいけないのですが、斎堂くんと矢間口さんにそのことを思い出させないためにもわたしは食い気味に返答しました。

 と、いうかその大荷物は麻雀牌のセットとプレイ用のラバーマットだったんですか。


「じゃあよかった。断られたらどうしようかと思ってたんだよ。わたし、友達いないからさぁ」

「しかし麻雀とはまた微妙な所をついてきますね……。まぁとりあえず中に入ってください」


 わたし達はぞろぞろと部屋の中に戻りました。

 この狭い空間に五人プラス一匹。もう結構ギリギリな感じです。

 月美さんは嬉々としながら麻雀マットを背の低いテーブルの上に強引に広げました。ふわりと埃が舞い上がります。


「なんだ、急にどうした?」


 明黒くんが当然の疑問を口にしました。


「突然ですがこれから麻雀大会をやることになりました。はい、麻雀のルール知ってる人ー」


 わたしが手を上げると、意外にも(?)斎堂くん以外の全員が挙手をしました。


「あれ? 斎堂くんできませんでしたっけ」

「いやむしろ、なんでお前らは当たり前みたいにできるんだよ!」

「家庭環境の違いじゃない? いやー、でも麻雀なんか久しぶりだよー」


 言いながら、矢間口さんがせっせと点棒を振り分け始めました。

 ノリ気なんですね……。



 それからあらかたの準備を終えて、さあスタートと言った所で月美さんが口を開きました。


「レートは点棒一点につき一円でいいよね?」


 一瞬、皆が「ん?」という顔になります。

 数秒の間をおいてから、


「金を賭けるということか?」


 明黒くんが言いました。


「もちろん!」

「待て待て、聞いてないぞ」

「なに? 怖いの? 怖気づいちゃった? えーと、明黒くんだっけ、男のくせに意気地なしだね」

「む……」


 明黒くんは黙ってしまいました。

 しかし、麻雀というだけでも多少危ない香りがするというのに、放課後の校内で金を賭けるとなれば不健全度はMAXです。しかも舞台はボロアパートを改造した薄暗い部室。うーん、なんか偏差値35の荒れた高校みたいですね……。

 これでもギリギリのラインで進学校のはずなのですが。


「月美さん、わたしは七色の才能を持つ天衣美羅です。当然、麻雀も普通の人より上手いですよ。レートなんて設定したら困るのはあなたのほうだと思うのですが……」

「ふーん、だから何? だったらわたしからたっぷり搾り取ればいいじゃん」


 強そうな顔には見えませんが、月美さんはずいぶんと自信があるようでした。


「人は見かけによらないんだよ? 知ってた? 天衣ちゃん」

「まぁちょっと待て。麻雀漫画は読んだことあるからプレイはできない俺でも知ってるんだが、一点一円ってことは下手すりゃ二、三万の負けもあるってことだぜ?」


 猫ちゃんを抱いた斎堂くんが口を挟むと、月美さんはちょっと怒った様子で返答しました。


「そんなことは言われなくても知ってるよ。大丈夫だって負けた分はちゃんと払うから。負けた分は、ね」


 かわいい顔して小生意気というのも一種の萌えですよねー。

 いわゆる腹黒ロリともちょっと違う路線で中々に味わいがあります。


「だがよぉ――」

「あーもううるさいなあ! やらない奴は黙っててよ! こっちはバイトクビになっちゃって大変なんだからさあ……。あ、もしかしてわたしの事信頼してない? 踏み倒すとか思ってる? ああ、そりゃそうだよね、こんな薄汚い格好してる娘が万単位のお金払えるようには見えないもんね。ごめんなさい。底辺でごめんなさい」

「うぐ……。誰もそんなこと言ってねえだろうが……。ちょっとひねくれ過ぎだぜ、お前……」


 斎堂くんはバツの悪そうな顔でおずおずと言いました。

 言葉尻はごにょごにょと消えゆくようで情けないです……。


「……いつまでもこんな事をやっていたのでは埒が明かない。点棒で計算するのではなく、単純に四位が一位に五千円払う。これでどうだ? 俺も麻雀には多少自信がある。月美と言ったか、あとになって泣き言はなしだぞ」

「仕方ないなぁ……。でも、そのショボイ金額だったら二回戦はやってもらわなくちゃ。良いよね? 二回戦で」

「わたしは構いませんが」

「うん。それならまぁ」


 このようにして麻雀大会が始まりました。

 ジャラジャラという不健全な音が狭い部室の中に響きます……。

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