第04話


 その後のわたし達は三十分くらい適当なお話をして、それから病室を出ました。

 スライド式のドアをパタンと閉めると、明黒くんが呟きます。


「天衣さん、俺はきみのことを少しばかり誤解していたのかもしれない」

「と、言いますと?」

「最初に会った時はただふざけているだけの馬鹿としか思えなかったんだが……なんと言っていいのか、大変なんだな、きみも」


 微妙にバツの悪そうな顔で明黒くんは言いました。

 む……。

 彼もまた、わたしに同情めいた感情を抱いていると言うのでしょうか……。

 否定するのは簡単です。

 『上から眼線で情けをかけるな!』と逆上する人もいるでしょう。

 しかしそこはわたしです。

 わたしは、この新たに発見した萌え属性の威力を試してみたくて仕方がありませんでした。

 目指すは健気で薄幸な美少女!


「わたしが暗い顔をしていると、妹たちの気持ちも沈んでしまいますから。無理にでも笑顔を作ろうと心がけているのですが……」


 我ながら恥ずかしくなってくるくらいしめっぽい台詞です。普段のわたしなら絶対言いません。


「そうか……、兄弟は何人いる?」

「小学生と中学生の妹が一人ずつ、それから姉が一人います。姉はわたしと違って頭の良い人でしてね。地方に下宿して国立の大学に通っているんですよ」

「すると、きみもやっぱり大学を目指すのか」

「いえ、それは経済的にも(学力的にも)難しいと思います。父は毎日フラフラしていて何をやっているんだかわからないし、母はご覧の通りなので……。わたしも僅かながらアルバイトをして家系を支えてはいるのですが、母が元気だった頃の蓄えを切り崩すことでなんとかその場を凌いでいるのが現状なんです。だからわたしは、高校を卒業したらすぐに働こうと思っているのですよ」


 わたしは斜め下を見つめながらやや暗いトーンで話します。

 大学なんて絶対行きたくないと思っているわたしにとってこの状況はむしろ好都合なんですけどね……。お母様はあれで強情なところがありますから、こんな状況でもなければ進学を強要してきたに違いありません。


「……きみは、それでいいと思ってるのか? 本当に自分で納得しているのか?」


 少し間を開けてから、明黒くんが聞いてきました。

 ゆっくりと白い廊下を歩きながら、わたしはトドメの一言を発しようかと考えていました。

 『納得してるわけないじゃないですかッ……! でも、こうするより仕方がないんですよ……!』

 みたいな感じで唐突に感情的になり、フッと涙を流してから、しかし泣き顔は見せずに


 『ごめんなさい……やっぱり、少し疲れているみたいで……』


 と繋げる。

 どうですかこの薄幸感!

 必死になって理不尽に耐え、抑えこんでいた感情が不意に漏れだすこの感じ……超萌えますよね!?

 わたしなら思わず抱きしめてあげたくなります。

 しかしながら今日あったばかりの人にそこまでやるのは少々行き過ぎな感じもあるため、ここは無難にプランBで行きたいと思います。


「もちろん、納得した上での決断ですよ。……“妹達には、わたしと同じ思いをさせたくありませんから”」


 全てを諦めたような淡い微笑みと共に、わたしは言いました。

 これは確実に決まりましたっ!

 妹を気遣いつつ、現在のわたしが不幸を感じている事をさりげなくアピールし、その上で気丈な強さと自己犠牲的な精神をも見せつけることができるこの一言……。

 まさに名台詞です(だからドラマとかでよく聞くんですかね?)。

 これを喰らって少しでもドキッとしない人は珍しいでしょう。


 わたしは横目で明黒くんの顔をうかがいました――

 瞬間、わたしは戦慄します。

 そして凍りつきました。

 ゾッとするような寒気がつま先からぐわっと駆け上がってきます。

 明黒くんの面持ちがおかしかったわけではありません。そこはむしろ至って普通と言えました。

 そうではないのです。

 奴が……。

 前回も感じた、あの得体のしれないバケモノの気配……彼の性癖を象徴する異型の怪物の……邪気、そうです、邪気とでも言うべき存在感が、わたしを震え上がらせました。

 ほんの一瞬ではありましたが、わたしは確かに邪竜の息吹をこの身に受けたのです。

 

 間違いありません。明黒くんは、超ド級の変態性欲者(スペシャル)です。


 彼はとんでもなく凶悪な何かを、当人の自覚すらなしにその身の奥に封印している……。

 嫌らしく、理解不能で、狂気的ななにかを……。

 拷問、陵辱、死体愛好だって朝飯前のこのわたしをも“引かせる”程度の変態性欲を、彼は抱え込んでいる。


 明黒くんはやはりというべきか予想以上のムッツリでした。

 今現在は封印状態にあるので性に関してはウブな小学生みたいになっている明黒くんですが、仮にこの性癖を完全に覚醒させてしまったら?

 ああ、考えるのも恐ろしいです。

 そもそもですよ。

 今のわたしが狙ったのはあくまで“薄幸萌え”であり、(性的に)興奮させ劣情を煽ろうなどという意図はこれっぽちもありませんでした(ああ、こう見えてもわたしは純潔なのです。もっとも、妄想の中では何度○○されたか知れませんがね……)。


 第一からして“薄幸萌え”なんて言うものはあくまで単なる萌え要素の一つなのであって、決定打にはならないタイプの属性でしょう。

 しかし、明黒くんはこの“薄幸萌え”に対して異様な反応を見せました。

 明らかに性的興奮の予兆を示していました。

 性的興奮……!

 明黒くん、あなたは少女の不幸を肴(おかず)に愉しもうとでも言うのですか?

 まったくとんでもない人です。


 ともかく、わたしは明黒くんのこの性癖に暫定的な名前をつけることにしました。

 “薄幸萌え”に対してここまで異様な反応を示す倒錯具合……彼にとって薄幸は“萌え”なんていう生易しいものではなく、ある種の“呪い”として機能しているこの性癖。

 名づけて『薄幸フェティシズム』!。

 部室で見た時の生ごみのイメージとこの性癖が関連しているのかどうかは不明ですが、とにかく、彼の性癖を覚醒させてはならないとわたしは強く思いました。

 封印されているのなら、ずっと封印されたままのほうがいい。

 これはそういう類の性癖で、明黒くんはそういう類の変態です。

 彼の中の邪竜が完全に眼を覚ましてしまったら、薄幸フェティシズム程度では済まない、もっと異様な変態性欲が引きずり出されてきてしまう……そんな気がしてなりません。


「……そうか、頑張れ」


 廊下の先を見つめながら話す明黒くんは、あいも変わらずのポーカーフェイスでした。

 その後、病院の玄関で別れる際に、彼は面と向かってこう言ったのです。


「週初めから色々な部活を見て回っていたのだが、どうもしっくりくるものがなくてね。いやなに、こう見えても中学の時は野球部でピッチャーだったのだが……だからと言うべきかな、運動部はもうたくさんなんだ。今日見学に行ってみて改めてそう思ったよ。そういうわけなので、よかったらきみの研究会に所属させて欲しい。……どうかな」

「そ、それはありがたいですが……。具体的にどこが気に入りまして?」

「いやなに。自分でもどういう了見かわからないんだがね……。天衣さん、俄然きみという人に興味が湧いてきた。入会希望の理由としてはそんなところだな」

「つまり、わたしの魅力に惹かれて、ということでよろしいですか?」

「そういうことにしておこう」

「……わかりました。では、放課後になりましたら例の部室に来てください」

「ありがとう。ではまた明日」


 言って、明黒くんは踵を返して病院の奥へ消えていきました。

 わたしはその背をじっと眺めながら思います。

 『もう彼の前で不幸面をするのはやめよう』

 まったく、慣れないことはするものではありませんね、本当に……。

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