第03話


 それにしても明黒くんのアレは一体なんだったのでしょう。

 確かに、その人の性癖を象徴するオブジェクトが性癖そのものとは直接関係のない姿として見えてくる……ということはあります。


 ベタな例ですが、「燃えるような○○○がしたい!」と思っているような人の心を覗くと鬣(たてがみ)が炎になっているライオンみたいなモンスターが見えたりとか、そんなノリです。

 しかし明黒くんのアレはその手の抽象化されたオブジェクトではなく、はっきりとした性的嗜好の一部であるようにわたしには感じられたのですが……謎は深まるばかりです。


 この日の放課後、わたしはお母様が入院している総合病院に足を運んでいました。

 規模が大きく内装も今風にスタイリッシュなので、こう言っては誤解を受けるかもしれませんが、わたしはこの場所がそれなりに好きでした。ほのかに漂う薬品のフレーバーも悪くありません。


 わたしは慣れた足取りでお母様の病室へ向かおうとした――のですが、ずらっと並べられた待合用のソファの上に、見かけたことのある顔、というよりつい二、三時間ほど前に見た顔を発見してしまいました。


「明黒くんじゃないですか」


 わたしは彼の隣に腰を下ろしつつ声をかけます。

 彼は足を組んで病院のものであろうオレンジページを読んでいました。


「ああ、きみは……」

「勉強、スポーツ、音楽以外ならなんでもこなせる、オールプレイヤーにして才能の集合体こと天衣美羅です」

「どうしてその天衣さんがここに?」


 明黒くんはオレンジページをパタンと閉じました。

 自己紹介ネタは完全スルーですか……。


「……母が入院してましてね。そういえば、明黒くんのおばあさまもご病気だとか言ってましたっけ」

「そうなんだよ、奇遇だな。今はちょっと会えないみたいなんで、こうして時間を潰しているわけなんだが」

「オレンジページなんて読んでいても退屈でしょう。お母様の病室で一緒にお茶でもどうですか」

「しかし、いいのかな」

「頻繁に二人で合っていると話のネタも尽きてきましてね……。リンゴも毎度余る傾向にあるので食べていただけると幸いなのですが」

「わかった。お邪魔しよう」


 明黒くんはポーカーフェイスのまま立ち上がりました。

 わたしも人のことを言えた義理ではありませんが、この人も大概表情に乏しいですね……。こういう人はムッツリの可能性が高いのですが、はたして。

 わたし達はエレベーターを使って三階まで移動すると、個室のあるエリアまでやってきました。廊下は少々狭いですが綺麗に磨かれ、隅っこには偽物の植物が入った鉢植えが置かれています。

 表札を確認してからドアに手をかけ入室すると、お母様は起き上がってカバーのかかった文庫本を読んでいました。

 腕には点的の針がささっています。


「お母様、三日ぶりですね」


 わたしが言うと、彼女はチラリとこちらに眼をやり、それから明黒くんを見やりました。少し不思議そうな目つきです。


「そちらの方は美羅ちゃんのボーイフレンド?」

「はい、そうです」


 わたしが答えると彼はなにか言いたげな顔で一瞬こちらに目を向けましたが、結局のところ何も言わずに会釈をしました。わたし達は部屋の隅に置かれていた緑の丸椅子を引っ張ってきてベッドの横に腰掛けます。


「明黒くん。あなたは口では興味がないと言いながらも、心の奥底では恋愛を……ラブコメを望んでいるのです。理想の少女が目の前に現れることを求めているのですよ」

「いきなりなにを言い出すんだ。さっきの占いの続きのつもりか? もしそうならまったく無根拠な話だぞ。所詮、占いなんてこんなものだ」

「わたしの恋占いに間違いはありえません」

「間違いのない占いなど存在しない」

「……わかりました。そこまで言うのならこの天衣美羅が直々に、あなたの心を射止めてやまない理想の恋人を見つけ出して差し上げます!」

「ほう、これはまた随分と大見得を切ったものだな。しかし俺の異性への恋愛的な意味での興味はゼロだ。ゼロにいくら数字をかけても答えはゼロだぞ、天衣さん」

「それはどうですかねえ? 自身でゼロだと信じ込んでいるだけで、実際は……ってこともありえますよ?」


 わたしが言うと、明黒くんは反論しようと口を開きかけたようでしたが、そこにお母様がゆったりと割って入りました。


「まぁまぁ、二人とも仲が良いのね。明黒さんと言ったかしら、美羅ちゃんをよろしくおねがいしますね」

「い、いえ、俺は……」

「ああ、深い意味はないからそんなに固くならなくてもいいのよ。……そういえば美羅ちゃん、今日は変な格好してないんだね」

「魔法使い風ローブのことを仰っているなら、あれは変な格好ではなくわたしの聖衣です」

「そうだったわね。……あら、ちょっと痩せたかしら」


 お母様は骨ばった手でわたしの頬に触れました。


「そうかもしれません、最近気苦労が多いですからね……。もうほんと、嫌になりますよ」


 主に小テストとか中間テストとか期末テストのことですが……。特に今日はトイレで過激な遊びをした後に部室で百二十分も勉強させられたので本当にへとへとです。

 しかしお母様はわたしの言葉を無駄に重く受け止めたようで、


「ごめんなさいね……、本当に、あなたにばかり苦労をかけて……」


 急に悲しげな面持ちになると、時代劇のワンシーンみたいなことを言い出しました。

 『お前にばかり苦労をかけて……』からの『それは言わない約束でしょ』は、『越後屋お主も悪よのう』→『お代官様こそ』に次ぐ有名カットだと思います。

 わたしはノリよく『それは言わない約束でしょ』と言おうとしましたが、万一ネタが通じなかった場合のグダグダ感を考え普通の返答をすることにしました。

 そもそも、わたしはこの手のしみったれた精神があまり好きではないのです。

 いえ、見るぶんには良いのですが体現するのは気がひけるのです。


「苦労なんてしていませんよ。わたしには家事全般の才能があるのでお母様がいなくても大丈夫です。第一、お母様は心配性なんですよ。お父様を見てください、あの自由奔放ぶり。ここ最近は自宅に帰ってくることのほうが珍しいくらいですよ」

「まったくあの人はどうしようもない人だよ……」

「それだけ、わたしへの信頼が厚いということですよ。二人の妹のことも含めて、家のことはほぼ全てわたしに一任してくださってますからね。ですからお母様ももっとわたしの実力を信用してください。お母様はご自身の身体のことだけを考えていればよいのです」


 わたしの成績のこととか本当に気にしなくていいですから。それだけはマジでお願いします。お母様がいつ斎堂くんに口添えしたのかは知りませんが、今日はそのせいで酷い目にあいましたから。

 わたしの言葉を受けたお母様は、またもしんみりとした調子で自身の膝元を見つめながら言いました。


「そうね。美羅ちゃんは、強い子だものね……」


 うっすらとした力ない微笑みと共にその言葉は発せられます。

 わたしはこの時、妙な寒気のようなものを感じました。

 確かにわたしは強い(と、いうより最強)ですが、お母様の言葉の中の『強い』は通常の意味での『強い』とはまったく性質の異なるものだからです。

 なんと言いますか……お母様の仰られた『強い』は、単純にステータスの高さを認めるものではなく……そうですね、具体例を上げると“非力な女の子が逆境の中でも必死に、健気に頑張っている”みたいな、そっち系の『強い』じゃないですか。

 それは、単純にステータスの高いわたしとは無縁の強さであるはずです。

 と、いうか、それ以前に……。


 もしかして、わたしって「可哀想」とか思われてます?


 わたしは横目で明黒くんの様子を伺いました。うん……まぁこの人は無表情なのでよくわかりません。

 お母様が入院したのは半年前ですが、要するに彼女はその辺りからわたしの事を“そういう眼”で見ていたってことなんですかね……?

 わたしはバスケットの中から赤いリンゴを取り出して包丁でさくさく切り始めました。


 別段、そのこと自体に不服があるとか不満があるとか、そういうことではないのですが、なんと言いますか、意外です。新たなわたし発見じゃないですか。

 ……ん? 発見? いや、待ってください。これはむしろ喜ぶべき発見なのではないですか?

 仮に『薄幸属性』『健気属性』と名付けるこの属性……わたしが持っているとするなら、上手く使いこなすことができればそれはわたしの萌え要素になります。


 まぁ実際のわたしは薄幸でも健気でもないわけですけど、こういうモノは「本人がどう思っているか」なんて二の次であって、「他者からどう見えるか」が最も重要なわけですから特に問題はありません。演技には自信がありますし。

 わたしはこれまで自身のことを『不思議ちゃん系ミステリアスキャラ』だと思っていましたが、それが『一見すると不思議ちゃん系ミステリアスキャラに見えるけど、実はちょっと不幸ながんばり屋さん。しかもそれをあまり表に出したがらない健気な少女』みたいな感じにバージョンアップできたなら、これは萌えます!


 こんな女の子が実際にいたらわたしだってすぐに好き(ラブ)になってしまいますよ!

 そんなくだらないことを考えている間に、膝上の丸い皿にはうさぎタイプのリンゴが八個も並んでいました。ほぼ無意識の内にうさぎリンゴを作ってしまうとはわたしも随分と手慣れたものです。

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