第02話

 その後、わたしはいつもより一時間遅れで第二部室棟に向かいました。

 部室棟と言っても“第二”の場合、その実態はただのボロアパートです。寮制度が廃止されたことにより使い道がなくなった建物を改造すらせず再利用しているのですね。


 わたしは茶色に錆びついた階段を登り『占術研究会』と書かれたプレートの貼り付けてある個室のドアを開けました。

 うすっくらい部屋の中に備え付けの家具がぎゅうぎゅうに押し込められ、そこに適当な私物とゴミクズがわんさか積まれてあふれています。壁はボロボロと崩れそうだし、床なんてベニヤが剥げて崩れそうです。極めつけは正面の窓に設置された黄ばんだカーテンと天井中央の裸電球!

 いや実に素晴らしいですね(笑)。ノスタルジックで素敵じゃないですか。


「あ、会長やっと来たー……ってなにその格好?」


 わたしの体操着姿を見て、幹部会員の矢間口(やまぐち)さんが言いました。ポストは書記なのですが、彼女は私服オーケーの高校だというのにわざわざセーラー服を着ているほどの制服好きです。

 紺色のスカートの上には、この部屋に住み着いているぬいぐるみのようにかわいい白猫をのせていました。……と、いうか実際にこの猫そっくりのぬいぐるみが商店街のオモチャ屋さんで安売りされているのを見たことがあります。


「遅いぞ! てかお前……コスプレしてないとホント地味だよな……」


 こちらは副会長の斎堂(さいどう)くん。小さい頃からのお友達です。

 わたしの聖衣(魔法使い風のローブ)をコスプレ呼ばわりしたり、体操着姿を地味だと言ったりと、なにかと気になる発言をしましたがとりあえずはスルーしておきましょう。

 研究会のメンバーはこれで全員……はっきり言って零細ですがまだ設立して間もないので仕方ありません。もっと多くのメンバーを集め、“会”からランクアップして正式な部として認められればこのボロアパートともおさらばできるのですが。


「……遅れたのにはきちんとした理由があります」

「え、なになに?」

「クラスメイトのチンピラ系美少女に絡まれてしまいましてね。この通りですよ」


 そう言ってぐっしょりと濡れた紫ローブを床に置くと、二人は急に表情をこわばらせて「え……」とか「ア……」とか意味のない言葉を漏らします。

 膝の上の猫ちゃんだけが平和そうな顔で「みゃー」と鳴いていました。

 なんだかぎこちない空気になってしまいそうなので、わたしは備え付けられたベッド(でいいんですよね? この物体は)の上に腰を下ろし、


「わたしに嫉妬してたんじゃないですかねー。ほら、わたしって容姿は淡麗だし多方面に優れた才能があるじゃないですか」


 と付け加えました。


「……いや、その徹底したナルシストぶりには感服するがよ……」

「ナルシスト? いえ、何度も言っている通りわたしはナルシストではありません、わたしは――」


 否定はしましたが、わたしの言動はたしかにナルシストのそれに近いものがあったのかもしれません。しかし、こればかりはわたしの異能による副作用という他ないのです。

 そう、わたしの持つ人智を超えた異能の力……名づけて“性なる瞳(セイント・アイズ)”。

 この力を極々簡単に説明するなら『顔を見た人物の性的嗜好に関する事柄が見えてしまう』というものなのですが、時にはそれが具体的なヴィジョンとなって頭の中に流れこんでくることがあるのです。


 わたしは生まれつきこの力を持っていたらしく、そしてわたしの育ての親である父は、これがまたとんでもない変態性欲者(スペシャル)でした。

 実際に何かをされたということはないものの、彼はいつもその妄想の中でわたしをめちゃくちゃに○○したり○○○しようとしていたのです。

 それも、わたしが極端に幼いころから今に至るまで延々と……。


 (その後、外に遊びに行く程度の年齢になったわたしは地獄のような性癖を持った人々をちょくちょく見かけることになるのですが、連中の狂気的な妄想を精神崩壊することなく受け止め、あわよくばその一部を自身の性癖として取り込むことができたのは、ひとえに父の変態性による免疫作用の効果だと思うことにしています。毒をもって毒を制すというやつですね)。


 つまりなにが言いたいのかというと“わたしがわたしの顔を見たのは、鏡ではなく他人の妄想の中……つまり脳内の映像(ヴィジョン)がはじめて”ということなのです。

 物心がつき、鏡を見た時のわたしの第一の反応は「あ、この娘いつもお父様に○○○されてるかわいい娘だ!」でした。


 そういうわけで、わたしは今でも「自分の顔が自分のものである」という当たり前の常識をつい忘れそうになります。良く言えば自分を客観視できるということなのですが、やりすぎるとナルシストに見えてしまうということなのです。

 ちなみに、この異能の事を知っている人物はわたし以外に誰もいません。もしバレたらおそらく気味悪がられますから……。


 しかしせっかくの異能なので、どうせなら力を使って面白いことがしたい。

 そこで最近思いついたのが占術、つまり占いというわけです。性癖が見えるという力は恋占いに限定すればほとんど無敵のチート性能と言っても過言ではないですから。

 占術師だとか魔法使い風の衣装だとか、そういったキャラ付けはガチ異能を包み隠すためのカモフラージュというわけですね。


 ……思えば、この異能のせいで散々な目にあってきました。

 しかし、数多の苦しみを通り抜けた先にわたしを待っていてくれたものは新たなる境地であったことも事実です。

 そうです。

 わたしはこの呪いのような異能を受け入れ、共に生きていく道を選んだのです。

 特別(スペシャル)であることがわたしの運命であるのなら、それがどれほど醜い異能(スペシャル)であったとしても、わたしはその事物を否定したくはありませんでした。

 結局のところ、わたしもまた根っからの変態性欲者(スペシャル)であったということなのでしょう。

 毒を食らわば皿まで……いえ、皿程度では物足りない、毒のフルコースを頂きます。それが、スペシャルたらんとしたわたしの下した決断でした。

 もう、何年も前の話です。


「――わたしは、スペシャルな人間なので」

「そうかい、そりゃ良かったな」


 斎堂くんが呆れたように言いました。


「そんなことより、今日もお客様は来ていないのですか?」


 早いもので、一般生徒向けの占いサービスをはじめてからもう一週間も経っています。

 研究会自体は四月からやっているのですが、大半の活動は身内三人(プラス子猫)でぐだぐだ遊んでいるだけだったので、そろそろなんとかしなければいけないと思っていたところなのでした。


「宣伝もしてないのに来るわけないだろ、こんな辺鄙なところによ」

「やはり問題はそこですか。なら、ビラでも配りに行きますかね?」

「それよりも先に、今日はやることがあるんじゃなかった?」


 矢間口さんがいじわるっぽい笑みを浮かべます。


「やること? そんなのありましたっけ?」

「だからお前はいつまでたってもバカなんだよ、中間テストの勉強だろ! 本番までもう二週間もないんだぞ」


 “テスト”と聞いて鳥肌がたちました。

 これはわたしの最も不得手とする概念なのです。


「すいませんが用事を思い出したので今日は帰らせて頂きます」


 わたしはくるりと一回転してドアノブに手をかけましたが、斎堂くんに首根っこをつかまれてベットの上に押し倒されてしまいました。


「待ってください! わたしにはこの優れた容姿のほかにも数多の才能があります! ただ可愛いだけではないんです! それは付き合いの長いあなたが一番よくわかっていると思っていましたが!」

「なにが数多の才能だ! 勉強もダメ、運動もダメ、おまけに音楽もからっきしダメじゃねーか!」

「それ以外の全てが得意なんですけど!」

「とにかく! お前の母親からも直々に頼まれてんだ、進級できる程度には勉強して点をとってもらうぞ」

「はぁ、仕方ありませんね……」


 そうですか、お母様が……。

 わたしは観念して背の低いテーブルの上にノートと参考書を広げました。

 頭痛が痛くなりそうです。


「矢間口さん……ひとつ聞きたいんですがね、室町幕府が1192年に始まったとか、A型とA型が結婚すると染色体的に必ずA型の子どもが生まれるとか、そんなことが本当に重要なことなんですかねえ……?」

「1192年は室町じゃなくて鎌倉だし、AとAの掛け合わせだと普通にO(オー)も候補に入るぞ。お前、本当に大丈夫かよ……」

「その鎌倉幕府も最近は1185年説が有効みたいだしね……」


 二人が予想以上にドン引きしているので、わたしは焦ってフォローを入れました。


「いえ、わたしも決してやる気がないわけではないのです。授業は真面目に受けていますし、テスト前になれば人並みには勉強していますよ。本当です、ただサボっているだけの連中とは違うんですよ。信じてください。ここって一応は進学校みたいですし」

「なら完全証明バカだなお前は! やればできるならまだしも、やってもできないなら余計タチが悪いわ! 変なことで胸はってんじゃねえ!」

「そ、それはさすがに言い過ぎなのでは……」


 眼で矢間口さんに助け舟を求めてみますが、彼女はただ引きつり気味の苦笑いを浮かべるだけでまったく頼りになりません。

 膝の上の猫ちゃんは呑気そうにあくびを連発しているというのに。

 ああ、猫になりたい。

 わたしは現実逃避するかのように部屋の隅へ視線を彷徨わせました。すると、埃っぽい本棚の中に一冊の未開封本を発見しました。

 アレは確か……。


「わかりました。ではこうしましょう。あの本棚に突き刺さっている同人誌、あれはわたしが通信販売で購入しここに持ち込んだものなのですが、ついうっかり読むのを忘れていたのです。あれを読んだら勉強をはじめるということでいかがですか? なに、薄いのですぐですよ、すぐ」

「しょうがねえなぁ……」


 斎堂くんは諦めたように言って崩れそうな壁にもたれかかりました。

 わたしは本を手に取るとベリベリとビニールを剥がし、


「R-18ですよ」


 と呟き、チラッと斎堂くんの顔をうかがいます。


「知るかッ!」


 彼はうんざりしたようにツッコミました。……でも、後で見る気ですね。わたしにはわかっています。


「さて、どんなもんですかね」


 わたしは期待を込めてパラパラとページをめくっていきます……が、後のページになればなるほどわたしの顔は(おそらく)青ざめていきました。

 そのようにして最後のページまで辿り着いたわたしは、震える手でペラペラの本を握りしめていました。


「ど、どうかしたの?」


 携帯電話をいじりながら、矢間口さんが聞いてきます。


「……どうもこうもないですよ! なんですかこれ? これのどこが18禁だって言うんですか!? 見て下さい! ○ってるシーンがラストの一ページしかないじゃないですか!? しかも○○の描写もナシの一枚絵って……こんなものどう考えてもR-15がいいところですよね!? 詐欺ですよ詐欺! ちょっと待っててください、今消費者センターに電話をかけますので」

「ったくもう、いつまでもくだらねーことやってんじゃねーよ! ともかく読み終わったんだろ! はいこれは没収!」

「ああ!」


 斎堂くんはわたしからヒョイッと本を取り上げましたが、諦めきれないわたしは手を伸ばしてそれを取り戻そうとします。しかしそこは運動神経のないわたし、ハネても飛んでも猫じゃらしで弄ばれる猫ちゃんのようになるばかりでにっちもさっちもいきません。


「お願いします! まだあとがきを読んでないんです! もしかしたら、作者の、言い訳、が、書いて……ある……か、も……」


 わたしは息も絶え絶えという感じでベットのようなものの上にへたり込みました。


「相変わらずバテるの早いなぁ」


 斎堂くんはわたしを見下ろしながら余裕のご様子。そうです、この瞬間、彼は完璧に油断していたのです。

 今をチャンスと見たわたしはベッドのスプリングを利用して飛び上がり、本に向かってまっすぐに手を伸ばします。しかし――


「そうはいくかよッ」


 斎堂くんはさすがの反射神経でくるりと身体を回転させてわたしから本を遠ざけました。


「でも、一瞬遅かったみたいですね!」


 わたしの手がギリギリのところで本に触れました。

 が、勢いをつけすぎたのか掴み損ね、本はそのままの勢いで入り口付近にすっ飛んでいってしまいます。

 そしてこの瞬間、申し合わせたかのようにドアが開き、一人の少年がわたしたちの前に姿を現しました。


「おっと」


 少年は飛んできた本をスタイリッシュに片手でキャッチし、偶然ペラリと開かれていたラスト・ページに眼を落とします。

 刹那、少年の眼は驚愕したかのように丸くなり、その顔はみるみるうちに朱に染まりました。

 パタンッ。

 と、次の瞬間に本は完全に閉じられていました。


 R-15程度のエロでこのリアクション。

 この人、まともなエロ本を見たら鼻から血を流して倒れるんじゃないですか……?

 わたしは冗談抜きでそう思い、改めて少年を目視しました。

 特に堅物という感じはなく、むしろ今風の柔和な顔立ち。しかし眼だけは堅実そうな鋭さを備えています。チェ・ゲバラの顔がプリントされた黒いシャツにダメージ・ジーンズという格好も中々に似合っていました。

 (ゲバラのプリントシャツがカッコ良いかどうかはまた別の問題ではありますが……)。


「あ、ごめんなさいちょっと今ばたばたしてて……。その本はそこらへんに置いてといてかまいませんからー。それで、なにかご用で?」


 矢間口さんが適切な対応をすると、少年は雑誌の束の上に本を起き、軽く咳払いしてから答えました。


「あ、ああ……。ちょっと道に迷ってしまって……」

「道に迷う?」

「家の都合で今週からここに転校してきたんだ。だからまだ校舎の見取り図がよくわからない。無論、迷惑をかけるつもりはないので取り込み中なら他をあたることにするが……」

「それくらいならお安いご用ですよ。とりあえず座ってください」

「いや、ありがとう。野球部の部室に行きたいんだ」


 わたしが促すと、少年は背の低いテーブルを挟んでわたしの対面に腰を下ろしました。


「この時期に転校生って珍しいよな、学年はいくつなの? ……へえ、二年か。じゃあ俺たちと同じだ。それで、野球やってたのか? そんな風には見えねえな……え、ピッチャー? すげえ! ああそれで、野球部は第一部室棟でこっちは第二なんだよ。……そうそう、そこを曲がってだな……」


 斎堂くんは普通に話しているようですが、わたしはこの少年に対して驚愕していました。


 一筋の冷や汗がわたしの頬の上を流れ落ちます。

 二人の会話はもはや耳になど入ってきません。

 それくらいにわたしは驚いていたのです。

 一見普通そうに見えるこの少年は、明らかに異端者でした。それは、わたしだけが見破ることのできる異端でした。


 顔を見れば否が応でもその人の性癖が見えてしまうわたしの眼……わたしはこれまで数多の変態性欲者(スペシャル)を見てきましたが、こんな人物は初めてです。

 そうです。

 この少年には“なにもなかった”のです。

 彼には性癖というものが……いえ、性欲というものがハナから存在していないようでした。


「へえ、そんな遠くからこっちに来たのか。そりゃ大変だなぁ。家の都合ってのは、やっぱり親の転勤とかなのか?」

「それもあるんだが、ここ最近、元からこっちに住んでいた祖母が入院してしまってね。そばにいられるようにと転勤先を調整してもらったみたいなんだ」

「なるほどなぁ。そういや、名前なんつーの?」

「明黒宗一(めぐろ そういち)。よろしく」


 そうですか、この人は明黒というのですか……。

 まぁいいでしょう。

 わたしは彼に、開口一番聞きたいことがあります。


「明黒くん!」


 わたしが叫ぶと、彼は一瞬、面食らったようにビクッとしましたが、すぐに「なにかな?」と聞き返してきました。


「率直にお聞きします。……その年になってオ○○○とかしたことないんですか? しているとすれば参考までに題材と方法をお聞きしたいのですが――」

「……!」


 わたしの質問を聞いた彼は、またも眼を丸くして赤くなります。

 即座に、


「それが初対面の相手に聞く話かッ!」


 と、斎堂くんの鋭いツッコミが炸裂し、わたしは後頭部をぶん殴られてテーブルの上に叩き伏せられました。これでもわたし、学内ランキングトップ9の美少女なんですけどね……。この幼馴染はわたし相手になら何をしても許されると思っているフシがあります。


「いや悪いな、こいつ真性のバカだから気にしないでくれ」

「あ、ああ……。それより彼女は大丈夫なのか?」

「いえ、わたしのことはお気になさらず……」


 わたしは打ちつけたハナを両手で抑えながらむっくりと起き上がって言いました。


「彼に暴力を振るわれるのはしょっちゅうなので、もう慣れっこなんです。わたしを殴ってさえいれば彼は満足するんですよ」

「お前、マジで人聞きの悪いこと言うなよ……」


 斎堂くんがちょっと本気で泣きそうな感じで言うので、わたしは慌てて「冗談ですよ? もちろん」と付け加えておきました。


「で、ここからが本題なのですが――」



 実を言うとわたしの能力には結構、ムラがあります。と、いうのも、顔を見ただけでわかる性癖の範囲というのは人によって個人差があるのです。

 意図的に性なる瞳(セイント・アイズ)の力を使用し、心の奥深くまで踏み込んでいかなければ見えてこない部分というのも多いのですね。

 明黒くんの場合は、果たしてどうなのでしょうか? 

 奥深くまで切り込むことで何かが見えるのか? 

 それとも、どこまで行っても彼の心は性欲とは無縁であるとでも言うのか……。

 わたしはそのことに強い興味を引かれました。

 しかし、わたしの個人的な欲望のために相手の許可なくこれをやるのは失礼というか、ノゾキみたいで気が引けるのも事実です。

 そこで、


「――明黒くん、あなたを占術研究会の記念すべき一人目のお客様として占わせて頂きたいのですが……」


 こうなるというわけです。


「占い? 俺はそんなもの信じないぞ」

「いいんですかそんなこと言っちゃって。信じる信じないはそちらの勝手ですが、わたしの恋占いは当たりますよ? あなたのタイプの女性、スパッと言い当ててみせましょう」

「俺に好みのタイプなどない。そもそも、女性に対して異性としての興味がないんだ。……ん? 決して変な意味ではないぞ」


 明黒くんは表情を変えずに言いました。


 ここだけ切り出せば「好きな女の子いる?」と聞かれて「いるわけねーだろバーカバーカ!」みたいなことをやっている小学生っぽくもありますが、この人の場合は本当にそういうことがありそうなので困ります。


「じゃあ、本当に良いんですね? あなたの心、のぞいちゃいますよ」

「構わん。やれるものならやってみろ」


 言って、不敵な笑みを浮かべる明黒くん。

 わたしはベッドの下から巨大な水晶球を取り出し、玉専用の座布団みたいなものの上にのせていかにもそれっぽく両手をかざしました。

 猫ちゃんが球に反応してにゃーにゃー騒いでいましたがスルーします。


「では行きますよー」


 マインド・ゼクス・スキャン!

 わたしは明黒くんの心の扉の鍵を壊し、強引に最初の部屋へと突入しました。しかしその先に広がっていたのは真っ暗けな暗闇でしかありません。

 やはり、この人にはなにもないのでしょうか……?

 わたしはそれでも諦めずによーく眼を凝らしてあたりを窺ってみます。すると、なにものかの気配を察知することに成功しました。

 なんですか、これは……?

 なにかトンデモナイものが這いずっているような気配がします。しかし、それはこの部屋の中ではありません、おそらくは、もっと奥の、奥の部屋。そこに、なにか取り返しの付かないようなものが潜んでいる……。

 ……ような気がします。

 それよりも、今ここで見えるものは……。

 ん、なんですかアレ?


「会長~」

「は、はい!」

「なんかずいぶん長いけど大丈夫?」

「え? あ。はい」


 矢間口さんの声でハッとなって、わたしは我に返りました


「なにも見えないなら正直にそう言っちゃったほうがいいよー」

「い、いえ、見えました……見えましたとも」

「なにが見えたんだ?」


 明黒くんが微妙に身を乗り出して聞いてきました。この人、意外とノリ気なんじゃないですか?


「え、ええ……。見えたは見えたのですが……」

「だから何が見えたってんだよ」


 斎堂くんが丸めた参考書でポンポン机を叩きながら急かすように言ってきます。

 そう、わたしは確かに彼の性癖の断片を見ました。しかしそれはあまりにもよくわからない。完全に意味不明な物体だったのです。


「正直に申し上げますと……生ごみ、ですかね……」


 わたしはチラリと明黒くんの顔を見やりました。


「ん? なんだって」

「はい、生ごみですね。青いポリバケツに入った生ごみです。最初は単にゴミクズかと思ったんですが、よくよく見てみると残飯でした。マックだかケンタッキーだかしりませんが、ファーストフード店っぽいロゴマークの入った紙コップやストローも入っていましたよ。そこにいる猫ちゃんなら喜んで飛びついたかもしれない代物です」

「???」


 明黒くんは「テキトーこいてるにしては妙に具体的なこと言いやがるなコイツ。何考えてんだ?」みたいな顔でわたしを見つめていました。


 後の二人もおそらくそんな感じでしょう。

 なんとも言いがたい変な空気が場を満たしそうになったので、わたしは思い切って口火を切ります。


「再び率直にお聞きします。明黒くんて残飯をおかずにオ○○○してるんですか?」


 一瞬の間。

 「にゃぁ」という子猫の鳴き声が静寂の中に響き、

 そして、


「……だからさっきからなにを言ってるんだよお前はッ」


 すぱーんッ、と。

 斎堂くんは思い出したように丸めた参考書でわたしの頭を叩きました。

 その後、明黒くんは野球部を見学に行き、わたし達は普通に二時間くらい勉強しました。

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