王女と王子と祭典と2

「そうなの。それにしてもアーシュってば本当に前髪伸びたわよね。わたし今日はいいもの持ってきたのよ」

「なんだよ、別に関係ないだろ」

 そうなのだ。元々長かったアーシュの前髪は今や顔の半分くらいを覆うくらいになっていて、本人は気にしていないんだろうけれどメイリーアからしてみたら中途半端な長さな分余計にうっとおしく見えるのだ。

 切ればいいのに、と何度も進言したのに聞き入れられていないのだ。おまけに本番当日も切る予定がないというのだから意味が分からない。やってきた子どもたちを怖がらせてどうする。

 メイリーアはさっとカウンターの内側に回ってアーシュの側に近付いた。

「ちょうど座っているからよかったわ」

「何をする気だ?」

 にやにやしながら近づいてきたメイリーアにアーシュが警戒するように少しだけ身を引いた。顔は険しいけれど本気で怒っているわけでもないことくらい分かっているのでそのままメイリーアは身をかがめてアーシュの傍に近づく。

 素早くアーシュの前髪をくるりとまとめてポケットの中から取り出した髪留めをつけた。私物の中で一番飾り気のないものを選んで持ってきたのだ。なんだか女の子同士髪の毛の結わえっこをしているみたいで楽しい。昔姉のシュゼットとお互いの髪をいじって遊んだことを思い出した。

 一方のアーシュとはいえば。

「っておい!いきなり何しやがる」

 無邪気に近づいてきたメイリーアと、彼女の細い指の感触に内心動揺してしまい、自分の身に何が起こったのか把握するのが遅れてしまった。

明瞭になった視界から彼女が何をやらかしたのかを悟って、怒鳴った。

アーシュとしては他にも色々と言ってやりたいことがあったのだが、なんだか自分がものすごく青二才であるかのように感じて思いとどまった。さすがにそこまで若くない。

「あらあ、よく似合うわよ」

 メイリーアは満足そうにほほ笑んだ。最近ずっとアーシュの前髪をまとめてやろうと思っていたのだ。成功してご満悦だ。

 他意はない。あくまで面白半分、親切心で行った好意なのだ。

「当日もこれで参加した方がいいんじゃない」

「うっせ。色々と大人にはあんだよ」

 アーシュは機嫌悪く吐き捨てて、髪飾りを取ろうとした。

「ああああぁ~っ!せっかく結んだのに!もう、また同じことするわよ」

 メイリーアは今すぐにでも髪飾りをむしり取りそうなアーシュに制止の言葉をかけた。その言葉が効いたのかアーシュは持ち上げた腕をしぶしぶ下げた。

「ちっ。今日だけだからな。おまえが帰った後即効外す」

 その言葉にメイリーアは少しだけ頬を膨らませたが、一応彼女が店にいる間はそのままでいてくれる心積りらしい。

 なんだかんだで優しくなったのは、多分メイリーアの気のせいではない。

 それにしても視界すっきりなアーシュはやっぱり見てくれだけはよくて、メイリーアはいまさらながらにそれを実感してしまい慌てて彼から目を逸らせた。なぜだか視線アーシュと視線が合ってしまい、いまさらながらに血流が一気に逆流したかのように熱くなったのだ。内心の動揺を悟られないよう、わざとらしく店の売り場の方に歩いて行ってそのまま窓の外を眺めた。

 人の往来を目に映しながらしばし沈黙する。そもそもなんでこんなことになったのか。

 何も考えずにアーシュの近くに行って思い切り顔の近くを触ったような…と、数分前の己の所業を思い返して、もう少し色々と後先のことを考えておけばよかったと心の隅で思った。

 それはそうと。

 メイリーアは気付いたことがあって扉を開けて『空色』から飛び出した。

「メイリーア様?」

 突然の行動にルイーシャが慌てたように後を追おうとするのを素早い動きでアーシュが止めた。

「おまえはここにいろ。俺が行く」

 一言でルイーシャを制してアーシュが飛び出した。

 そうしている間にもメイリーアはずんずんと大股で路地を横切り、斜め向かいの角にいた人物のところまでやってきた。

「ちょっと、どういうつもりなのかしら。あなた『空色』をずぅっと見ていたわよね」

 腰に手を当ててメイリーアは険しい顔で目当ての人物に詰問した。

 先ほど窓の外を眺めていたら、『空色』をじーっと見つめる視線を見つけたのだ。ちょうど『空色』の斜め向かいの曲がり角に身をひそめるようにこちらの方を窺っていたのだ。メイリーアも見覚えのある顔だったし、第一印象が悪かったのでよく覚えていた。

「別に、ただ通りすがっただけだ」

 その人物はあくまで偶然だと言わんばかりにメイリーアの視線に真っ向から挑むように見降ろしてきた。

 『金色の星』の職人ライデンであった。

「通りすがっただけですって。だったらなんでこんな物陰からじぃっとこっちを覗いているのよ」

「別にいいだろっ。俺がどこで何をしていても」

 メイリーアの剣幕に対してライデンの方は冷静だった。メイリーアの身分を測りかねていてどのような態度で接するか決めかねているのだ。

「た、たしかにそうかもしれないけれど!」

「そうだろう。ここは天下の往来だ。俺が何をしていようとも君には関係ないだろう」

 確かにその通りなのでメイリーアは何も言い返せなかった。

「メイリーア!」

 メイリーアが黙り込んだとき、アーシュの声が割り込んできた。

 慌てて店を飛び出してきたのか外套も羽織らず、メイリーアがつけた髪飾りもそのままのいでたちだった。そのまま何も言わずにメイリーアの腕を掴んで引き寄せるようにして肩に触れてきた。

「ほら、行くぞ」

「あ、ちょ、ちょっと…」

 アーシュはライデンには何も言わずに視線だけ送って踵を返した。しっかり合わせた目線だけで相手を睨みつけはしたがそれだけだった。ライデンの方もそれをしっかりと受け止めたが、こちらも何も言わなかった。

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