とにもかくにも売り子デビュー6

       ★☆  ★


 『空色』のある細い路地、カール通りをまっすぐ進んで、地図を頼りにいくつか路地を曲がったりしながら目指すのはカルミア通りというところだ。もともと古くからある下町と呼ばれる地区は狭い道幅に放物線上に伸びた路地がくねくねと入り組んだ迷路のような地区だ。割と新しく区画整備された新市街はきちんとした都市計画の元整備されたのだがこちらはといえば人口の増加に伴って古くから発展してきた為、計画性とは無縁だった。

 慣れれば地図なしでも歩きまわれるが、メイリーアはまだそこまで詳しくはないため知らない場所へ行くためにはまだまだ地図が必要だった。

 もうすこしこのあたりにくわしくなったら探検したいなぁ、などと考えながら道を進んでいく。『空色』以外にも菓子店があるのが見て取れそのうち行ってみたいと思った。

 そうしてたどりついたのはカルミア通りにある『私の花園』という看板が下げられたカフェだった。

 カルミア通りは割と道幅も広く、隣近所ともに食堂や居酒屋などの飲食店が多く軒を連ねている。そのせいか中途半端なこの時間でもそれなりににぎわいを見せていた。

 件の『私の花園』は薔薇やマーガレットを輪っかのように丸くした意匠した看板に窓の外側にも女性が好みそうなかわいらしい花やハートの飾りが品よく並べられたいかにも女の子がきゃっきゃしながら入っていきそうなカフェであった。表に出された看板には「女性客大歓迎」と大きく書かれていた。看板に書かれた花の絵も気合いが十分に伝わってきている、ような気がする。

 なるほど、それで『空色』のケーキというわけだ。手に持っている箱の中にはいちじくなど季節の果物を使ったタルトやケーキが入っている。女性受けは抜群だろう。

「ここよね」

 メイリーアはもう一度地図と店名とを確認した。ここで店名を間違えて誤配達なんてことになったら笑えない。

「そのようです。店名も通りの名前も間違っていません」

 ルイーシャも神妙にうなずいた。何度も看板と地図と視線を往復させている。

 二人は同時にごくりと唾を飲み込んだ。

「それじゃあ行くわよ」

 メイリーアが厳かに告げた。これから戦場にでも赴くような気迫である。

 それもそうだ。失敗は許されないのだから。任務は完遂してこそ、なのだ。今度こそアーシュにおまえ使えないなんて言わせない。絶対に言わせない。

「私が先に扉を開きます」

 ルイーシャが恐る恐るといった体で、扉のノブに手をかけた。

 ぎぃぃ、と音を立てて扉が開いて二人は店内へと足を踏み入れた。

 思っていたよりも店内は薄暗かった。そして女性客は皆無であった。男性客が数人店内の奥に陣取っていた。

「こんにちは、わたしたちは『空色』の使いの者です」

 ルイーシャが少しだけ緊張した面持ちで声を出した。侍女をしているだけあり、こういうとき緊張していようともしっかりと聞き取りやすい声を出すのである。

「へーい」

 少し間をあけてから奥の方から野太い声が返事をした。

 メイリーアとルイーシャはお互い顔を見合わせた。表の飾り付けからして店主はてっきり女性かと思っていのに、どうやら違うらしい。どうみても乙女趣味の外観なのに、もしかしたら娘さんの趣味だろうか。

「アーシュのところの使いだろう。待ってたぜ」

 現れた人物を一目見て二人して固まった。無理もなかった。

 そこにはメイリーア、ルイーシャともにこれまでの人生で遭遇したことのないような強面の大男が立っていた。

 がっしりとした大柄の体躯はまるで熊の様で、短く刈り込んだ黒髪に鋭い眉毛に人をい殺しそうな眼光を放つ緑色の瞳は片方が眼帯で覆われていた。

 なぜにそんな大男がふりふりリボンのついた前掛けを着けている。メイリーアの頭の中の冷静な部分が突っ込みを入れた。もちろん色々と怖くて口には出せない。

 メイリーアは口をぱくつかせ、なんとか平常心を保とうと務めた。

 わたしは店の使い。わたしは店の使い。アーシュから頼まれごとをしたんだから任務をまっとうする。と心の中で何度も復唱する。

「今日のお菓子は何かなー」

 大男はにっこり笑って見せたがそれは逆効果でしかなかった。

「ヒッ…」

「ルイーシャ?」

 隣から息をのんだ声が聞こえた。横を見やると顔面蒼白で硬直したルイーシャが…無言のまま倒れた。

「きゃぁぁぁ、ルイーシャ!ちょっと大丈夫」

「ぎゃぁぁぁ。取って食わないから倒れないでぇぇぇ」

 二人の声が店内にこだました。



 メイリーアとルイーシャが配達に向かってから一時間ほどが経ったころだった。

 店内は男二人きり沈黙したままである。師匠と弟子、家賃節約のため二人とも店舗の上に部屋を借り共同生活をしているため、必要最低限の会話くらいしかしないのである。

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