第39話 新たな出会いは黒色と共に

 「――やれやれ、どうしてこんなことになったのかしら」


 昼休み。

 僕達コンサル部は緊急ミーティングのため、東棟の四階にある第三視聴覚室に勢揃いしていた。


 「誰かさんが身に覚えがあるような態度を取っているのが気になるけれど……ねぇ?」


 さっきから喋っているのは、コンサル部の部長にして唯一の二年生である末永すえなが牡丹ぼたんさん。

 肩甲骨あたりまで伸びているウェーブのかかったブラウンの髪を右手で掻きながら、キレ長の双眸そうぼうでこちらを睨む。

 足を組んでいるのと、その夏服のせいで、彼女のプロポーションが一層際立つ。


 「まぁ、来てすぐ正座とかしちゃってますしね……」


 隣でジト目を浮かべる女の子は、僕と同じく一年生の如月きさらぎ麻優まゆさん。

 閉じられた小さい唇に赤いポニーテールは普段通りだが、そんな睨み方をするせいで普段の可愛らしいくりっとした大きい目も影を潜める。

 

 「で、栗島君」

 「ははは、はい!」


 末永さんに話しかけられ、僕は勢い良く返事……が出来ずに噛んでしまう。


 「そんな態度を取るということは、あの生徒会の人と何かあったのかしら?」


 そんな態度というのは、僕へ向けられたもの。

 全校朝会の後、末永さんに呼び止められて昼休みに部室へ集合と告げられた僕は、四限目のチャイムが鳴った瞬間に、同じクラスの如月さんを置いて一人コンサル部の部室である第三視聴覚室へダッシュ。


 いつも三人で座る長机を縦に繋げたミーティング用のスペースではなく、タイルカーペットの上に直接正座をして二人を待ち構えていた。


 それは何故か――誠意を見せるためだ。


 そして『あの生徒会の人』というのは、壇上でコンサル部を始めとした文化部の粛清を宣言した人のことを指す言葉。


 「え、えっと……」

 「怒らないから、正直に話してみなさい」

 「わ、分かりました」


 ゆっくりと諭すように促され、僕は全校朝会の約一時間前の記憶を遡りながら、二人に今回起こった事件の経緯を説明し始めた。


 時刻は、全校朝会の約一時間前に遡る。



 「いきますよーっ!」

 「こっちも準備オッケーじゃ!」


 「「せーのっ!」」


 僕はコンサル部で受けた依頼を遂行していた。

 クライアントは学校の用務員。

 なんでも今日は備品の搬入がやけに多い日らしく、しかも朝の間に全て片付けてしまいたいと人手を募集しているのを金曜日に聞きつけた僕達コンサル部は、用務員室へ足を運び、コンサル部の説明をした上で今回の契約を成立させた。


 しかしこの案件は力仕事になるため女性陣二人の力を借りるわけにもいかず、全校朝会が始まる二時間も前に登校を済ませた僕は、用務員さんと二人で作業に取り掛かることに。


 「おじさん……こっちでいいですかっ!?」

 「おう、あとはこの廊下を進んだ先の教室じゃ」


 白髪が目立つ用務員のおじさんに指示を受けながら、僕達は西棟の最上階へとロッカーを運ぶ。

 搬入する備品は今の様に大きな備品もあれば、小さくて一人で運べるものもある。

 二人で相談してまずは重いものから片付けようとロッカー搬入から手を付けたのはいいが、この学校にはエレベーターなんて便利なものはない。

 そのため上の階へ運ぶには自らの手足を使わなければならず、中学までサッカー部一筋の、上半身が貧弱な僕には辛い作業だった。


 「ところで、何で今日に限ってこんなに多いんですか?」

 「どうも他の学校から不要な物を譲り受けたらしくっての。リサイクルの精神ってやつだそうじゃ」

 「はぁ……これをさすがに毎日と言われたら体に堪えますね」

 「今日はたまたまじゃ。さすがに毎度こんなことがあれば、ワシも身体が持たん!」

 「そうですよね……っと!」


 僕は最後のロッカーを目的の場所、西棟の四階の空き教室へ搬入し終えると、腕をほぐしながら一息ついた。


 「お疲れさん。あとは小物の搬入だけじゃから、わしのほうでやるわい」

 「いえいえ。これも依頼ですから、終わるまで手伝いますよ」

 「そうかい? やっぱり若いもんは元気だのう!」

 「ははは、どうも」


 僕の三倍以上は生きていそうなおじさんにこうまで元気でいられたら、さすがに立つ瀬がないというもの。

 腕はそろそろ疲れてきたが、おじさんの言う通り後は小物の搬入だけ。

 なんとかなるだろうと安易に考え、僕は朝会に向けて作業を急いだ。


 「よい……しょっ」


 一階に止めてあるトラックから小型のダンボールを拾い上げ、ついさっきロッカーを移動させた空き教室まで小走りで向かう。

 荷物の数はそこまでないものの、四階までの登り降りは中々辛く、五往復終わった頃には腕だけでなく足にも乳酸が溜まっているのが分かる。


 「こりゃ、明日は筋肉痛だな……」


 僕は最後の一個となったダンボールを両手に持った。

 ほんの少しだけ視界を遮られるほどの大きさだ。


 腕も足も限界に近いため、少しでも早く終わらそうとこれまでと同じように走る。


 まだ朝会まで少し時間もあるためか。

 周囲に人がいないことも幸いし、僕はなんとか誰にもぶつかることがなく目的地である教室の入り口に辿り着いた。


 ――そのとき。


 「ご苦労様」


 どこからか聞こえてくる、可愛らしい女の子の声。


 「あ、ありがとうございます」


 恐らく僕に向けての言葉だろうと考え、咄嗟に返事をする。

 だが僕の視界には人影は映っていないため、どこから話しかけているのかは分からない。


 「朝からボランティアなんて偉いじゃない。感心感心」

 「あ、いえ。これは部活の……」

 「部活?」

 「はい。コンサル部の活動で」



 「コンサル部……末永牡丹の」



 コンサル部の名前を出した途端に重々しい声色になったかと思うと、部長である末永さんの名前を呟いた。


 「末永さんを知っているんですか?」


 ひょっとして末永さんの知り合いだろうかと僕が質問をするものの、女の子はそれには答えない。


 「栗島くりしまあらたです」

 「そ。栗島ね……」

 「えっと、ところで……どこから話しかけてるんですか?」

 「はぁ? ここにいるじゃない。アンタどこに目があるわけ?」


 僕のふたつ目の質問に、未だどこにいるか分からない女の子は急に口調を変えながら返答。


 「え、ここって言われても、何も……」

 「ここよ! ここ!」

 

 それでも気づかない僕により厳しい口調で声を上げると、その瞬間、急にダンボールが前へとずれた。

 

 「も、もしかして目の前に!?」

 

 強引に引っ張られるので、僕はなんとか姿勢を保とうと後ろに下がる。


 「ちょ、ちょっとバランス崩れるんでやめてください!」

 「うるさいわね、男でしょ! それくらい我慢しなさい!」


 僕の言うことには耳を貸してもらえないようで、依然、前へ前へとずらされるダンボール。


 「ほんと、危ないんでやめてくださいっ!」

 「人のこと小さいって馬鹿にしてっ! 逃げようったってそうはいかないわよっ!」

 「べ、別に逃げようとも思ってませんし、馬鹿にもしてませんってば!」


 そのまま引っ張り合いが続くが、先に限界が来たのは僕の腕。


 「きゃっ!」

 「うわっ!」


 手に持っていたダンボールを抱えることが出来ず、バランスを崩し、尻餅をついてしまった。







 「いてて……」


 転んだ弾みで教室に置いていた荷物が落ちてきたのか、何かに押し潰されているため息苦しく、僕の眼前は黒一色で何も見えない。


 「……っしょ」


 僕は自分の呼吸を確保しようと、荷物をそっと掴んで押し上げた。意外にも柔らかい。




 「んっ……」




 刹那、艶めかしい声が耳に届く。


 僕はもう一度目の前を見る――やはり黒い。

 教室の蛍光灯の光が差し込んでいるため先ほどのように暗闇ではないが、それでも目の前には黒い何か。凝視すると薄っすらと模様も見える。

 僕はその『柔らかい何か』の正体を探るべくもう一度手を伸ばし、距離を取った。




 「やんっ」




 またしても声が聞こえた。


 「えっと……」


 僕は開けた視界を見回す。すると先ほどまで黒一色だった僕の世界が鮮やかに色づいていく。


 黒色の上にはピンク色。

 折り目のついたピンクの布が、二等辺の逆三角形をした黒い布を覆っている。

 黒い三角形からはミルクのように白い肌が20センチほど垣間見えると、またその下には黒い布が続いていた。


 「……」


 一瞬で引いていく僕の血の気。

 僕の上には、小ぶりな尻をこちらに向けた状態で覆い被さっている女の子。

 顔はちょうど、僕の脚の位置あたり。


 「あ、あの……」

 「ア……アンタねぇ……」


 僕が恐る恐る声をかけると、女の子はワナワナと震えながら、金色のツインテールをなびかせて後ろへ振り向く。


 そこで初めて、僕達は顔を合わせた。


 吊り上がった目に涙を溜めながら琥珀色の瞳でこちらを睨み、小さめのぷりっとした唇は、震えているせいでその柔らかさを更に強調している。


 「ち、違うんです! これは、その……!」


 僕は尻餅をついたまま後方へ後ずさる。

 目の前にいる女の子は姿勢を正して仁王立ちの状態になると、僕を睥睨へいげいし、


 「人のお尻触っておいて違うも何もないわよ! この大馬鹿ものーっ!」


 小さな足を目一杯こちらに向けて、強烈な蹴りを一撃。

 僕の視界をもう一度黒に染めると、脱兎の如く逃げ出していった。


 なんだか、この学校に入ってから女性に蹴られてばっかりだな。僕。



 「――で、お尻を触った結果反感を買って、今に至ると」


 僕が朝会の前に起こった出来事を正直に伝えると、末永さんは侮蔑混じりの視線を僕に投げかけてきた。


 「はい……」


 何も言い返せない僕は、黙って肯定する。


 「相変わらず栗島君のムッツリスケベには感心するわね……」

 「そうですね。ここまで来るともうただのスケベなんじゃないでしょうか」


 末永さんが嘆息しながら呟くと、如月さんは同意しながら、相変わらずジト目を崩さない。


 「面目次第もございません……」


 二人の冷ややかな視線を浴びて、僕は正座をしたままの状態で頭を垂れた。


 「……事情は分かったわ。それにしても、困ったわね」

 「はい……まさか僕のせいでこんな大事おおごとになるとは」


 本当に、まさかこんなことになるとは……。どんな罵詈雑言を浴びせられても仕方がない。


 「別に栗島君のせいではないんじゃないかしら。文化部の粛清って言ったんでしょう? だったら、対象はコンサル部だけじゃないもの。きっと前々から考えていたんだわ」


 だが、そんなときにも末永さんは助け舟を出してくれる。

 いや、この場合事実を述べているだけかもしれない。壇上で話したのはコンサル部を始めとする、『文化部』の粛清なのだから。


 「困ったって言ったのは、これから文化部の交流会があるからよ」

 「それって、僕がコンサル部に入部したときに説明してくれた交流会のことですか?」

 「ええ。今回は朝会の件を話すことになるんでしょうけれど……コンサル部が矢面に立つ可能性は十分にあるわね」


 そんな……僕のせいで、末永さんに辛い思いをさせるわけにはいかない。


 「だったら、僕が一緒に行きます!」

 「栗島君が?」

 「はい! 今回の一件は僕にも責任があります。なので、僕がコンサル部の名誉を取り戻して見せます!」

 「でも、文化部の粛清自体は別に栗島君のせいじゃないのよ?」

 「それでも! あの場でコンサル部の名前を出されたのが僕のせいなら、自分の撒いた種は自分で回収しなければいけません!」

 「ふむ……」


 末永さんは何かを考えるように、右手を口元へ持ってくると、


 「それじゃ、栗島君。一緒に来てくれるかしら?」


 僕に今回の交流会の参加を承諾してくれた。


 「了解です!」


 こうして僕と末永さんは、文化部の定期交流会へ赴くことに。

 口を尖らせてお留守番をする如月さんに、ごめんなさいをしながら。

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