第36話 これからも


 「やれやれ……災難でしたね」


 気づけば太陽は沈みかけ、夕焼けが空に浮かんでいた。


 せっかく二人で楽しく買い物をしていたのに。

 もうその時間は終わりを告げようとしていて、僕達は帰路につくために最寄りの駅へと歩いている。


 「とにかく、末永さんに怪我がなくて良かったです」


 幸運にも末永さんの可愛い顔や美しい身体に傷がつくことだけは避けられた。

 代わりに僕の右腕は未だ痛みがあるけれど、名誉の負傷というとろこだ。


 「迷惑かけて、ごめんなさいね……」

 「迷惑だなんてそんな。悪いのはあの人じゃないですか」

 「でも……つけられているのに気づいていたのに、結局野放しにして栗島君を怪我させてしまったわ」


 さっきから、末永さんはずっと暗い顔をしている。

 いきなり襲われたのだから、そんな顔をするのも当然といえば当然だ。

 でも、せっかくの楽しい一日が暗い気分で終わるなんて勿体無い。

 なんとか気持ちを切り替えさせてあげなきゃ。


 「きょ、今日は楽しかったですね!」

 「……」


 いきなり楽しかったですねと言っても同意してくれるはずもなく、あえなく失敗。

 いや、まだだ……諦めるな、僕。


 「そ、そういえば、最初に買ったワンピース、可愛かったですね! あの服を着る末永さんがまた、見たいなー……なんて」


 左手で自分の頬をポリポリと掻きながら、二回目のチャレンジ。


 「でも、また襲われるかもしれないわ……」


 今度は少し反応を示してくれた。

 相変わらず表情は暗いけど。


 「大丈夫です! そのときは僕が守りますから……末永さんも僕を、頼ってください!」


 僕の言葉に、末永さんが歩みを止めてこちらを見つめてくる。


 「……本当に? 私を……守ってくれる?」

 「当然です!」

 「また、私とデート、してくれる?」

 「勿論です!」

 「……ありがとう」


 少しだけではあるが、末永さんに笑顔が戻ってきた。

 ああ、良かった。


 「じゃあ、これからもよろしくね。私のナイトさん」


 ――そう思ったのも束の間、末永さんは右腕を僕の左腕に絡めて、ゼロ距離まで近づいてくる。


 「ちょ、末永さん!?」

 「守ってくれるんでしょ? よろしくね」

 「は、はい……」


 さっきよりも柔らかな笑みで身体をくっつけてくる。

 は、恥ずかしい……。し、しかし……柔らかい。


 「と、とりあえず今日は帰りますか!」

 「もうちょっと良いじゃない。さっきは喫茶店へ行けなかったんだし、少しお茶して帰りましょう」

 「え、これからですか?」

 「ええ……駄目?」

 

 上目遣いでこちらをじっと見つめてくる末永さん。

 そんなに見られると、僕に断る術はない。


 「いえ、大丈夫です」

 「良かった。さっきとは違う店だけれど、他にもお気に入りの喫茶店があるの。そこへ行きましょう」


 僕達はもう一度アーケード街に戻ろうと、腕を組んだまま振り向く。


 ――すると、



 「へぇ……これからお茶ですか……随分と楽しそうですね」



 目の前の女性から、ただならぬ殺気が放たれていた。

 その怒気たるや、さっきの剣橋さんを遥かに凌ぐ。


 「き、如月さん……なんでここに」


 そこにいたのは、満面の笑みで立つ如月さん。

 白い長袖のシャツにデニムのジャンパースカート。

 靴はハイカットのスニーカー。

 これまた元気そうな印象を受ける服装だ。

 ……この殺気は閻魔様そのものだけど。


 「あら、麻優。あなたも買い物に来ていたの?」

 「ごきげんよう牡丹さん。仲が良さそうですことね? 栗島くんも」


 こちらを睨むような如月さんの笑みに、僕は怖気を震わせながら冷や汗を掻く。


 「また私の真似? 最近しつこいわよ。それに似てないからやめなさい」

 「あらあら、そんなことないですことよ。牡丹さんのことは昔から知っていますもの」


 公衆の面前で言い合いを始める二人。


 「あら、私だって麻優のことは昔からよく分かっているつもりよ。勿論、今何を考えているかも」

 「奇遇ですね。あたしも今牡丹さんが何を考えているか丸わかりですよ」


 いつもは仲が良いのに、時々喧嘩するんだよな……。


 「あ、あの。二人とも……」


 僕は二人をなんとかなだめようと、会話に割って入るが、


 「「栗島君(くん)は黙ってて!」」


 結局失敗して、二人が落ち着くのを待つことにした。

 ああ……何かデジャヴを感じる。



 たっぷり言い合いをした後。

 僕たちは三人でアーケード街から少し外れた並木道を並んで歩いていた。


 僕が真ん中で左隣は末永さん、右隣は如月さん。

 目的地は近くのファミレス。

 末永さんと話していた喫茶店は、如月さんにアウェーだから駄目だと拒否された。


 というか、ファミレス好きだよね僕達……。

 一日に二回同じ場所へ行くのは恥ずかしいから、違うお店へ行くんだけど。

 

 「で、牡丹さんはそんなに荷物を持って、一体何を買ったんですか?」

 「夏服と、チェスの棋譜集をね……それと」


 末永さんは最後に買った袋から、リボンで結ばれた長方形の箱を取り出した。


 「これよ」

 「あ、それって……」

 「ふふ、察しが良いわね」


 如月さんはその箱を見ただけで何なのか分かったらしい。


 「それ、万年筆ですよね? 最後に寄った文房具屋で買った」

 「ええ、そうよ」


 末永さんは頷きながら、その箱を僕の前に差し出す。


 「そしてこれは、栗島君へのプレゼントよ」

 「え、僕にですか? サッカー部の件の報酬は、お昼にもう頂きましたよ?」

 「これは別。今回立派に案件を成し遂げて、一人前のコンサルタント部の部員になったお祝いよ」

 「でも! そんな高価なものを……」


 ハッキリと値段は見ていないが、ガラスケースに入っていたくらいだし、安いものではないはずだ。


 それに今回は一度失敗しているのに……。


 「気にしなくて良いわ。麻優にも同じものを渡したし、私も両親にもらったことがあるの。だから栗島君。今回はあなたにこの筆を贈るわ」

 「末永さん……」

 「えへへ、お揃いだね!」


 その様子を見ていた如月さんも、僕を覗き込んで微笑む。


 「如月さん……」

 「栗島君、受け取ってくれるかしら?」

 「――はい、ありがとうございます」


 僕は末永さんから一人前の証たる、万年筆を受け取った。


 「よく頑張ったわ。今回成功したのは栗島君のお陰よ、自信を持ってね」


 合わせてプレゼントされた言葉に、不覚にも少し泣きそうになる。


 「末永さんも、如月さんも、ありがとうございます。僕がこれまで頑張れたのは二人のお陰です――これからも、よろしくお願いします」


 僕は二人の少し前に出ると、振り返って頭を下げた。


 「こちらこそ!」

 「これからもビシバシ働いてもらうからね」

 「はい!」


 二人も喧嘩したり色々あるけど、結局は優しくて。

 僕はこの二人に出会えたことを、心から嬉しく思う。


 「頑張りましょう! これからも、この三人で!」

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