• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第五章 これからも三人で過ごす明日
  • 第35話 ナイトが僕に、僕がナイトに

第35話 ナイトが僕に、僕がナイトに

 ファミレスを出た僕達は午後の日差しを避けるようにアーケード街を歩いていた。

 現在の時刻は二時過ぎ。

 まだまだお日様も元気一杯に顔を出す時間だ。


 「ところで、どこへ行くんですか?」


 ほんのりと汗を掻きながら、僕は末永さんに問いかけた。

 梅雨目前のこの時期は寒暖差が激しい日が続く。

 特に今日は最高気温が二十五度を超える夏日となるらしい。


 「そうねぇ、まずは夏服でも見に行こうかしら」

 「夏服ですか?」

 「ええ。近くにお気に入りのお店があるの。まずはそこへ行きましょう」


 今年の夏は例年よりも暑くなるみたいだ。

 こんな日は夏服が買いたくなるのも頷ける。


 「分かりました。荷物持ちなら任せて下さい」

 「何言ってるの。栗島君にも選んでもらうんだから」

 「え、僕がですか?」

 「ええ。デートだもの。よろしくね」


 末永さんは爽やかな笑みを浮かべ、僕の左隣りを歩く。

 いつもより随分と二人の距離が近い。


 「ははは、はい……!」


 デートと言われた胸の高鳴りか、それとも緊張か。

 良くわからない感情が僕のなかに渦巻く。

 分かっているのは、汗を掻いている原因が暑さだけではないだろうこと。


 このそわそわをなんとか悟られないように注意を払いながら、末永さんに歩調を合わせてアーケード街を進む。


 アーケード街は信号を挟んで、その距離全長500メートル以上。

 その中では本屋、服屋、雑貨屋などいくつもの専門店が建ち並ぶ。

 近年は再開発が進んでおり、奥へ行けば行くほど店舗の外装は新しく、最奥には天井がドームの形をした広場に人がごった返す。


 僕たちは少し歩くとアーケード街のやや奥、女性用のアパレルショップに入った。


 店内は末永さんが好みそうな大人のお姉さんといった服装が所狭しと陳列されており、幾つかのマネキンには今回お目当ての夏服が飾られている。

 勿論僕は女性用のお店に来るのは初めて。

 どうすればいいか分からず挙動不審になってしまうが、末永さんは慣れた様子で服を手に取り、一つずつ吟味し始めた。


 「この水色のワンピース可愛いわね。栗島君はどう思う?」

 「はい。良いと思います」


 一つ手に取れば僕に感想を聞き。


 「このピンクのキャミソールも良いと思わない? あんまりピンクって着ないのだけれど、たまにはチャレンジしてみようかしら」

 「はい、良いんじゃないでしょうか」


 また一つ手に取れば僕の反応を伺い。


 「んー、夏用にスカートも新調したいわね……」

 「良いですね、スカート」


 もう一つおまけに手にとって僕の方を覗きこむ。


 「栗島君、なんだかさっきから適当ね……」

 「そ、そんなことないですよ! どれも末永さんに似合って、可愛いと思います」

 「そ、そう……? あなたがそう言うなら、そうなのかしら……ふふ」


 少しだけ不機嫌そうな顔をしたのものの、すぐさま嬉しそうに微笑む末永さん。

 ――それからたっぷり三十分は堪能し、


 「ねぇ、栗島君はどれが一番良いと思うかしら?」


 あろうことか最終判断を僕に委ねてきた。


 「え、ぼ、僕ですか?」

 「そう、意見を聞かせて頂戴」


 僕はこれまで見せてもらった服を思い出しながら、末永さんのイメージに合うものを考えていた。


 「やっぱり、最初のワンピースでしょうか」


 ずっとドキドキしていたせいで全ての服が記憶に残っているわけではない。

 けれど、初めて見た末永さんの私服姿が同じワンピースだったこともあって、最初に見た水色のワンピースだけは頭のなかで鮮明に残っていた。

 

 「やっぱり? 私もそう思っていたの。それじゃ、早速買ってくるわね」


 上機嫌な末永さんは最初に選んだワンピースを手に取ってレジに向かった。

 会計を済ませる間に一人でいるのは居た堪れないので、僕は外で待つことにする。


 「ふぅ……緊張した」


 男性のお店とは違う独特な雰囲気から開放され、ようやく僕も人心地がついた。


 「……ん?」


 呆然と立っていると、物陰から視線を感じる。

 だが振り返ってみても、そこには誰もいない。


 「お待たせ。次のお店へ行きましょう」


 不思議に思って辺りを見回していると、末永さんが店内から戻ってきた。

 手にはブランドのロゴが入った紙袋を持っている。


 「どうかしたの?」

 「……いえ、何でもないです」


 今日は休日。

 人も溢れているため、誰かがたまたま僕の方を見ただけかもしれないし、あまり気にしていてもしょうがない。


 「……さ、行きましょう。まだ見たいショップが数件あるの」 


 末永さんは僕の隣へやって来ると、着ているベストを弱々しく掴んだ。


 「す、末永さん?」

 「あら、駄目だったかしら?」

 「駄目ではないですが……」

 「ふふ、断られなくて良かったわ」


 末永さんにベストを掴まれながら、僕達は再びアーケード街を歩き始めた。

 次のお店へ入ると、また同じように服を吟味するが今度は買わず。

 また違うお店に入りを繰り返す。

 いくつか回るとさすがに飽きたのか次は本屋に顔を出し、チェスの棋譜集を購入すると、気づけばファミレスを出てから二時間が経っていた。


 「次へ行くわよ」

 「は、はい……」


 女性の買い物が長いというのは都市伝説ではなかったようだ。

 結構な時間歩き回っていたせいで僕はそれなりに疲れているのに、末永さんはピンピンとしている。


 「大丈夫、次で最後だから」


 隣を歩く僕を気にして一声かけ、末永さんは本屋の隣の文房具屋へ入っていった。

 お店には学生御用達の筆記用具は勿論のこと、高級な文具まで揃えられている。


 「こちらの万年筆を頂けますか」


 末永さんはその高級な文具が置かれてある場所にやってくると、店員を呼び出して鍵付きのガラスケースの中にある一つの万年筆を指差した。

 

 「では、僕は外で待ってますね」


 僕はアパレルショップと同様に、会計を済ませる末永さんを外で待つ。


 「――やっぱり、気のせいじゃないかも」


 最初のアパレルショップを出たときから、外ではずっと視線を感じている。

 ひょっとして、誰かにつけられているのだろうか。

 気になって周りを注意深く観察しても、誰かがこちらを見ているわけでもない。


 「お待たせしたわね」

 「あ、お帰りなさい」

 「ただいま。ところで、さっきからずっと落ち着きがないわね。私といるのがそんなに楽しくない?」

 「ち、ちがいます! その、さっきからずっと見られているような……」

 「……」


 末永さんは僕の言葉を聞いた途端、黙って俯く。


 「最近ね、誰かにつけられているの」

 「え、末永さんがですか?」

 「ええ……だから、栗島君が感じている視線は気のせいじゃないわ」

 「そんな……どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか!」

 「栗島君、テストに部活に忙しかったでしょう。それに私も一人であまり出かけないようにしていたもの」

 「そ、それでも、もっと他にやりようが……」

 「だから、今日はこうして栗島君にボディーガードをしてもらっているんじゃない。頼りにしているわよ」


 末永さんは笑顔で僕の隣に来ると、またしてもベストを掴んだ。

 今度はより強く。

 手を震わせながら。


 「末永さん……」


 やっぱり僕をデートに誘うなんて、あるはずがなかったんだ。

 でもそれはもう良いんだ、今は末永さんを守らないと。いつもは気丈に振る舞う末永さんが、こんなに不安を表に出しているんだから。


 「ひとまず休憩して、そこで対策を考えましょう」

 「ええ。近くに喫茶店があるから、そこでいいかしら」

 「分かりました。僕が先を行きますから、道を教えて下さい」

 「ふふ、頼もしいわね」


 僕は周りを警戒しながら喫茶店へと向かった。

 アーケード街からやや離れたところ、路地裏にある喫茶店が末永さんのお気に入りらしく、少し人気のない場所を二人で歩く。

 だが、これは……。


 「人少ないですね……危ないですし、場所変えません?」

 「でも、すぐそこだから。今のうちに早く移動しちゃいましょう」


 のんきな末永さんだった。

 でも、ここは引くわけにいかない。


 「つけられているっていうのに、この道は危険です。何かあってからでは遅いんですから、やっぱり引き返しましょう」


 僕は許可も得ずに末永さんの手を取って、無理矢理に歩みを止めさせる。


 「少し歩けば別のお店もあると思うので、そちらへ行きますよ」

 「もう、強引なのね……分かったわ」


 手を掴んだのが功を奏したのか、立ち止まった末永さんは紅潮しながら頷く。

 お互い照れくさそうにしながら、僕達は踵を返して来た道を戻ろうとした。


 その矢先――



 ブンッ!



 突然、眼前に現れた木刀。

 僕は末永さんをかばうため、咄嗟に右腕を前に出す。


 「つっ!」


 受け止めた右腕に鈍痛が走り、僕は反射的にうずくまってしまった。


 「残念、男の方に当たったか」

 「な、なんですかいきなり!?」


 襲ってきたのは、黒いジャージで全身を覆った、馬のような顔の長い男。

 どこかで見たことがある顔だ。


 「あなた、黒霧高校の」

 「このボクを覚えていたとは光栄だね……紺学園のクイーンさん」


 そうだ、この人は黒霧高校の剣橋さん。

 末永さんにチェス部の対抗戦で勝った人だ。

 でも、一体なんでこの人が……。


 「キミ達が二人になるところをずっと待っていたんだよ」


 木刀を構え、狂気を孕んだ笑みを浮かべながらこちらへゆっくりと近づいてくる。


 「……何の用かしら」

 「忘れたとは言わせないよ。あのとき、君はワザとボクに負けたって言ってたよね? ホントは実力で負けたくせに……このボクをコケにして、許されるとでも思ったのかい?」


 あのときの僕達のやりとりが剣橋さんには聞こえていたのか……。


 「あんな屈辱は初めてだよ……この悔しさ、お返ししてあげないとね!」


 言うが早いか、剣橋さんは木刀を振りかぶると末永さんに向かって突進してきた。


 「末永さん、危ない!」


 僕は咄嗟に末永さんを抱えて横に飛び、間一髪で直撃を避ける。


 「お前はあの日安辺に勝った奴か。さっきから邪魔ばっかりして……気に入らない、気に入らない!」


 無造作に振り回される木刀。

 狙いが定まっていないから僕に当たることはないが、万が一末永さんに直撃したら取り返しがつかない。


 「こっの……やめろ!」


 僕はサッカーのショルダーチャージを思い出して半身の姿勢を取ると、剣橋さんへ右肩を勢い良くぶつける。


 「ひっ!」


 そのまま二人で倒れこみ、丁度僕が剣橋さんに馬乗りする状態となった。


 「は、はなせっ!」

 「うるさい! 末永さんを傷つけるっていうなら、僕が許さない!」


 暴れる剣橋さん。

 だが、上に乗られている状態では上手く動けないのは当然で、しばらくすると騒ぎに気づいた人が路地裏にやってきて僕達を引き離す。


 「離せっ! こいつらが悪いんだ! こいつらが、このボクをっ!」


 その場にいた末永さんが事情を説明してくれたらしく、それから程なくして警察がやって来ると、剣橋さんは連れ去られた。


 そして騒ぎの原因を聞きたいと、僕達も交番へ連れて行かされることに。


 とんだデートになってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料