• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第四章 友人へのスルーパス
  • 第33話 友人へのスルーパス(2)

第33話 友人へのスルーパス(2)

 「すごい、すごいよ栗島くん!」

 

 ハーフタイムに如月さんが僕の元へ駆け寄り、タオルを手渡しながら騒ぐ。


 「サッカー部に混じってアシストを決めちゃうなんて! とっても格好良かったよ!」

 「そ、そう?」

 「そうだよ!」


 興奮しきりの如月さん。

 一緒にサッカー観戦したときのことを思い出す。

 そういえば、あの日も格好良いとか言われたんだっけ。


 僕は少し照れくさい気持ちも同時に思い起こしていた。


 「栗島君、お疲れ様」

 「末永さん、ありがとうございます」


 末永さんも如月さんを追うように僕のところへ。

 二人に僕のプレーを観てもらうのは初めてだから、少し恥ずかしい。


 「なかなか上手なのね。私はサッカーのことは詳しくないけれど、目立っていたじゃない」

 「そんな、周りのレベルが高いので、ついていくのがやっとですよ」


 事実、僕はその通りだと思った。

 さすがは紺学園サッカー部、これまで経験したどの試合よりもプレーが激しい。

 

 それに僕にはブランクがある。

 一週間準備してきたとはいえ、毎日練習している人とは練習量が違うのは明らか。

 前半が終わっただけなのに、一試合終えたときのような疲労感が体全体を襲う。


 「こんなことで、後半持つのかどうか……」

 「ふふ、そんなことかと思って、差し入れを用意してきたわ」


 末永さんが持っていたのは、保健室の時と同じグレープフルーツジュースだった。


 「今度は冷えているわよ、そこで買ってきたものだから。それとも、スポーツドリンクのほうが良かったかしら?」


 右目をウィンクしながら僕に手渡してくる。


 「い、いえ。そんなことは。ありがとうございます」

 「そう。グレープフルーツには疲労回復に効くクエン酸が入っているらしいから、それを飲んで後半も頑張ってね」

 「はい!」


 僕は渡されたグレープフルーツジュースを口にする。

 やっぱり、酸っぱい……。

 僕は保健室で口に出した言葉を、もらった本人の前で言うのだけはぐっと堪えた。



 いよいよ後半が始まった。

 僕達は前半と同じく大木にボールを集める。

 最後の僕のパスが効いたのか、相手が大木の足元へのパスも警戒。

 その結果、上空へのボールも効果的に通るようになっていた。


 早い足と恵まれた体躯を持つ大木を止めるのはそう簡単ではなく、試合は徐々にこちらに傾き始める。

 向こうの攻撃も僕が富松さんを密着マーク。

 安藤さんへは複数人のマークをつけることで二人を分断することに成功していた。


 「ここまではお前の作戦通りということか」


 孤立した安藤さんが、試合中にも関わらず僕に話しかけてくる。


 「しかしこっちの守備はバランスが悪いな。まるでこの前の練習試合を見ているようだ」

 「はい。この前の試合もなんとかウチの学校が勝つことが出来ましたが、守備陣のバランスは悪かったです。相手チームは富松さん、安藤さんをしっかり抑えていることでチームとしても機能していましたから。あちらに大木のような選手がいたら危なかったでしょう」

 「はは、全くだ」


 まるで人ごとのように、安藤さんが笑う。


 「な、なんか余裕ですね」

 「おいおい、こっちは負けてるんだぞ。余裕があるわけないじゃないか。ただ、お前の言う通りになったのがちょっと可笑しかっただけだ」

 「は、はぁ……」


 やっぱり僕には余裕があるように見えた。


 「ま、俺は富松さんと違って頭も固くないからな。お前の意見を取り入れてやろうじゃないか」

 「おい安藤。聞こえてるぞ」


 近くにいた富松さんが目をつり上げている。


 「はは、すんません富松さん! というわけで、前は任せます」

 「相変わらずお前は奔放な奴だな……まぁいい、若いのに喝を入れてこい」


 富松さんの許可を得た安藤さんが自陣の、中盤の守備的な位置まで下がる。

 僕の意見を聞き入れた瞬間だった。


 「安藤さん……」

 「勘違いするな。後ろの奴らの動きが悪すぎるからだ。まだお前の案を採用すると決めたわけじゃねえ」


 富松さんはそう言うが、僕には一歩前進だった。

 試合はまだ終わっていないのに、僕はつい笑みをこぼしてしまう。


 「ふん、笑っていられるのは今のうちだ。お前の体力もいつまで持つかな?」

 「……気づいていたんですか」

 「当たり前だ。伊達に高校生活をサッカー漬けにしてねぇよ。一年の、しかもブランクがある奴と体力が一緒だと思うなよ」

 「ははは……おっしゃるとおりで」


 つくづく富松さんの言うことは的確だ。

 僕の体力はもう限界に近い。

 高校でもトップクラスの実力を誇る富松さんを、前半からマークをし続けていたのだから当然だ。


 「せいぜいついてこいよ! 今までは様子見、本番はこっからだ!」


 富松さんはギアを上げ、これまでよりも速いスピードでフィールドを駆ける。

 安藤さんは大木を警戒しながら、中盤でパスを回してゲームをコントロール。

 先程までのような圧倒的な突破力は影を潜めたが、チーム全体の流動的な動きが増し、明らかにチームが機能し始めた。


 前線では安藤さんの穴をカバーするような圧倒的運動量で、富松さんが僕を引き離しにかかる。

 そして――足がもつれた僕はついに彼をフリーにしてしまい。


 「っし、もらった!」


 彼の右足から、同点のゴールを許してしまった。


 「はっ……はっ……」


 足がもつれた勢いそのままに、僕はフィールド上に倒れる。


 「栗島くん!」


 遠くから聞こえるのは如月さんの大きな声。

 この期に及んでも周りを気にする余裕があるんだから、まだまだ僕の体力は限界じゃないはず――でも、足はもう思うように動かない。


 「く……」

 「ほら、手貸せ」


 何とか立ち上がろうとする僕を、富松さんが腕を引っ張って起こしてくれる。


 「あ、ありがとう……ございます……」

 「限界か? ここまでやれば十分だろう。もう引っ込んでもいいぞ」

 「い、いえ……まだ富松さんに、サッカー部の皆さんに、納得してもらっていませんから……」

 「強情な奴だな」

 「それにコンサル部の二人も……大木も、諦めていませんから。僕が諦めるわけにはいかない」

 「それなら最後まで俺についてくるんだな。残り十分もない、死ぬ気で来い」


 この足が動く限り、僕は立ち止まるわけにはいかない。

 僕をいつも助けてくれる末永さん、如月さん。

 背中を押してくれた大木。


 そして一度失敗した僕に、チャンスを与えてくれた富松さんに応えるためにも!


 「分かりました!」


 僕は両手で自分の頬を叩き、気合を入れなおす。

 足を屈伸して伸ばし、自分に鞭を打つ。


 「栗島くん! 頑張ってー!」

 「栗島君! ファイト!」


 如月さんと末永さんの声に後押しされるように、僕は最後の力を振り絞ってフィールドを走る。


 試合は終盤。

 安藤さんの的確なゲームコントロールに支配され、僕らのチームがボールを触る時間は段々と減っていく。

 やはり、彼をボランチに推薦したのは正しかった。

 苦戦しているチーム状況とは裏腹に、そのことがただ嬉しかった。


 でも、僕も今回の提案がかかっている。

 負けるわけにはいかない。


 そうして相手の猛攻を防ぎきり、残り時間が僅かとなったタイミングでようやく僕の足元にボールが転がってきた。


 直ぐさま前を向くと、前線では大木が走りだしている。

 もう時間がないし、このチャンスに賭けるしかない。


 「大木!」


 僕は大木の走りこむ先へパスを送る。

 だが、当然安藤さんも後ろからついてきていた。

 残り時間から考えると恐らくラストワンプレー。

 僕は富松さんのマークを放棄し、最後の攻撃に加勢する。


 大木は安藤さんを振り払うかのようにボールに向かって全速力で走り、僕は大木のフォローをするため、少しでも彼に近づこうと追いかける。

 富松さんはまだ追いかけてこない。

 これなら大木のシュートが僕のところへこぼれたら詰めることができる!


 「栗島!」


 だが大木は、後ろから来る僕へ追い越しを促すように、ダイレクトでもう一度前線へパスを送った。


 「大木!?」


 安藤さんが後ろにいるとはいえ、シュートチャンスはあった。

 それにこのシュートを決めなければ大木はフォワードにはなれない。

 なのになぜ――


 「難しいこと考えるな! いいからいけ!」

 「大木! でもお前が点を取らなきゃ!」


 僕が言うことが最初から分かっていたかのように、大声で発破をかける。


 「友達に遠慮するな! この試合に、勝つんだろ!」


 大木のその言葉に背中を押され、僕は最後の力を振り絞ってボールへ。

 そしてゴールへ向かって走る。


 心臓が痛い。耳鳴りがする。

 体力はとうに限界を超え、今にも倒れそう。

 でも、まだ動く。きっと末永さんの差し入れのお陰だ。


 「やらせるか!」


 後ろからは追いついてきた富松さんの声が聞こえる。

 僕はそれよりも速く、右足を振りぬく。


 「はあああああああああ!」



 僕が蹴りこんだボールは、ゴール左端へ吸い寄せられるようにして決まった。



 ピッピッピー!


 ゴールと同時に、試合終了を告げるホイッスルが鳴る。

 同時に、僕は再度フィールドに倒れこんだ。


 「勝っ……た……」

 「ああ、負けたよ」


 隣で倒れこんでいた富松さんが起き上がり、僕の言葉に反応する。


 「お前の勝ちだ」

 「と……富松さん……」

 「つーかお前、足痙攣けいれんしてるじゃねえか」


 富松さんは僕の痙攣した右足を掴むとグッと力を入れて伸ばすと、僕は堪えきれずに顔をしかめる。


 「我慢しろ。ったくあのとき代わってりゃよかったものを……」

 「でも……勝て……ました」

 「ああ、約束通りお前の提案をのんでやるよ」

 「あ、ありがとうございます! あ、でも……大木は」

 「大木は約束を守れなかったな」

 「は、はい。でも、最後のプレーは――」

 「だから追試だ。今日取れなかった一点は、今度の大会に取っておいてもらう」

 「そ、それじゃ!」

 「気に入らねえが勝つためだ。ほら、終わりだ」


 富松さんに足を離してもらうと、勢い良く立ち上がる。


 「あ、ありがとうございます――ったー!」

 「まだ痛いだろから、無理するな」

 「は、はい……すみません」


 「栗島!」


 僕の元へ、大木が全力で駆け寄ってくる。

 やっぱサッカー部に受かる奴は違うな、まだまだ体力があるみたいだ。


 「お疲れ大木。フォワード、させてくれるってさ」

 「え? でもぼく一点しか決められなかったよ?」

 「お前はディフェンダーだと危なっかしいし、前線でドンパチやってるほうが向いてる。要は、ディフェンダーはクビだ」

 「えええ……そんな」


 富松さんの容赦無い一言に、大木はガックリと肩を落とす。


 「文句言うな。俺だって本当はフォワードが良いんだぞ。安藤がいるから譲っていたのに、まさか一年に譲ることになるとはな」

 「富松さん……」

 「後ろは安藤と……そうだな。おい、お前名前は」

 「え、えと……栗島です」


 僕の名前、覚えていなかったんですか……。


 「栗島、お前もサッカー部入るか。今日の出来ならコーチも駄目とは言わないだろ」

 「え、僕が……ですか?」

 「そうだよ栗島! 今日は栗島のお陰で勝てたようなものだし、ぼくはまた君とサッカーがしたいな」

 「え、ちょっと大木!」

 「俺も賛成だ」


 後ろから、安藤さんも賛同の声。


 「やっぱりお前は鬱陶しい。今日もお前がいなければ勝てた」


 心なしか、というか、明らかに安藤さんが怒っていた。


 「やっぱりお前はサッカー部に入るべきだ。というか勝っておいて入らないとか許さん」


 入部テストのときの爽やかさは一体どこへ……。


 「ああ、こいつ負けたらすぐ怒るから、あんまり気にするな」


 狼狽うろたえる僕に、富松さんがフォローをくれる。


 「そ、そうなんですか……人は見かけによりませんね」

 「全くだ。コイツも黙っていればモテるのかもしれないが――この天然っぷりがな」

 「は、はぁ……」


 やっぱり、よく分からない人だった。

 でも今回の件だって安藤さんがいなければ提案どころじゃなかった。

 なんというか、憎めない人って感じだ。


 「んで、どーする?」


 富松さんの言葉を皮切りに、三人が一斉に僕へ視線を向ける。

 飄々とした視線、期待を向ける視線……怒気を孕んだ視線。

 そして僕が承諾すれば、念願のサッカー部へ……。


 「ごめんなさい」


 でも、僕は首を横に振り、この提案を断る。


 「む、なぜだ。お前サッカー部入りたくて、入部テスト受けたんだろう」

 「そうだ、お前、鬱陶しいぞ」

 「安藤、ちょっとお前は黙ってろ。話がややこしくなる」

 「く……」


 強豪校なのに、意外に和気藹々で、編成も自分たち主体で決める。

 なかなかいいチームだ。

 それに僕を求めてくれているなんて、こんなに嬉しいことはない。けれど、


 「僕はもう、コンサルタント部の一員なんで」


 やっぱり、僕を救ってくれた二人を裏切るわけにはいかないし、何より、末永さんと如月さんといるのは楽しい。


 それに、


 「男が一度決めたことは、やり切らないといけませんから――コミットメントです」

 「……だな」


 富松さんが笑いながら僕の肩を拳で軽く突きながら、


 「頑張れよ、コンサル部」

 「はい!」


 僕はその言葉に精一杯の返事をしてフィールドを離れ、仲間の元へ戻っていった。

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