• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第四章 友人へのスルーパス
  • 第30話 ドキドキとグレープフルーツジュース

第30話 ドキドキとグレープフルーツジュース

 目が覚めたとき、僕は教室にいなかった。


 体はベッドの上。

 視界は白いカーテンで区切られて外とは遮断されている。


 「保健室?」


 大木を庇いながら、自分が倒れるという情けない結末を迎えてしまったようだ。

 少し寝たお陰で頭はすっきりしているが、倒れた拍子にぶつけたのか体が痛い。


 「いてて……」


 痛みを堪えながら身体を起こすと、ベッドの隣にある椅子に座り、心配そうに僕を見つめている女性と目が合った。


 「気がついた!?」

 「如月さん? どうしてここに」


 如月さんは僕が目覚めたのを見て、安堵した表情を浮かべる。

 

 「栗島くんの付き添い。急に倒れちゃうんだもん……心配で授業どころじゃないよ」

 「そ、そっか……ごめん。ところで、今何時なんだろう」

 「今は十二時二十分。後五分でお昼休みだね」


 僕が朝学校に来たのが八時十五分、たっぷり四時間は寝たことになるのか。

 どうりで頭がスッキリしているわけだ。


 「って如月さん。ひょっとして一時間目からずっといるの?」

 「うん」

 「授業は?」

 「サボった」


 まいった……。

 如月さんに授業を欠席させてしまうとは。


 「ごめん……」

 「ううん、全然! とにかく今日はゆっくり休んで。牡丹さんにも今日のことは伝えてあるから」


 如月さんは僕の肩をそっと掴み、軽く押してベッドに戻すと、上から優しく毛布を掛けてくれた。

 お互いの顔が近いせいで僕は身体が火照り、如月さんの顔も赤いように感じる。


 「テスト期間、勉強凄く頑張ってたもんね。その後すぐに部活でも無理をして……あんなことしたら、誰だって倒れるよ……凄く、凄く心配したんだから」


 目の前にあるのは、如月さんの悲しそうな瞳。

 僕なんかのために心を痛めてくれるのを嬉しく思うと同時に、申し訳なく思ってしまう。


 「あんまり無茶はしないで。あたしたちを……あたしを、頼って……」


 如月さんの瞳がゆっくりと僕に近づいてくる。


 「それとも、あたしじゃ頼りない……?」

 「そ、そんなこと……」


 心臓が、今まで感じたことがないくらい速く鼓動を打つ。

 手を伸ばせば届きそうな距離から、息がかかる距離まで接近。


 「あたしじゃ……駄目?」


 多分、今の僕の顔は真っ赤で。

 目の前の如月さんの顔も、ありえないくらい赤くて。


 「栗島……くん……」


 距離はついに目と鼻の先まで縮まり、如月さんの目がそっと閉じられ――



 バン!



 唇が触れそうになる寸前、扉を力強く開ける音が響いた。


 「栗島君!」


 扉を開けたのは末永さんだった。

 余程慌てていたのか、息を切らせながら僕の元へやってくる。


 「あなたが倒れたって聞いて、急いでやってきたの……って、麻優。あなたもう来てたの?」


 気づけば、如月さんは椅子に姿勢を正して座っている。


 「は、はい……」

 「授業は?」

 「そ、その……えっと」

 「――サボったのね?」

 「……すみません」

 

 僕に堂々と宣言したときとは違い、バツが悪そうにする如月さんだった。


 「まぁいいわ。栗島君、体調はどう?」

 「はい、ぐっすり寝たんで、もう平気です」

 「そう。良かった」


 如月さんと同じく、末永さんもホッとした表情を浮かべた。

 その光景を見て、少しだけ僕の胸も熱くなる。


 「ところで麻優、学食の手伝いはいいの?」

 「あ、いけない! ごめん栗島くん、あたし行ってくるね」

 「ううん、付き添いありがとう」

 「どういたしまして! それとこれ、お弁当。食べられそうだったら食べてね!」


 如月さんは僕の手にお弁当を手渡して扉の前まで歩くと、そこで振り返る。


 「栗島君、あたし諦めないからね!」

 「え、な、何が?」

 「サ、サッカー部のことに決まってるでしょ! それじゃね!」


 恥ずかしそうに宣言し、保健室の外へ飛び出していった。


 「あの子、随分顔が赤かったわね」

 「そ、そうですね……」

 「栗島君も、なんだか赤いわね、熱でもあるの?」

 「そ、そうですね! ちょっと熱っぽいかなー、なんて!」

 「ふぅん……」


 怪訝けげんそうに僕を見つめながら、末永さんはついさっきまで如月さんが座っていた椅子に腰掛け、


 「麻優と何かあったのね?」


 優しい言葉でもかけてくれるのかと思いきや、いきなり核心を突いてきた。


 「い、いや! な、ななな何も!」

 「本当に?」


 さっきよりも一層疑わしい目つきで末永さんが僕を睨む。

 そりゃそうだ。

 これだけ辿々たどたどしい返事なら、怪しむなと言う方が難しいか。


 「え、ええ。何もないですよ……」


 とはいえさっきのことを包み隠さず話すと今後の部活動に影響が出そうなため、必死で顔を作り、なんとかやり過ごそうと試みる。


 「そう……」


 その様子に何を思ったのか知らないが、末永さんは椅子から腰を浮かせて身体をこちらに傾けると、僕の頭を優しく撫でてきた。


 「す、末永さん……」

 「ひとまず、無事そうで何よりだわ」

 「は、はい。ありがとうございます」

 「あら、まだ顔が赤いわね?」


 そ、それはあなたが僕の頭なんか撫でるからですよ!

 というか、末永さんの顔も十分赤いですよ!


 「ふふふ、そんなに顔を赤くされたら、こっちまで恥ずかしくなるわ」


 恥ずかしいなら止めてください、こっちも恥ずかしいので!


 「止めないわよ。どうせ麻優もこんな感じだったんでしょう?」


 あなたはなぜ、僕の心が読めるんですか!

 それと如月さんは僕の頭なんて撫でてなくて!

 でも顔が近いのは同じで!


 気がつけば、末永さんの顔も息がかかる程の距離にまで接近していた。

 またもや僕の心臓に負荷がかかる。まるでインターバル走をしているみたいだ。


 「倒れたって聞いて、私も心配したのよ?」


 ジワジワと近づいてくる末永さん。

 ど、どうしよう。もうお昼休みだし、こんなところを誰かに見られたら……。


 「あ、あの!」


 僕が勇気を振り絞って声を出すと、ようやく末永さんが静止した。

 顔は少し不機嫌そう。


 「き、昨日は、すみませんでした……」


 いきなり空気を変えたものの、思いつく話題といえば昨日の提案会の話しかない。


 「気にしないの。誰にでも失敗はあるわ」

 「ですが……」

 「それよりも倒れるまで無理をさせてしまった。部長の……私の責任よ。ごめんなさいね」


 勝手に僕が倒れただけなのに、自分が悪いと末永さんが謝罪する。


 「違うんです!」


 でも、僕が言いたいのはそういうことじゃないんだ。


 「栗島君?」

 「確かに、僕は昨日失敗しました。それは申し訳なく思います。末永さんと如月さんだけじゃなく、サッカー部の三人にも迷惑をかけました」

 「だから、それは――」

 「けれどそれだけじゃない。思えば、先週から僕は間違えていたんです。何でも一人でやろうと、勝手に突っ走って……」


 頭を撫でるのを止めた末永さんが、口を閉ざしたまま僕の話に耳を傾ける。


 「いや、もっと前から。きっと高校に入学したときからずっと……。サッカー部に落ちて、自分で勝手に落ち込んで、周りに誰も頼ろうとせず」


 僕はこれまで積み重ねた過ちを懺悔するように言葉を紡ぐ。


 「今回もそうです。リーダーだからって、なんでも自分でやらないといけないわけじゃない。末永さんと如月さんが手を差し伸べてくれているのに、断って、失敗して。そりゃ、クラスの皆にも……笑われます」


 末永さんは黙って僕の話を聞き、頭を撫でる手を再開。


 「ただ必死なだけだったんです。自分を、認めて欲しくて……僕には、頑張ることしかできないから。でも、僕が間違えていたんです……僕が、悪かったんです」


 自然と僕の手は震えていた。

 それに気づいた末永さんは頭を撫でる代わりに、震える僕の手を握ってくる。


 「栗島君。あなたは何も悪く無いわ」

 「でも、コンサル部で、初めて失敗を……!」

 「別に今回が初めての失敗じゃないわ。私も一人でやっていたときは、沢山失敗したのよ?」

 「末永さんが?」

 「私だって人間だもの、失敗もすればドジもするわ。でもその度に反省すればいいのよ。次に同じことを繰り返さなければいいの」


 末永さんが僕の手を握りながら、意を決したように言葉を続ける。


 「――こんなときに言うのも気が引けるけれど、確かに栗島君、あなたはミスを犯した」

 「はい……」

 「でも、どんなミスを犯したかは自分でもう理解している。それで十分よ。さすがは私と、麻優が見込んだだけあるわ」

 「末永さん……」

 「次からは私を、周りをちゃんと頼ってね? それとも、私じゃ頼りないかしら?」

 「そ、そんなことないです!」


 恐らく、末永さんにはこうなるって分かっていたんだな。

 分かっていて敢えて、僕のやりたいようにやらせてくれたんだ。

 もしかしたら、如月さんも気づいていたのかもしれない。

 二人とも同じことを言うくらいだし。


 やっぱり僕は馬鹿だった。でも無駄じゃなかった。

 この失敗も、二人に出会えたことも。


 「そう、良かったわ」


 僕の納得した表情を見て安心したのか。

 末永さんが鞄からパックのジュースを取り出し、僕に手渡してくる。


 「これ、お見舞いのグレープフルーツジュース。お弁当とは合わないかもしれないけれど、よかったら飲んでね」

 「あ、ありがとうございます」

 「どういたしまして。これからも期待しているわよ、栗島君」

 「はい、頑張ります……っと、それと、頼らせてもらいます」

 「良い返事ね。じゃあ、頼るついでに一つアドバイスよ。今度はクライアントの性格もインプットしておくといいわ」

 「クライアントの性格ですか?」

 「そう。今回で言えば富松さんね。彼、きっとコンサルみたいなタイプ苦手よ」

 「はい、それはなんとなく分かります」

 「ええ。だから次はもっと彼が食いつくようなトピックを考えるべきだわ」

 「はぁ……と言っても、もうチャンスは」

 「あら、諦めるの? 私はまだチャンスがあると思うけれど」

 「チャンスですか? でも、どうやって……」

 「ふふ、そこからは宿題。頑張ってね」


 肩をポンと叩いて、末永さんは椅子から立ち上がる。


 「は、はい……頑張ります」

 「それじゃ、私もそろそろ行くわ。あんまり二人でいると、麻優に抜け駆けだって怒られちゃうもの」

 「ぬ、抜け駆けですか?」

 「こっちの話、それじゃあね」


 最後に意味深な言葉をジュースと一緒に置き土産にして、末永さんも保健室も後にした。


 「……飲むか」


 喉が乾いた僕は、末永さんが持ってきてくれたグレープフルーツジュースを飲む。


 「酸っぱ……」


 買ったばかりとは思えないぬるさのジュース温度。

 それは末永さんの心遣いと、独特の酸味が身体に染み渡るようだった。

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