• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第四章 友人へのスルーパス
  • 第29話 僕が耐えれば

第29話 僕が耐えれば

 どれだけ僕が落ち込もうが。

 どれだけ嫌なことがあろうが。

 それでも明日はやってくる。

 

 相変わらず一人ぼっちの僕は、一人で教室に入り、一人で教室の席に座る。

 昨日の提案会での失敗が尾を引き、僕は一睡も出来なかった。

 寝不足を解消しきれなかった身体は重く、頭痛もする。


 ちょっと体調が悪いだけで、なんてことはない。

 いつもの僕の一日。



 そう思っていた――



 「おい、栗島。お前サッカー部の先輩に喧嘩売ったんだってな」


 唐突に、あまりにも唐突に。

 これまではなかった、言葉の刃が僕に向かって切れ込んできた。


 「え、どういうこと?」

 「とぼけるなよ。昨日サッカー部の三年生に文句言ったのを、中学時代の友達に聞いたんだよ」


 僕にいきなり矛先を向けてきたのは、クラスメイトの正井。

 これまで一度も話したことがない奴だった。


 それにしても僅か一日で他人の耳に情報が入るなんて。

 別に悪いことをしたわけではないのに、僕はそのことに少し気持ち悪さを覚える。


 「あれは部活で……」

 「へぇ、喧嘩売るのが部活なの? 簡単な部活があるもんだね」


 なんとか弁明をしようとするも聞く耳を持たない正井。

 それどころか、今度は違う男が会話に混ざってきた。


 それを機に複数の男子に囲まれ、女子からは奇異の視線が向けられる。


 孤立している僕を救ってくれるのは、このクラスに誰もいない。


 「止めなよ!」


 ――如月さんを除いて。


 「如月……彼氏がピンチだからって首突っ込んでくるなよ」

 「なっ! 別に栗島くんは彼氏ってわけじゃ」


 クラスの皆は如月さんと僕が付き合っていると勘違いしているようだった。

 でも今の彼らにはそんなことはどうでもいいのかもしれない。

 僕はタダのイジメの標的。

 正井を止めに入った如月さんと、標的の僕を茶化すように、周りもヤジを飛ばす。


 「如月さん。僕なら大丈夫だから」

 「栗島くん! でも……」

 「おーおー、今度は彼氏が王子様気取りですか? 熱いねぇ!」

 「そういうことじゃない。如月さんは関係ないだろ」

 「……すましやがって、気に入らねー。最初から思ってたんだけど、お前嫌な奴だな」


 まるでそれまで堰き止められていた物が一気に溢れ出るように、正井から僕への罵倒が始まった。


 「俺はお前らとは違うんだって、人をバカにしたような顔してさ。んで誰とも話さないで勝手にクール気取って……何なのお前?」

 「そ、そういうわけじゃ……ただ、僕は」

 「別にお前が俺らのことをどう思ってようが知らねーよ。でも、クラスの和を乱すのは止めてもらえねぇ? 迷惑だから」


 僕が言いかけた言葉も聞かずに。


 「ついでに学校も辞めてもらえば?」

 「いいねぇ、それ!」


 周りも正井の言葉に触発されるように。

 ある者は笑いながら、ある者は憎らしいものを見るかのような表情で。

 僕へ負の感情を精一杯ぶつけてくる。


 如月さんはそれに対して憤怒の表情を浮かべるが、僕は首を振り、目で制す。


 (これ以上、如月さんに迷惑をかけるわけにはいかない)


 その様子を見て、益々煽り立てるクラスメイト。

 それを僕は何も言わず耐え、ただ黙って時を過ごす。

 クラスメイトの罵声を一身に浴びたからか、それとも体調の悪さからか。

 右手は自然と喉元を擦り、気づけば冷や汗が流れる。


 でも、耐えなければ。

 なぜなら僕が富松さんを怒らせてしまったのは事実なのだから。

 僕がここで声を荒げても、何も解決しない。

 如月さんだってクラスで浮いた存在になるかもしれない、そんなのはごめんだ。


 僕が耐えれば、全て丸く収まる。

 例え教室での高校生活が灰色でもコンサル部がある。



 僕が、僕が耐えれば――



 「いい加減にしろ!!」


 突然、これまで輪の外から状況を見つめていた大木が怒りの声を発した。

 珍しい彼の行動に、クラスメイトも一瞬で硬直する。


 「そんなに栗島苛めて楽しいか! お前らこそサッカー部じゃないだろ! 部外者が勝手に、口を挟むんじゃない!」

 「……大木、そうは言うがこいつも部外者じゃねーの? なんでこいつは許されるわけ?」


 正井は大木の声にも臆せず、沈黙を許さないと反発。


 「栗島には、ぼくから頼んだんだ。険悪な雰囲気になっているサッカー部を、変えて欲しくて。それが君らに関係あるの?」


 大木は正井に対し、いつもは下がっている眉をつり上げ、大きな体躯で対峙する。

 普段な温和な彼が見せる、今までにない表情。

 僕はもちろん、クラスの皆でさえ知らない大木の顔がそこにあった。


 普段怒らない奴が怒るときほど怖い。

 大木はまさにその典型だ。

 僕も自分が怒られているわけじゃないのに大木のことが滅茶苦茶怖く感じるし、正井達も顔を引き攣らせている。


 「それ以上栗島に喧嘩を売るなら、ぼくが相手するよ」

 「おい大木! そんなことしたら試合に」


 大木がシャツの裾をめくり、臨戦態勢を取る。


 「なんだよ大木、やろうってのか」

 「正井も! 止めてくれよ!」


 正井も鼻息が荒い。

 今にも大木に飛びかかろうとしている。


 「良いんだ栗島。元はといえばぼくが頼んだのが悪かったんだし」

 「でも正井が言ってることも事実だ。それにお前までクラスの立場を悪くする必要はないって!」


 僕がいくらなだめても、大木は一切聞く耳を持たない。

 でも止めなきゃ、僕のせいなんだから――


 「大木!」


 僕は目眩を覚えながら席を立ち、背中から大木を羽交い締めにする。


 「離せ、栗島! こいつら、お前が精一杯やってくれたことも知らずに、馬鹿にしてるんだぞ!」

 「別に僕のことはどうなっても構わないから! お前が、そこまでする必要はないんだ!」


 伊達に一般入試で唯一受かった男じゃない。

 大木は相当な力の持ち主で、振りほどかれるのを僕は必死で耐える。


 必死で――必死で――


 あれ。


 おかしい。

 先程までよりも強い立ち眩みが僕を遅い、視界が急に回り始める。


 

 「良いんだ、栗島は悪くない。それに――」


 大木が何か言っているが、何を言っているかは分からない。

 気づけば、目の前に床が見える。


 「――島! 栗島!」

 「栗島くん!」


 大木と、この声は如月さんだろうか。

 二人が必死に、僕を呼ぶ声だけは耳に届いた。

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