第24話 屋上会談

 昼休みに大木に呼びだされた僕は、彼と共に屋上へ来ていた。

 今日は空が曇り模様なこともあり、屋上にいるのは僕達二人だけ。


 「ごめんねいきなり。如月さん、怒ってなかった?」


 大木が第一声に声を掛けてきたのは、如月さんのこと。


 「いや、全然大丈夫……お弁当もこっそり貰って来たし……」

 「えっ?」


 突然、大木が素っ頓狂な声を上げる。


 「えっ?」


 僕もつられて同じ言葉で返す。


 「栗島、そのお弁当如月さんのだったんだ……ってことはあの噂って本当だったんだね」

 「へ? 噂? 何が?」

 「栗島と如月さんが付き合ってるって噂だよ」

 「は!?」


 唐突な一言だった。


 「え? 付き合ってるってどういうこと?」

 「だって、お昼いつも如月さんと一緒だろ? 学食の案内した後、テラス席で仲良くお弁当食べてるの、うちのクラスじゃ結構有名だよ」

 「そうだったんだ……」


 そんなに有名だったのか。

 まぁ、毎日学食で声を張り上げてたら有名にもなるか……でも。


 「それで、なんで俺たちが付き合ってることに繋がるんだ?」

 「そりゃあ入学してすぐの男女が仲良くお昼食べてたら誰でもそう思うって……実際、お弁当作ってもらってるんだから、そうじゃないの?」

 「確かにお弁当は如月さんが毎日用意してくれてるけど、別に僕らは付き合ってるっていうわけじゃなくて、ただの部活仲間で……その……友達……かな?」


 その言葉を聞いた大木は、今度は深く溜息を漏らす。


 「栗島……鈍感?」

 「僕が? なんで?」

 「いや、今ので分かったから、いいや……」


 何かを諦めたように、大木は天を仰いだ。

 やっぱり友達にお弁当作ってもらうのっておかしいのか……。

 いくら如月さんの面倒見が良いっていっても、ちょっと世話になり過ぎだな。


 「と、ところで。なんで僕を呼び出したの?」


 この件を続けたら僕が一方的に言われる気がしたので、慌てて話を戻す。


 「ああ、そうだった。栗島さ、昨日の件、見たよね」

 「あー、サッカー部のこと?」

 「うん」

 「まー、うん。見たけど。でも、何を話してるかはそんなに聞こえてないよ」

 「そっか……」

 「何かあったの?」


 僕が聞いてくれるのを待っていたかのように、大木はゆっくりと息を吸い込んで話し始めた。


 「実は、今度の大会のベンチ入りメンバーで揉めててね」

 「ベンチ入りメンバーで?」

 「うん、安藤さんはぼく達一年生からも選ぶべきだって主張してるんだけど、富松さん……あ、昨日安藤さんと言い合いしてた人ね。彼はその意見に反対してて」

 「そうなんだ……でも、そういうのって普通監督とか、コーチが決めるもんなじゃないの?」

 「うちの部は割りと自主性を重んじるみたいで、ベンチ入りメンバーとかも部員で結構決められるみたい。もちろん、最終的な判断は監督たちがするんだけど」

 「へぇ。強豪校なのに、珍しいね」

 「だね、ぼくも入るまで知らなかったよ」


 サッカー部に入ることを許されたものと、許されなかった者。

 昨日の教室と廊下と同じく、僕と大木の間にも見えない壁があるみたいだった。


 「――あの後さ。安藤さんが、ぼくをベンチ入りメンバーに推薦してきたんだ」

 「大木を? 一年なのに、凄いじゃないか」

 「うん、それはもちろん嬉しいんだけど……富松さん達反対派にはおもしろくないみたいで。一気に部の雰囲気が悪くなっちゃったんだ。練習に来ない人も何人かいるし」


 「まぁ、ウチみたいに強い学校なら、学年なんて関係ないんじゃない? 安藤さんだって去年一年から試合出てたんだし、そんなに気にしなくても良いと思うけど」

 「……それが、実は安藤さんが試合に出始めたのも冬の大会からで、一年を夏の大会でベンチ入りさせることは、これまで一度もなかったらしいんだ」

 「そうだったんだ。言われてみれば、僕が安藤さんの試合を見たのも冬の大会だったな」

 「でしょ。それが安藤さんの一言で、これまでの伝統を崩すのかどうかって話になっちゃって……それにぼくだってそんなに上手いわけじゃない。タダ背がでかいだけなのに……そんな人間が伝統を崩してまでいきなりベンチに入っても、役に立てるかどうか」


 大木はもう一度溜息をして、校庭を眺める。

 なんというか、予想通り気苦労が多い男だった。


 「気にする事ないと思うけどな。プロだって年齢関係なく呼び捨てで言い合うスポーツなんだから。大木だって、この学校のサッカー部に入りたくて一般入試を頑張ったんだろ? で、試合に出られるチャンスがある。一年のうちから、しかも、推薦で入った奴らを差し置いて。格好いいじゃないか」


 それに、僕は入れなかったけど、大木は唯一入部テストに受かった男だ。

 悔しい気持ちが残っていないわけじゃないけど、やっぱり応援したい。


 「なんか、良い奴だね。栗島って」

 「なんで、大木のが良い奴っぽいけど」

 「それこそどうして」

 「だって、俺クラスで浮いてるし……教室で話しかけてくれるのは大木くらいだろ? 実は結構救われてるよ」

 「それは……なんっていうか、栗島って入学してすぐのとき、凄く暗い顔してたし、近づいて欲しくないオーラが出てたからじゃないかな」

 「う……やっぱ、そうだったのか」


 「うん。もしかしなくても、サッカー部に落ちたから?」


 ……気づかれるもんなのか。

 でも、ここで嘘ついても仕方ないしな。


 「まぁ、そうだね」


 「そっか……なんか、ごめん」

 「なんで謝るんだよ。大木は悪くないだろ」

 「でも……」

 「さっきから大木、気にし過ぎじゃない? 別に僕を昼に呼び出すのも悪くないし。入部テストだってみんな受かりたくて必死だったんだ。大木は認められたんだよ。自信持ちなよ」


 「栗島……」


 「それに、先輩のことだってそう。皆全国制覇目指して頑張ってるんだから、良いと思ったことは取り入れないと。僕はサッカー部のことは分からないけど、安藤さんが言うように大木の実力が先輩より上なんだったら、大木がメンバーに選ばれるべきだと思う」


 僕は、心の底から思ったことを口にする。

 大木に対する悔しさなんかよりも、ずっと心の底で思ったことを。


 「……ありがとう。栗島」

 「ああ。そのためにはまず実力を証明しないとね」

 「だね」


 大木は上を向くと、長い腕を目一杯に広げて大きく息を吸い込んだ。


 「はー! 栗島に相談してよかったよ」

 「大木、色々抱えそうだもんな。長男?」

 「なんで分かったの?」

 「いや、なんとなく、長男っぽい」

 「何だそれ」


 僕も大木を真似して上を向き、二人して笑う。


 「ぼくも頑張らないとな。栗島もコンサルタント部……だっけ? で、頑張ってるみたいだし」

 「うん、お互い頑張ろう……って、何で俺がコンサル部なの知ってるんだ」

 「だから学食で有名だって。コンサル部って略すんだ。どんな活動してるの?」

 「んー。簡単に言えば課題解決、かな? 部活や生徒の抱えている課題をね。この前はチェス部がクライアントだった」

 「へぇー。英語使うなんて、ちょっと格好いい」


 そうか、コンサル部で慣れてたけど、人前で横文字使うのって恥ずかしいな。

 気をつけないと。


 「じゃあ、ウチの部も課題解決して欲しいな。ベンチ入りメンバーで揉めてるのはぼくだけじゃないし。それに、レギュラーも」


 大木は容易そうに言うが、学食は如月さんのおかげ。

 チェス部はたまたま上手くいっただけ。

 そう毎回上手くいくもんじゃない。


 そんな簡単に言うな、僕がそう言おうと思ったそばから――


 「いいわよ」


 まるで目の前の消しゴムを拾うかのように、さらりと言ってのける一人の女性と目が合った。

 ウェーブのかかったブラウンの髪をなびかせながら、塔屋から飛び降りてくる。

 

 「末永さん!?」

 「話は聞かせてもらったわ」

 「え……もしかして今までの話、全部聞いてたんですか」


 そういえばお昼はパン派で屋上って前に言ってたな……。

 人がいないから、迂闊だった。


 「ええ、僭越ながら。青春って素晴らしいわね」


 あ、穴があったら入りたい……。

 

 というか、誰もいないのになんでそんなアニメで見るような場所で一人でお昼食べてるんですか。

 やっぱり末永さんって天然ですよね、絶対。


 「栗島、この人は? 随分美人だけど……」

 「ああ、コンサル部の部長の末永さん。可愛い人だろ」

 「まっ、また可愛いって言って……! その……」


 末永さんが途端に顔を紅潮させるが、恥ずかしいのは僕のほうだ。


 「ま、まぁいいわ……それで、大木君だったかしら。サッカー部のベンチ入りメンバーとレギュラー編成で揉めているのよね」

 「はい。そうです」

 「その案件、ぜひウチに預からせてもらえるかしら。任せるにはうってつけの人がいるの」

 「へ、そんな人いましたっけ? 如月さん?」


 誰のことか分からず、僕が聞き返すと、


 「いるじゃない一人、サッカー経験者が。これまで培ったキャリアを使わない手はないわ」

 「それ……もしかして僕のこと言ってます?」

 「もちろん」


 末永さんがさも当然の如く頷く。


 「今回は、あなたに案件を任せるわ。学食にチェス部、私や麻優がサポートしてたけれど、今回はあなたがリーダーとして、このプロジェクトを引っ張っていって頂戴」


 僕が、リーダー……?


 「そんな、いきなり……それに、僕なんかサッカー部を落ちた人間ですよ?」

 「栗島君、私は出来ないと思ったことは任せないわ。今回はあなたが出来ると思ったから任せるだけ」

 「末永さん……」


 僕は不安な気持ちを全面に出して末永さんを見つめると、それを説き伏せるかのように語りかけてきた。


 「安心なさい。任せると言っても全て一人でやれとは言わないわ。私も如月さんもサポートする。それに、サッカー経験者であるあなたが今回の件に一番適任なのも事実よ」


 その言葉に、大木も頷きながら続く。


 「うん、ぼくも栗島になら任せられるかな」

 「大木、お前まで……」

 「確かにサッカー部は落ちちゃったけどさ、最後のミニゲーム、栗島すごかったよ。あれだけ安藤さんに喰らいつけていける人はうちの部じゃまずいない。落ちたのが不思議なくらいだ……ぼくが言うのも心苦しいけど、サッカー部を助けてくれないか?」


 大木が僕に、同級生の僕に向かって頭を下げてくる。


 「栗島君、あなたは私が認めたコンサル部の一員。自信を持ちなさい」


 そして最後に、末永さんの言葉でトドメを刺された僕は、諦めてこう答えることにした。


 「……分かりました」


 こうして、三つ目のプロジェクトが始まる。


 ――でも、しばらくして僕は思い知らされることになる。

 

 安請け合いなんてものは、なんでもかんでもするもんじゃないと。

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