第23話 一触即発、栗島は見た

 「失礼します」


 僕は扉の前で一礼をし、職員室を後にした。


 職員室へ訪れた理由はなんてことはない。

 今日の授業で躓いていたことを心配した数学の先生が、担任の先生へ連携。

 そして担任の先生から僕に注意というか、ちょっとしたお説教を受けた結果、放課後の貴重な一時間を費やしてしまった。


 (如月さん待たせてるから、早く行かないと)


 念のため職員室から少し離れたところで、早歩きを駆け足に変えて図書室へ急ぐ。


 「――ぇ!」


 その途中、とある教室から罵声が飛び交っているのが聞こえた。

 僕は何ごとかと、走るのを止めて中を覗く。


 「もっぺんいってみろ安藤! お前、後輩の癖に何様のつもりだ!」

 「俺は事実を言っただけです。富松さん」

 「だから、その態度が気に喰わねぇっつってんだろ!」


 (え、安藤さん……!?)


 教室の中では、あの憧れの安藤さんが胸ぐらを掴まれていた。

 まさに一触即発。


 すぐに止めないと!


 僕は教室のなかへ、一歩足を踏み出そうとする――

 が、その足を踏み出す勇気は今の僕にはなかった。


 僕は部外者だ。

 しかも、サッカー部に入ることも許されなかった男。

 そんな人間が、この空間へ入ることを許されるのだろうか?


 僕の目には、廊下と教室の間に大きな境界線が見える。

 この一歩を僕はどうしても踏み出せず、様子を見守ることしか出来ない。

 

 「良いか安藤。俺はこの部のためを思って言っているんだ。一年を夏の大会のベンチに入れるなんて、そんな将来性を見据えたことをやっていいと思っているのか! 俺たち三年にとっては、インターハイは今回で最後なんだぞ!」

 「それは分かっています、富松さん。だからこそ、一年も積極的にベンチに入れるべきです。勝つために」

 「そりゃ一年が上手かったらの話だ。でも、今年の一年にそんな奴がいるっていうのか? 安藤、お前だってメンバー入りしたのは冬の選手権からだろ。そもそもウチの学校は、夏の大会には一年をベンチ入りさせない伝統があるの知ってるだろうが」

 

 どうやら安藤さんと三年生の富松さんという人が揉めているようだ。

 富松さんが一方的に食って掛かっているように見えるが、安藤さんも一歩も引いていなかった。

 その端正な顔立ちに、ほぼ坊主に近いショートヘアからは爽やかさしか漂ってこないが、あれでいて芯が太いのかもしれない。


 胸ぐらを掴んでいる富松さんは、大木と同じくらいの体躯でウルフカット。

 見るからに『怖い先輩』だった。


 その丁度間に立っているのは……大木。


 彼は面倒見がいい。

 あの心配性を絵に描いたような顔つきからも疑いようがないが、何よりクラスで僕にまともに話してくれるのは彼くらいだからだ。

 そんな彼のことだから、この状況が気が気でないのだろう。

 なんとか先輩二人を止めようと、手をオロオロさせながら一段と眉を下げている。


 それにさっきから聞いていると一年生がどうのと言っているから、もしかして大木のことで揉めているんだろうか……。


 「おい、そこの奴。何見てるんだ」


 富松さんと呼ばれている人が、こちらを急に振り向いた。


 「え、あっと……その……」

 「見せもんじゃねえんだ。用がないならさっさと失せろ!」

 「す、すみませんでしたっ!」


 いきなり矛先を向けられた僕はどうすることも出来ず、脱兎のごとく逃げ出した。

 

 「はっ……はっ……」

 

 夢中で走る。


 「はぁっ……はぁっ……」


 逃げ出した勢いそのままに、僕は図書館まで全力で駆けた。

 もうじき六月ということもあり、ちょっとした運動でも額には小汗を掻く。


 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 バンッ!


 ――しまった。


 勢い良く扉を開けたことに、僕は強く後悔した。


 ここは図書館。

 教室よりも静けさに溢れているこの空間では、扉を開閉する音一つでも皆の注意を引いてしまう。

 当然、受付に立っている図書委員の人からも怪訝な目で見られた。


 僕は肩身の狭い思いをしながら、如月さんが座っている場所までそそくさと移動。


 「ごめん、お待たせ……」

 「そんな走らなくても良いのに。説教大変だったね」

 「あぁ……うん。ちょっと……ね」


 如月さんには事前に遅くなることは伝えていた。

 だが別に説教されたということは言っていないのに、何で分かったんだろう。


 「ちょっと?」


 如月が首を傾げながらこちらを見つめてくる。

 ただ、ここは図書館。

 急にサッカー部の話をするわけにも、あまり大きな声を出すわけにもいかない。


 「ううん、なんでもない。そんなことより、勉強しよう」

 「そだね」


 僕が小声ではぐらかしたことを深く追求もせず、如月さんは机に視線を戻した。

 それを見て、僕も隣に腰掛ける。

 今は勉強に集中しないと……。


 カバンから筆箱と、今日苦汁を味わった数Ⅰの教科書とノートを取り出す。

 これまでの遅れを挽回しようと、僕は必死で机にかじりつく。


 でも息が上がってることとか、図書室でうるさくしてしまったことを差し引いても、あのサッカー部での一幕が脳裏から離れず、僕は勉強に集中することは出来なかった。


 その後何度か如月さんに話しかけられたが、僕は聞かれたことも、答えた内容も、彼女の表情も、何一つ思い出せなかった。

 ごめん、如月さん。


 ――そして次の日。


 「ごめん、栗島。今ちょっといいかな?」

 

 僕は、大木に呼びだされた。

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