第四章 友人へのスルーパス

第22話 僕にはまだ課題がある

 「はぁ……憂鬱だ」


 僕がこの紺学園に入学してから、一ヶ月以上が過ぎた。

 残念ながらサッカー部に入ることは叶わなかったが、コンサルタント部、それに末永さんと如月さんのお陰で充実した高校生ライフになってきたと思う。


 でも、それでも……。


 「はぁ……僕はこれからどうすればいいんだ」


 僕には解決出来ていない課題が二つあった。

 コンサル部で散々他人の世話を焼いておきながら、自分のことを放っておいた結果このザマだ。

 ひどい。我ながらひどい。


 じゃあまず一つ目、何が課題かと言うと。


 「――では、この問題を栗島、解いてみろ」

 「は、はい……」


 僕は先生に指名され、黒板の前に向かう。


 今は数Iの授業中。

 黒板の前には何やら数式が目まぐるしく列記されている。

 授業を聞いていたところによれば、中学のときに習った因数分解の進化系らしいけど僕にはサッパリだった。

 

 「……分かりません」


 これが課題その一。

 僕はこの学園の授業に付いていけていなかった。


 紺学園は県内でも有数の進学校。

 集まってくるのは当然学力の高い生徒諸君。

 僕はこの学園のサッカー部に入るため、足りない偏差値を必死に上げてやっと受かった程度の学力で、正直合格したのも奇跡だと思う。


 だが、それはあくまでスタートライン。

 まず受かることに必死だった僕は、入った後のことなど何一つ考えておらず、ここまで勉強に苦戦するとは想像もしていなかった。

 もちろん、サッカー部を不合格になることも。


 要するに、この学園は僕にとって分不相応なのだ。


 「栗島……ちゃんと聞いていたのか。もういい、席に戻りなさい」

 「はい、すいません……」


 先生に溜息をつかれ、僕は肩を落としながら席に戻る。

 僕が席に戻る間にも先生は次の生徒を指名。

 その指名された生徒は無言で席を立つと、スラスラと解いていく。


 「うむ、よく解けたな。如月」


 先生も黒板に記された解答に満足がいったらしい。

 二回ほど頷いて解いた生徒――如月さんを褒め称えると静謐な空間が一転、拍手喝采が教室中から沸き起こった。


 照れながら椅子に戻る如月さんを迎える暖かい声援。

 進学校でありながら、授業中は意外にも賑わいを見せることが多かった。


 ――そして、ここにもう一つの課題がある。


 如月さんが問題を解いた時は拍手喝采、これはいい。

 けれど僕が問題を解けなかった時はどうだ。

 冷やかしの一つでもあるのかと思ったらそうでもない。

 全くの無反応だったのだ。


 そう、これが課題その二。

 やっぱり僕は、まだクラスに馴染めていなかった。


 問題を解けないのは僕のせいなのだが、せめて冷やかしの一つでもくれたほうが気も楽なのに、もらえるのはせいぜい冷ややかな視線のみだった。


 (もうちょっと、みんな反応してくれてもいいのに……)


 僕がスタートダッシュに出遅れて皆と打ち解けることが出来ていないのもある。

 とはいえ、さすがにそろそろ辛くなってきた。


 学園の勉強についていけていないことを相談出来ないのも。

 クラスで一人でいることへの寂しさも。


 まぁ、相談できるとすれば、二人しかいないか……。



 「栗島くん、勉強ついていけてないの?」


 数Ⅰの授業が終わった後のお昼休み。

 僕と如月さんはいつもの通りテラス席でお弁当に舌鼓を打っていると、彼女の方から、まるで僕が相談したかったことが最初から分かっていたかのように話を切り出してくれた。


 「うん……良く分かったね」

 「いや……うん、まぁ……だってあの問題解けないんだもん」

 「え、あれってそんな簡単な問題なの?」

 「簡単ってわけじゃないけど、難しいって程でもないかな。事実あたしは解けたし」

 「そうだったね……」


 そうか、やっぱり僕は駄目男か……。


 「そ、そんなに凹まなくても大丈夫だよ! 牡丹さんも過去問くれるって言ってたし、テストまではまだ時間もあるから!」

 「そういえば、もうすぐテストだったね……来週だっけ」

 「うん、だから今日から部活はお休みだよ」

 「そっか、テスト期間だしね。じゃあ放課後の学食の掃除もしばらくお休みかな」

 「そだね、それはもうさっきおばちゃんに言ってきたから大丈夫。だから……その……」

 「うん?」


 如月さんはやや下を向いて沈黙した後、勢い良く声と顔を上げる。


 「良かったら、あたしが勉強見てあげるよ!」


 それは僕にとっても、朗報だった。


 「ほんと? いいの?」

 「うん、部活仲間だもん。赤点取られて活動に支障が出てもいけないし!」

 「はは、確かに……面目ない」

 「それに……やっぱ……放っておけないし」

 「ん? 何か言った?」


 時々、如月さんの声は口ごもってよく聞こえない。

 普段は元気なのに。


 「なんでもない! んと、とりあえず今日の放課後からでいいかな? 図書室ででも勉強しようよ」

 「うん、ありがとう。助かるよ……これで二つの課題のうち、一つはなんとかなりそうだ」

 「課題? もう一つ?」

 「うん」


 この際だからと、僕は如月さんにもう一つの課題を打ち明けた。

 同じクラスの彼女に話すのは若干躊躇いがあったが背に腹は代えられない。

 むしろ同じクラス同士だからこそ、何か良い解決策があるかもしれないし。


 「あー……ごめん、それ、半分あたしのせいかな……」


 だが、返ってきた反応は予想と違ったものだった。

 如月さんの顔が一気に暗くなっていく。


 「え、ちょっと。なんで如月さんのせいになるのさ」

 「だって、お昼休みはあたしがずっと拘束してるし、放課後も部活あるし」

 「え、でも放課後は皆そうなんじゃないの?」

 「それはそうだけどさ……入学して早々女子なんかと一緒にいてって、男子に変な目で見られてたりしないかなって……」

 「もしかして、クラスではあんまり話しかけてこないのって、それが理由?」


 静かに頷いて続ける如月さん。


 「ごめん、なんとなくクラスに馴染めていないことは気づいてたんだけど、あたしが変にかまっても逆効果かなって……」

 「そっか……気を使わせてしまって、ごめんね」

 「ううん! 全然だよ! あ、でも……お昼、もう一緒に食べるの……やめる?」


 泣きそうな瞳でこちらを見つめてくる。

 彼女なりに気を使ってくれているんだろうが、それこそ逆効果ってもんだ。


 「何言ってるのさ。友達が欲しいから今の友達を捨てるなんて、そんなことできるはずないじゃないか」

 「栗島くん……」

 「それに、如月さんのお弁当は美味しいし、如月さんといるのは楽しいよ。だからよかったらこれからもお昼は一緒に食べようよ。まぁ、お弁当毎日作ってもらってる身で言える話じゃないんだけどさ」

 「そっか、ありがと」

 「こちらこそ」


 如月さんは、どこか安堵したような表情を浮かべて僕にお礼を言ってきた。

 お礼を言うのは僕のほうなのに。

 相変わらず、なかなか気が利く子だった。


 「そっか……友達……か」

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