• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第三章 プロジェクト・クイーン・サクリファイス
  • 第21話 もう一つのクイーン・サクリファイス

第21話 もう一つのクイーン・サクリファイス


 「ポーンはチェスの――魂であると!」


 第三視聴覚室のスクリーンを凝視しながら、顔を赤くした入江さんは後頭部を右手で掻きむしる。


 「いやはや……恥ずかしい。これが本当にワタクシとは、自分でも未だに信じられないのですよ」

 「キマってますよ、入江さん。自信もってください」


 黒霧高校チェス部との対抗戦から六日。

 新入生が入部届を提出する期限である金曜の放課後。

 僕達コンサル部員と入江さんは第三視聴覚室に集い、あの日のダイジェスト動画を鑑賞していた。


 今スクリーンに映っているのは、三戦目を戦った入江さん。


 彼の姿が僕の目に眩しく映るのは窓から差し込む夕焼けのせいでもなく、彼が髪を上げ、またメガネを外したからでもない。

 チェスに真摯に向き合って、自分たちの駒を信じ、最後まで諦めずに戦うその姿勢に感銘したためだろう。

 

 「でも、良かったですね。部員増えて」

 「ええ! 栗島どののお陰なのですよ! 本当にありがとうございます!」

 「いえいえ、僕は何もしていませんよ。役に立ったのは――」


 僕はチラリと、隣に座る赤いポニーテールの女の子に視線を送る。


 「ふっふっふ。あたしにかかればこの程度の動画編集など朝飯前なのですよ」


 入江さんの口調が少し移った如月さんが、右手でピースを作りながら笑みを浮かべた。


 この動画を作ったのは、もちろん如月さん。


 如月さんがあの閻魔様のハンディカムを右手にずっと抱えていたことに気づいた僕は、録画した動画をチェス部のアピールに使えないかと彼女に提案したのだ。


 動画編集の経験がある彼女はこれを快諾。

 土日を使って編集してくれたお陰で、週明けに行われた部活説明会では体育館に集まった新入生の前で、ダイジェスト動画でのアピールをすることに成功した。

 

 その成果はと言うと――


 「もちろん、如月どのにも末永どのにも大変感謝しているのですよ。まさかこの動画のお陰で部員が六名も集まるとは……コンサル部の皆様にお願いして、本当に良かったのですよ!」

 「そう言ってくれると僕達も頑張った甲斐があります。と言っても僕はチェスを憶えて、如月さんにダイジェスト動画を編集してくれるようにお願いしただけですが」


 僕が入江さんへ説明しているうちに動画は終了。

 だがリプレイモードにしていたせいで冒頭のシーンがもう一度再生され始める。


 「――奪われた私のクイーンを取り戻してきて?」


 膝を組んで座る末永さんが、呆れた様子で僕の方を見てきた。

 ちなみにこれで本日二度目。


 「ええ、本当にね……まさか私までチェス部のアピール素材に使われるとは思ってもみなかったわ」


 如月さんに編集を頼んだのは入江さんの分だけではない。

 末永さんが黒霧高校の剣橋さんに敗れ、涙を流しながら入江さんに勝利を頼み込むシーンも動画に取り込んでもらうように、僕から依頼したのである。

 あの日の涙が偽りであったことを知っている如月さんは、こちらも快諾。

 末永さんを悲劇のヒロインに仕立てあげるために、動画の冒頭は末永さんのシーンを採用した。


 さすが真・閻魔様。

 一度ならず二度までも末永さんを利用するとはえげつない。

 ま、今回は提案したのは僕なんだけど。


 「まぁまぁ、そのお陰で男子部員も増えたんですし……」


 とはいえ末永さんが久方ぶりに閻魔様の顔をしているので僕も慌てて弁解に走る。


 入江さんが言う通り、チェス部に新たに加入した一年生は六名。

 性別の内訳は男女三人ずつ。

 入江さんと末永さんの効果が等しく現れた形となった。

 

 それは末永さんも理解をしているところで、大々的に文句は言わない。

 勝手に素材として使われたことへの怒りや、自分がチェス部員でないことに対する申し訳なさ。

 ついでに言うと我がコンサル部の部活説明は結果が振るわず、新入部員は僕と如月さんだけであったことの悔しさで複雑な表情を浮かべている。


 「でも、これからは入江さん含めて七人で、チェス部員は奇数になっちゃいますね。部内で対戦とかしてたら人が余っちゃうんじゃ?」


 如月さんがふと疑問に思ったことを口にするが、それも全く問題ないと、あの日からずっとメガネを外している入江さんが朗らかに笑って答える。


 「新しく入った方々は皆初心者。最初はワタクシが一から教えようと思っていますので、奇数のほうがむしろ都合が良いのですよ」


 羨ましいほどの美男子っぷりだった。

 ただ口調は相変わらずなのが玉にキズ。


 「ふーん、そうなんですか」


 如月さんは豹変した入江さんに対して異性としての興味がないのか、今の笑顔をぶつけられても平然としている。

 この二人の好みが僕には良く分からない。

 末永さんもタイプじゃないって言っていたし。



 「さて、それじゃワタクシはこれで失礼するのですよ。今日はその新入部員の方々も部室に集まっている頃でしょうし、さっそくチェスを教えないと」


 入江さんはゆっくりと立ち上がると、僕らに向かって深々と頭を下げた。


 「この度は本当にありがとうございました。本当に皆様には何とお礼を言っていいやら……そうそう。お礼と言えば末永どのから聞いたのですが、依頼が成功した際はコンサル部に報酬をお支払いするんでしたな」


 「あ、すっかり忘れてた……」


 そんなルールありましたね、そういえば……。


 「今回は良いですよ。僕もチェスを教えて頂きましたし、この動画の感動シーンを生で鑑賞することが出来たんですか――」

 「良いわけないでしょう。それはそれ、これはこれよ」


 上手いこと纏めようとしていた僕を、末永さんが遮る。


 「入江君、あなたお兄さんがこの学校にいたわよね? 去年卒業したって言っていたけれど」

 「ええ、その通りですよ」

 「そのお兄さんから、二、三年生のときの定期テストの過去問を頂いてきてくれるかしら?」

 「おぉ、それくらいお安い御用なのですよ! 来週には持ってくるのですよ」

 「ええ、それでお願いね」


 交渉成立に、末永さんは満面の笑み。

 当然一年生の二人組みは不服を申し立てる。


 「末永さん……あざとい……あざといですよ」

 「それに二、三年生ならあたしたちに恩恵ないじゃないですかー!」

 「あなた達も来年役に立つでしょう? それと、一年生の過去問は私があげるから」

 「むー、なんか釈然としませんが……一応それでいいです」


 そして渋々と認める如月さん。

 まぁ、僕は今回報酬いらないって言おうとした身だから良いんだけど。

 というより、もうすぐテストか……憂鬱だな。


 「……っと、これでよろしいですかな? であれば、ワタクシはこれで」

 「ああ、まって入江君。私も動画に映ってたんだし、一応顔だけ出すわ。部員じゃないって謝らないといけないし」

 「末永どのも律儀ですな。ではお願いするのですよ」

 「ええ。栗島君もついてきて」

 「え、僕ですか?」

 「そ、ボディーガードよろしくね♪」


 一応勝手に末永さんを動画に使った手前、断るのも忍びないし……行くか。


 「……分かりました」


 入江さんが第三視聴覚室の外へ出て、末永さんと僕がその後に続いた。

 そして、東棟から西棟への渡り廊下を歩く頃、


 「栗島君。今回の件、ひょっとしてあなたが提案したの?」

 「え、どうして分かったんですか」

 「麻優は私を陥れるようなことをしないからよ」

 「え、でも僕が部活に入るときに末永さんのパン――」

 「何か言ったかしら?」


 末永さんの爽やかな笑顔の裏に、阿修羅が見える……。

 初めて会ったときのパンツ事件は狙ったんじゃなくて、たまたまだったんですね。


 ありがとうございます。

 ……そして、すみませんでした。


 「はい……僕です」

 「やっぱり……いつから考えてたの?」

 「末永さんがワザと負けたのを教えてくれたときですね。マインドマップで書いたインパクトのある宣伝っていうのと、真ん中に描いたクイーンの絵が思い浮かんだんです」

 「そう、それなら私も教えた甲斐があったかしら……でも、私を騙すなんてイケない子ね」

 「それを言うなら、末永さんもお相子ですよ。僕達に内緒で嘘泣きしたんですから……それに」


 「それに?」


 「クイーン・サクリファイスは、盤上だけで有効な戦略じゃないってことです」


 僕は、末永さんがあの日発した言葉をもう一度口にして笑みを浮かべる。

 その言葉を聞いて目を見開いた末永さんに、僕は頭を下げながら、


 「僕達のクイーンを、チェス部の宣伝材料にしてすいませんでした。でも、あの日の末永さん、とっても可愛かったですよ」


 勢いに任せ、二つの本音を口にした。


 「か、可愛いって……!」


 僕の言葉に、末永さんの顔は初めて出会ったときよりも紅潮。


 「本当のことです。というかそんなの僕が言うまでもなく、みんなに言われ慣れてるでしょう?」

 「そんなことないわよっ。確かに、綺麗とか、美人とか言われたことはあるけれど……その、可愛いとは……一度も……」

 「は、はぁ……」


 もごもごと喋る末永さん。言葉はよく聞き取れない。


 「なんか、変なこと口走ってすいませんでした」

 「こら、そこで謝らないの。私のこと可愛いって言ったのは嘘っていうこと?」

 「そんなっ。本当ですよ」

 「そ、なら謝らなくていいわ……その、ありがとう」


 更に顔を赤らめた末永さんの言葉を、今度はちゃんと聞き取ることが出来た。


 「いえ。入江さんも待っていますし、僕達も行きましょう」

 「そうね。年上のお姉さんをからかう生意気な男のコなんて相手にしていられないわ」


 僕の言葉に答え、末永さんは先を行く入江さんを追いかけるように歩調を速める。


 「ちょっと、待ってくださいよ!」

 「早くしないと置いていくわよー」


 僕も末永さんに負けないようにと、彼女の背中に追いつこうと歩く。


 「……」


 その僕の後姿を一人の男が眺めていたことに、僕はこのとき気づいていなかった。

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