• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第三章 プロジェクト・クイーン・サクリファイス
  • 第20話 ポーンはチェスの魂

第20話 ポーンはチェスの魂

 始まった最終戦。

 序盤から黒霧高校チェス部の部長、出戸さんの猛攻により入江さんは早くも劣勢を強いられていた。


 「どうした? さっきまでの勢いは」

 「ぐぬぬ……まだまだ勝負はこれからなのですよ」

 「ふん、いつまで持つかな」


 出戸さんは二戦目の終盤の口撃をそのまま引き継ぐかのように、相手に罵声を浴びせながら駒を進める。

 末永さんの緩やかで美しい打ち筋とは真逆。

 まるで嵐によってもたらされた激しい奔流のよう。

 自分の駒を犠牲にすることも厭わず次々に相手の駒を捕獲し、あっという間に盤上の駒の数はすり減っていく。


 入江さんも必死で応戦するが、要所を抑えた出戸さんの指し方は手強く、駒数の差は徐々に開いていた。


 そして今この瞬間も、入江さんのナイトが戦場から姿を消していった。


 「ほらほら、軍隊を守る騎士の剣も折れてしまったようだ。お前の心もそろそろ折れる頃合いか?」

 「なんの……末永どのだってチェックメイトになるまで諦めなかったのです。ワタクシも最後まで諦めはしないのですよ!」

 「滑稽だな。格上の人間に時間を使わせるなど、失礼だとは思わないのか」

 「確かに……あなたのほうがワタクシより強いかもしれない。それでも、部員を、他人を馬鹿にするような人を敬うなど、ワタクシには出来ないのですよ!」


 コン――と優しい音を立てて、入江さんの駒が盤上を躍動。

 駒を扱うその手は優しくも、対戦相手に負けまいと声には力がこもる。


 「ふん、そんなことだから弱小校なんだ」


 こちらは荒々しく黒い駒を動かす出戸さん。

 入江さんとは正反対の、駒に全く愛情を持っていない乱暴な指し方。


 「お前にいいことを教えてやる。部員っていうのはな、切り捨ててナンボなんだ。チェスの駒と一緒だ」


 そう言って、出戸さんはまた入江さんの駒を奪う。

 ただ、出戸さんが駒を動かした先も相手に取られてしまう位置。


 「……何ですと?」

 「ほら、お前の番だ。さっさと俺の駒を取れよ」


 入江さんは促されるまま出戸さんの駒を持ち上げた。

 傷がつかないよう優しく盤の外へ置く。


 「んな時間かけて取るな、さっさとしろよ」

 「……この駒達はワタクシが愛情をかけて毎日磨いているのです。そんな彼らを傷つける行為など、したくはありません」


 入江さんの言葉に、出戸さんは溜息をつきながら吐き捨てるように喋る。


 「だからそこが駄目なんだ――チェスは将棋と違って戦場で常に戦力が低下してく。王のクビを取るために、時には強い駒を犠牲にすることも厭わない。それがチェスの魅力であり、勝つために必要な技術だ」

 「それは、ごもっともですが……」

 「それは部活でも同じだ。弱い者は切り捨てる。例え強者であっても勝利のためには犠牲にする。チェスの戦略と何一つ変わることはない。ところがお前はどうだ。さっきの女が負けたくらいで熱くなりやがって。もしかしてデキてるのか?」

 「ワタクシと末永どのの間柄はそんな邪なものではないのですよ。言わばチェスという戦場を共にする同士、素晴らしい友なのですよ」

 「ふん、友とかそういう腑抜けたことを言っている奴ほど弱いんだ。部員なんて友達でもなんでもない。部長の、キングのお前がそんなことだから部員がそれだけしか集まらないんじゃないのか?」


 「……末永どのと栗島どのは、今回の対抗戦にわざわざ時間を割いて下さった助っ人。我が校のチェス部員はワタクシ一人なのですよ……」

 「入江さん……それは」


 相手の心証を考え、僕と末永さんがチェス部員ではないことは黙っておこうと昨日打ち合わせをしていたはずなのに、なぜ……。


 「良いんですよ栗島どの。やはり嘘をつくのはよくありません」

 「なんだ、こいつらチェス部員じゃなかったのか! はははははっ! それならお前は軍を束ねるキングでもなんでもない、ただのポーンっていうことか。そりゃあ弱いはずだ!」


 対局中にも関わらず、出戸さんは腹を抱えて高らかに笑う。


 「ポーンなんかじゃキングの俺に勝てるはずはないな。お前みたいな一兵卒なんかが、俺に歯向かうなど、そもそも間違っていたんだ」


 入江さんを蔑みながらも、出戸さんの進撃は止まらない。

 ついには入江さんのクイーンも彼の手によって盤外に追いやられる。


 「これで貴様のクイーンも終わり、後はじっくり料理するだけだ」


 「――ってください」


 「あ?」

 「ポーンを馬鹿にしたことを、謝ってください」

 「俺はポーンじゃなくてお前を馬鹿にしたんだが……」

 「ワタクシのことはどう言ってもらっても結構ですよ。弱いのも事実。ですが、ワタクシの愛するチェスの駒を馬鹿にしたことは訂正してください」

 「ふん、そんなことは勝ってから言え。紺学園のポーンさんよ」


 更に荒々しい手つきで駒を進めていく出戸さんに対し、怒りをなんとか堪えて駒と向き合う入江さん。


 「クイーンもいない状況で、どうやって勝つと言うんだ? 貴様はもう勝利の女神にはとっくに見放されているんだよ!」


 確かに、誰が見ても分かるほど戦局は入江さんの不利。

 このままではもう勝てることはないだろう。

 僕は半ば勝利を諦めかけていた。

 

 それは如月さんも同じ。

 悔しそうに唇を噛み締め、手にもったハンディカムを下に降ろそうとする。


 ――だが、末永さんだけは。


 「ふふ」


 微笑みながら、ここからが見所だと言わんばかりに如月さんの右手を制する。


 「牡丹さん?」

 「まだ勝負は決していないわ。それに入江君も諦めていない」

 「末永さん……でも」


 如月さんは不思議そうに末永さんを見つめ、僕もまたそれに続く。


 「何より、彼は勝利の女神にまだ見放されたわけじゃないもの」


 末永さんの一言に、僕は再び盤上に視線を向ける。


 気づけば入江さんのポーンが連なり、相手陣内の最奥に届こうとしていた。


 「そうか、プロモーション!」


 勝利の女神にまだ見放されたわけじゃない。

 その言葉の真意を理解した僕の言葉を肯定するように、末永さんは頷く。


 「栗島君。チェスにはこういう言葉があるの――」


 末永さんの言葉に続けるかのように、入江さんが口を開く。


 「――チェスの名手、フィリドールは言ったのですよ」


 連なる白いポーンのうちの一つが敵陣の最奥へ足を踏み入れ、


 「くっ……貴様……やらせるか!」


 出戸さんが自陣の駒を戻し、対処しようとするが間に合わず、



 「ポーンはチェスの――魂であると!」




 最弱の駒であるはずのポーンが、最強の駒であるクイーンへと姿を変えた。


 「……間に合わなかったか」


 途端に顔色が悪くなる出戸さん。

 そして相反するように、末永さんの顔つきは勝利を確信したものに代わる。


 「女神様の再降臨ね」


 入江さんの反撃が始まっていく。


 「だが、これでもまだ互角だ! 俺の負けが決まったわけじゃない!」


 確かに、戦力差はやっと均等になっただけ。

 だがそれまで消耗戦を繰り広げ、ポーンの殆どを犠牲にしている出戸さんには、戦力を強化する術はない。


 対して、入江さんは他のポーンも敵陣奥に踏み込んでいる。

 出戸さんもこれ以上のプロモーションを許すわけにはいかないと、自分の駒を総動員して防ぎにかかる。


 そしてそれを悉くシャットアウトする、入江さんの新しいクイーン。


 気づけば形成は逆転していた。

 その様子を、じっと末永さんが見つめる。


 今の彼女には、ついさっきまでの打ちひしがれた姿はまるでなかった。

 むしろ、僕を昨日クイーン・サクリファイスで落とし込めたときのような、してやったりといった顔に変わっている。


 「はぁ、やっぱり……」


 その様子に気づいた如月さんが、嘆息しながら末永さんに問いかける。


 「牡丹さん……さっきのアレ、嘘泣きですよね?」

 「え? え?」


 僕は一瞬何を言っているか分からず、少し動揺。


 「あら、やっぱり麻優は気づいていたのね」

 「気づきますよ……何年一緒にいると思ってるんですか」


 旧知の仲だという二人だけの空間に、またもや動揺。

 というか、もしかしなくても……。


 「如月さん、気づいてたの? さっき、すごい心配してなかった?」

 「してないよ。どっちかっていうと、まーた何か企んでるんだろうなって思ってただけ」

 「そ、そうなんだ……」

 「ふふ、クイーン・サクリファイスは、盤上だけで有効な戦略じゃないってことよ」


 末永さんの言葉に、僕は開いた口が塞がらなかった。


 「入江君にチェスの実力があるのは本当。でも、どこか自信がなかったのよね。あれじゃ顔を整えて部員募集の足掛かりにしようとしてもすぐボロが出ると思ったの。だから今回、あえて私の黒星を挽回することで自信をつけてもらおうって考えたわけ」


 「はぁ……それで、昨日髪とメガネのことを入江さんに言ったんですね」

 「そういうこと、まぁ私のタイプではないけれど、なかなかサマになったでしょう?」

 「そ、そうですね……」


 喰えない、やっぱりこの人も喰えない。

 如月さんといい、末永さんといい。

 この二人はどこまで僕を騙せば気が済むんだ……。


 僕達が間抜けなやりとりをしてる間に、入江さんは着々と駒を進め。


 「――これで、チェックメイトですよ!」


 気づけば、自身の勝利を高々と宣言していた。

 湧き上がる紺学園コンサル部一同。


 「クソ! 俺が負けるなんて!」

 「部長……」


 出戸さんのまさかの敗北に、黒霧高校の面々は困惑。


 「出戸どの……確かに私はポーン。ただのチェス好きに過ぎないのですよ」


 悔しさで顔を歪めている出戸さんに、入江さんはゆっくりとした口調で語りかける。


 「ですが、ポーンも大事なチェスの駒の一つ。ポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、クイーン、そしてキング。全ての駒が欠けてもいけないのです。部活動もそれは同じなのですよ」


 淡々と、内に秘めていた自分の思いを口に。


 「確かに、私はまだ一人。ですがこれから部員が集まるかもしれない。そのときはこのチェスの駒達ように、皆で力を合わせられる部活にしたいのですよ」


 そう言い終えて、そっと右手をチェス盤の上に差し出した。


 「本日はワタクシどもと試合をして頂き、感謝なのですよ」


 その姿見て、出戸さんも、


 「……入江とか言ったな」

 「はい」

 「俺は、お前のポーンストームを止めきれなかった……。ポーンに頼る戦術は好きじゃないんだが、それを侮った……俺の、完敗だ」

 「出戸どの……」

 「だが次は負けない。だからこの夏の公式戦、必ず勝ち上がってこい」

 「はい……! ぜひ、また戦いましょう!」


 右手をチェス盤の上に差し出し、固い握手でお互いの健闘を讃えた。

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