• 学園イノベーション

  • 第一部 栗島新(くりしま あらた)の革新
  • 第三章 プロジェクト・クイーン・サクリファイス
  • 第19話 クイーンに誓う勝利

第19話 クイーンに誓う勝利

 静まり返る音楽準備室。

 盤上で繰り広げられる熱い戦いを、その場にいる全員が固唾を呑んで見守る。


 紺学園チェス部対黒霧高校チェス部の対抗戦、二試合目。

 制服の色と同じく、先手の白い駒は末永さん。

 後手の黒い駒は黒霧高校の剣橋さん。


 二人の試合は、両者拮抗した状態で中盤を迎えていた。


 「……」


 盤上に注がれる末永さんの瞳。

 時折口に右手を当てながら、正確に指していく。

 剣橋さんも末永さんの実力を把握したのか。

 最初の頃のような不遜な態度も影を潜め、真剣な眼差しで対局に集中していた。


 「ね……これ、どっちが勝ってるの?」


 痺れを切らした如月さん。

 ハンディカムを片手に持ったまま小声で僕に問いかける。


 「うーん……五分五分かな。どっちも駒の数は同じだし」


 僕は如月さんの声量に合わせて答える。


 「そっか。牡丹さんってうちのなかでは一番強いんだよね?」

 「うん……だから向こうも相当な手練なんだと思う。それに末永さんが白番なことを考えると、かなりの実力者なのかも」


 チェスは先手、白を持つ側が圧倒的に有利な競技だ。

 実力が近い人同士が戦えば、大きなミスをしない限り先手を持つ方が勝利し、後手は引き分けを目指すことも珍しくない。

 まだ中盤のため何とも言えないが、末永さんが押せていないということは、単純な実力なら相手が上という見方もできる。


 「それにしてもこっちに全部先手を譲るなんて、随分自信家だね」

 「強豪校のプライド……かも」


 初戦の敗北で強豪校のプライドを傷つけてしまったのか。

 出戸さんから今回の対抗戦は紺学園が全て先手で良いとの提案があったのだ。


 局面はまだ動かない。

 時刻は正午を迎え、窓からは気持ちが弛緩してしまいそうな暖かい空気が流れ込むが、盤上から溢れ出す気迫にかき消されてしまっていた。


 そしてついに――


 「チェック」


 末永さんのクイーンが敵陣に襲いかかった。

 辺りの空気がより緊迫したものに変わる。


 「ふ……女王様自らがご出陣か」


 だが相手の剣橋さんも予想済みの手筋だったようで、表情一つ変えずに対応する。


 「つれないわね」

 「ボクをさっきの下手くそと一緒にしてもらっちゃ困るよ」

 「あら、同じ部員のことを悪く言うなんて感心しないわ」

 「ふん、アイツはきっと今日でクビさ。あんな弱い奴は黒霧には必要ないからね」


 剣橋さんの言葉を皮切りにさっきまでの静けさが一転。

 饒舌に口撃を仕掛け合う二人。


 盤上と同じように牽制をしながら、試合は終盤に差し掛かる。


 「くっ……」


 「末永さん……?」


 これまでとは打って変わって、末永さんが険しい表情を浮かべ始めた。


 「随分元気がないね。さっきまでの威勢はどうしたんだい?」

 「まだまだ……本番はこれからよ……」


 コンサル部に入ってから一ヶ月近く経つが、ここまで焦燥した様子の末永さんを見るのは初めてだった。


 「末永どの……」

 「牡丹さん……」


 それは入江さんと如月さんも同じだったようだ。

 握った拳に力を入れ、盤上だけでなく末永さんの表情にも目を配らせている。

 現在、二人の駒の数はまだ同じ。

 そのため僕は末永さんが焦る理由が分からずにいた。


 「まぁ、この状況で焦るくらいに実力があるのは、認めてあげるよ」


 剣橋さんはその理由が分かっているらしい。

 薄ら笑いを浮かべ、この隙を逃さんと今まで以上に素早く判断して駒を動かす。


 「あなた……なかなかやるわね。でも、まだ勝負はついちゃいないわ」

 「この状況でまだそんな強がりが言えるんだ?」


 この状況で――剣橋さんのその言葉は、次第に明確になり始めていた。

 均衡を保っていたお互いの戦力数は、徐々に剣橋さんに傾いていく。

 最初はポーン一つの差だったのが次第に広がり、二つ、三つと。

 気づけば末永さんのクイーンは囲まれ、窮地に追いやられていた。


 「そろそろ厳しいんじゃない? ほら、投了リザインしちゃいなよ」

 「まだよ……まだ負けると決まったわけじゃないもの」


 末永さんはかろうじて残った駒をなんとか逃がそうと、あの手この手を尽くす。

 しかし劣勢は覆せず、ついに末永さんのクイーンが止めを刺された。


 「おや、女王様を取られちゃったね。紺学園のクイーンさん?」

 「く……」


 試合の行方はほぼ決してしまった。

 このまま行けば、末永さんは間違いなく負けるだろう。


 「でも……まだ諦めない。チェックメイトされるそのときまで……チャンスは必ずあるはず」


 それでも、末永さんは諦めない。

 悔しさで顔を赤らめ、目に浮かんだ涙を必死で拭って、なんとか喰らいつく。


 「良いね君、ウチの部員でもやっていけるくらい強いよ――でも残念、これでチェックメイトだ」


 現実は残酷。

 必死の挽回も虚しく、末永さんのキングは剣橋さんに捉えられてしまった。


 「……ありがとう……ございました」

 「どーも、君もよく頑張ったよ」


 末永さんは涙を必死に隠すように俯き、その場を動こうとしない。


 「末永さん……」


 僕は普段見ることのない末永さんの姿にかける声を見出すことができない。

 ただ呆然と立ち尽くしてしまっていた。


 「ははっ、所詮は弱小校だな! 今のがお前らのなかで一番強い奴だって? 笑っちゃうぜ!」

 「な、何がそんなに可笑しいんですか!」


 出戸さんの蔑むような口調に憤りを覚え、僕はつい語気を強めて言い返す。


 「そりゃーお前、剣橋はウチの部でも特段強いってわけじゃねえ。せいぜい中の上ってところだ。その剣橋に負ける奴が一番強いってことは、部長のアンタはもっと弱いってことだろう? 話になんないぜ」


 確かに、末永さんは負けた。

 それは事実かもしれない。

 でも、それはお互いがチェス盤という戦場で必死に戦った結果。

 相手の敗北を非難するなど、許しがたい行為だ。


 「ま、お前が俺達のプライドを傷つけてくれたお陰で、こっちも腹の虫が収まらないんだ。次は俺自らが出て、格の違いを見せつけてやるぜ」


 そう言って、出戸さんはそれまで剣橋さんが腰掛けていた椅子にふんぞり返るようにして座る。


 「ほら、来いよ部長さん。俺が速攻でやっつけてやっから」

 「む……」


 普段は穏やかに笑顔を浮かべる入江さんも、この時ばかりは怒りを隠しきれずに肩を震わせている。


 「入江君」


 俯いていた末永さんがやっと顔を上げて涙を拭い、入江さんの顔を見据えた。


 「お願い……私のかたきをとって」

 「末永どの……ですが」

 「大丈夫……入江君は、本当は私なんかよりもずっと強いはず。誰よりもチェスを愛するあなただもの……負けるはずがないわ」


 末永さんはゆっくりと椅子から立ち上がると、入江さんの元までやってきて、涙を浮かべたまま笑顔を見せる。


 「奪われた私のクイーンを取り戻してきて?」


 「末永どの……!」


 それまで弱々しかった入江さんの表情が、目つきが。

 戦場で命を賭して戦う武士もののふのように力強くなった。


 「絶対に勝利をもぎ取ってくるのですよ……我がクイーンよ!」

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