第14話 チェス、好きなんですね

 翌日。

 放課後になると、僕はすぐさま音楽準備室に向かった。


 末永さんの指示により、この一週間はチェス漬けの日々と決まっている。

 学食の担当は昼だけにしてもらい、放課後は如月さんをはじめとした他のメンバーに代わってもらうことに。


 初心者なんだからいきなり勝てるわけもないのは当たり前だろう。

 けれど学校の看板を背負う以上、僕も無様な戦い方はできない。


 急な離脱を聞かされた如月さんも「栗島くんのあほー!」と嘆きながら、なんだかんだ放課後の掃除も変わってくれるし、お昼のお弁当も用意してくれていた。


 それに末永さんや入江さんも僕に期待してくれているんだ。

 少しでも戦力にならなけば。

 

 末永さん風に言うと、キャッチアップだ。


 「失礼します」


 音楽準備室の扉を開けると先客が一名。

 チェス部の部長、入江さんの後姿。


 「フフフフフ……ワタクシのポーン達……今日も綺麗に磨いてあげるですよ。あぁ、この小さくて丸い頭……なんと愛くるしい!」


 何やら気持ち悪い言葉を発していた。

 一人言を呟きながら、右手に持つ布でせっせとチェスの駒を磨いている。


 前言撤回。今日はもう帰ろうかな……。

 僕が踵を返そうとしたとき、


 「ムム! すみません栗島どの、気づかなかったですよ! 今日もチェス部に来てくれるとは、恐悦至極!」

 「い、いえ……部長命令ですので」


 帰るタイミングを逸してしまったので、僕は仕方なく椅子に座る。


 「栗島どの、駒の動かし方は憶えて頂けたですか?」

 「はい、昨日一通り憶えました」

 「それでは、ぜひワタクシと一局打って頂きたいですよ!」

 「え、僕は初心者ですけど、いいんですか?」

 「全然問題ないですよ! 最初はアドバイスしながら、栗島どのがチェックメイト出来るように打ってみましょう!」

 「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」


 僕達はチェス盤の前に向い合って座り、握手をして対局を始めた。

 入江さんは宣言した通り、初心者の僕に対しても分かるように説明しながら指していく。


 僕がおかしな場所に駒を移動すればその度にアドバイスをくれる。

 時にはあえて自分の駒を取らせるように誘導。

 駒へそうするように、初勝利に向けて僕を導いてくれていた。


 「チェス、好きなんですね」

 「それはもう! 心から愛しております!」


 駒を動かしつつ、チェスの歴史や駒に対する情熱を特徴的な口調でまくし立てる。


 正直に言うと、羨ましいと思った。

 好きなことに積極的に、素直に。

 まるで、入学する前の自分を眺めているようだった。


 「――これで、チェックメイトですよ」

 「ありがとうございました」

 「こちらこそですよ! 初めての対局は如何でしたか?」

 「ええ、楽しかったです。良かったらもう一戦お願いできますか? 今度は、普通に」

 「もちろんですとも! 何局でも打ちましょう!」


 僕達は散らばった駒を並べ直し、もう一度打ち直す。

 今度は僕が黒の番だ。


 さすがにハンデもアドバイスもなしに勝てるはずもなく、僅かな手数で僕のキングは追い詰められ、盤上に駒がまだまだ残っている状態でチェックメイトされてしまった。


 「負けました、やはり強いですね」

 「いやいやいや! ネットはまだしも、現実世界で勝てたのは実に二年ぶりなのですよ」

 「え、これだけ強いのにですか? というか、僕が初心者で弱すぎるだけかもしれませんが」

 「はは……お恥ずかしながら、単純に打つ相手がいないもので」


 俯きながら、入江さんは僕にチェス部のことを打ち明けてくれた。


 去年は幽霊部員の三年生がいるだけ、実質チェス部は入江さん一人だったこと。

 教室で棋譜を読んでいると末永さんが話しかけてきて、それからは時々相手をしてくれたこと。

 ただ末永さんはあまりにも強くて、これまで一度も勝てていないらしい。


 そして去年はその三年生のお陰で対抗戦が出来ず、今年になりその存在をようやく知ったことと、去年のすっぽかしで先方は怒り心頭。

 今回の結果が悪ければ来年以降の対抗戦は打ち切り。

 崖っぷちであるということも教えてくれた。


 「……部員、欲しいですね」

 「はいー……やっぱり志を共にする仲間というものは何物にも代えがたいものですよ。末永どのや栗島どののように打ってくれる相手もいるにはいますが、やはり部員が……」

 「入江さん……」


 ここで部員を集められず、対抗戦も打ち切りになってしまったら、彼は残りの学校生活を本当に満足行くものに出来るのだろうか。

 僕のサッカーのように、好きなものに打ち込めず、孤立したりするのではないだろうか。


 この人を、チェス部を、何とかしてあげたい。

 僕は心の奥底から、お節介な心が湧き上がってくるのを抑えきれなかった。


 「よければその課題、コンサル部に解決させて頂けませんか?」

 「コンサル部に、ですか」

 「はい、そうです。我々は生徒達の抱えている問題を解決に導くのがお仕事。チェス部に新たな部員を呼び込み、入江さんが心行くまでチェスを出来るようにしてみせます」

 「そんなこと、可能なのですか? ワタクシもポスターを貼ったり、サイトを作ったり、手は尽くしましたが一向に人は増えず……興味がありそうだった人も将棋部、囲碁部に皆持って行かれてしまったですよ」

 「なんとかしてみせます。そのために僕達がいるのですから」

 「栗島どの……」


 「――よく言ったわ、栗島君」


 「末永さん!」


 いつの間にか、僕達の後ろにはコンサル部の部長、末永牡丹の姿があった。


 「コンサルタントはコミットメントが全て。あなたがこの部を助けると誓ったのなら、何としてでも達成するのよ」

 「はい! 任せて下さい!」

 

 僕は、末永さんからの言葉に、力強く頷き、

 こうして、僕が入部してから二つ目のプロジェクトが幕を開ける。

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